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chapter 2
8話 安堵
しおりを挟む「ルカッ! 伏せ――――」
爆音。爆ぜた地面が運良く助かった人間の身体を貫く。まるで散弾だ。近距離でショットガンを撃たれた人間のように、容易に身体が分離する。
感覚からして俺の身体は綺麗にくっついているが、熱気と砂埃の所為で目が開けられない。身体全体に感じる痛みは軽い火傷と打ち身だろうか。生きてはいるが、決して軽傷では無い。
「おい、大丈夫か?」
何とか薄目を開け、俺と一緒に飛ばされた恐らくアシュラであろう人間に声をかける。…………だが、返事は無い。不審に思ってよく見るとそれは、人の形をした黒い塊だった。
「…………ッ!?」
掴んだ肩が崩れる。完全に中身まで炭化している。…………これが、アシュラ? そんなの許容出来るわけが無い。人間というものは生き物であって、こんな炭の塊なんかじゃない。そもそも、可笑しいだろ。さっきまでピンピンしていたし、俺の方がよっぽど重傷だった。理解も許容も想定も出来ない。
…………いや、現実から逃げるわけにはいかない。まずはこの事態を引き起こしやがった、クソ野郎の息の根を止めるのが先だ。
俺なら出来る。太陽と見紛うような魔法を放つ敵が相手でも、俺なら負けない。一対一なら例え俺が機関銃を持っていようが戦車に乗っていようが確実に負けるだろう。しかし、それが狙撃銃だったら。…………負ける要素は一つも無い。殺される前に殺せるのなら、俺が負ける道理は無い。
科学が生み出した武器では絶対に魔法には勝てない。だけど、戦わなければ負ける事は無い。遠距離から気付かれる事なく一発の弾丸で仕留める事が出来るなら――――きっと俺は、誰よりも強く在れる。
だったら答えは簡単だ。種子島を構えて、引き金を引けばいい。
そう思って辺りを見渡すが、種子島は見当たらない。飛ばされた拍子にどこかに行ったか、はたまたぶっ壊れたか。どちらにせよ、新しく創造しなければいけない。
「――――εκκίνηση《起動》」
呪文を紡いでいく。創造するのは種子島なんて遅れた武器じゃない。
もっと疾く、もっと強く。
感覚を頼りに脳内にある銃を創造する。その作業は創るというより、既存のデータを手繰り寄せると言った方が正しい気がする。
気付かない振りをしていただけでずっと違和感があった。だけど今回はそれに感謝しておく。今詳しく知る必要は無い。ただあるがままの現象を受け止めればそれでいい。
「――――σπαθί《構築》」
両手には金属のずっしりとした重み。
――――対物狙撃銃《アンチマテリアル・スナイパーライフル》。
一キロどころか、二キロ先の人間を両断する程の威力を持つ狙撃銃。ケンタウロスでさえ容易に吹き飛ばしたそれを、ほんの数百メートル先の人間に使えばどうなるかは想像に易い。
俺は込み上げる笑いを抑え、枯渇した魔力を振り絞って一発の弾丸を創造する。
マジック・ポーションが無いため、いつもとは違い火薬《パウダー》や銃用雷管《プライマー》を薬莢《ケース》に詰め込んである正真正銘、嘘偽りの無い本物の実弾だ。故に反動も威力も音も、いつもとは段違いな代物となっている。
俺は地面に伏せ持ち手付近にある二脚を組み立て、パッドを肩に当てて固定する。一発しか無いのでわざわざマガジンを抜かず、左手でボルトハンドルを手前に引き内部に直接弾丸を入れる。ハンドルから手を離すとそれは元の位置に勢いよく戻り、ガシャッ、と比較的大きな音を立てながら弾を装填する。
セイフティを外し、誤射を防ぐためにトリガーには指をかけないままスコープを覗く。視界の左が黒く映っており、それが消えるように少し顔を動かす。視界が綺麗に確保された事を確認すると、新たに魔法を詠唱している敵に照準線の中心を合わせる。頭を狙う必要は無いため狙いは胴体の中心だ。
あとはトリガーを引くだけ。そうすれば全てが終わる。…………だけど、もしも外したらどうなるか。音と光で確実にこちらの位置はばれるだろう。
幸いにして今俺が居る場所は死屍累々といった状態で、そんな場所に無駄に魔法をぶっ放す気は無いのか敵は全く違う場所を狙っている。
外せばせっかくのチャンスを逃すどころか、僥倖にも失わずに済んだ命を捨てる事になる。
「…………落ち着け、落ち着くんだ俺」
必死に自分に言い聞かせるが指の震えは収まらない。――――そもそも自分は、どうやって敵狙撃していたのか。
浮上する疑問。何故自分は触った事の無い実銃を扱え、しかも玄人でも難しい距離からの狙撃を成功したのか。一度ならまぐれ当たりかも知れない。しかし全てだ。何度撃っても狙って場所に着弾する。はっきり言って異常だ。そんな事が続くわけが無い。
だったらこれは俺の才能か、はたまた何らかの能力なのか。
仮に何かしらの能力だとすると、その発動条件は? 魔力切れの状態でも発動するのか?
…………考えれば考える程震えは大きくなる。指先の震えは身体全体に伝導し、視界が揺らぐ程になる。撃っても当たる気なんてしなかった。外した未来しか思い浮かばない。…………もう、逃げても良いよな。十分頑張った。第一想定外の敵戦力にここまで粘ったんだ。もう十分じゃないか。――――そう思った瞬間、俺の耳は小さな音を拾った。
「――――ルカァッ! 生きてるなら返事しろ! すぐに助けてやるッ!」
慣れ親しんだ友の声。――――間違い無く、アシュラの声だった。
逸る鼓動を押さえ付け、声のした方を向くとアシュラが死体を掻き分けながら懸命に叫んでいた。…………どうやらアシュラは、俺とは違う方向に飛ばされていたらしい。
「――――嗚呼」
安堵の溜め息を吐き、大きく息を吸ってスコープを覗いた。――――もう、外れる気はしなかった。
軽くトリガーを引く。その動作によって生まれた物とは思えない反動と轟音を辺りに響かせ、一発の弾丸が放たれる。
空となった薬莢が宙を舞い、噴射されたガスによって巻き上げられた砂塵が晴れた頃、敵は完全に消えていた。よく見ると敵が居た付近には人間の欠片が散らばっている。
「ルカ! ここに居たのか!」
駆け寄って来たアシュラに掴まり、立ち上がる。
敵も味方も、先程の魔法で壊滅状態だ。しかし放たれた魔法の位置的に敵軍の方が圧倒的に負傷者は少なく、また生きている人間の総数が多い。
相手もそれをキチンと把握しているのか、ばらばらではあるがキッチリと陣形を組み突撃して来る。
「せめて、敵に一泡吹かせてやろうじゃないか」
前を見たまま呟くアシュラに短く返事を返し、落ちていた剣を拾う。
マジック・ポーションがあればもう少しまともな援護が出来たのだが、無いのだから仕方が無い。近距離は弱い俺でも、アシュラと連携すれば一人か二人は殺れるかも知れない。
…………フィーたち怒るかなぁ、やっぱり。
ここで死ぬ覚悟は決めた。だけど、残される者は残される覚悟を決めたわけじゃない。帰るって言って帰らないのは、やっぱ裏切りだよな。…………まぁでも、この世界で生きてきたんだ。前世より死は身近な物だし、ある程度は覚悟出来ているだろう。
俺は勝手にそう判断して、アシュラを真似て剣を構えた。
「ルカ、行くぜ――――」
と。アシュラが激励の言葉を俺にかける前に無数の氷柱が敵軍を襲った。突然の事で敵は逃げる間も無く、あらゆる魔法によって駆逐されていく。
そうして地面に立つ敵が居なくなり、ようやく味方は姿を現した。
「父上!?」
味方はアシュラの父親だった。敵と同じように認識阻害の魔法で近付き、油断した隙を、文字通り氷柱で突いたわけだ。
…………何かこう、昂ったやる気とかその他諸々が消え去ったが、何にせよこれでフィーたちを裏切らなく済む。
色々あったが、往々にして人生とはこんな物だと悟った。
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