異世界チートで遠距離最強~銃は運命すらも撃ち抜く~

佐々木 篠

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chapter 3

10話 日本語で書かれた紙

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「う、嘘でしょ……?」

 唯一生き残った仲間が…………いや、男の言葉から推測するに二人は恋人なのだろう。その恋人を失った女は僅かに後退る。

 俺はそんな女から視線を外し、先程の敵について考えた。…………いや、答えは既に出ている。恐らく提灯鮟鱇みたいな魔物なのだろう。俺たちはまんまとあの光に誘き寄せられたわけだ。

「いやああああ!!」

「おい、待て!」

 慌てて肩を掴もうとするが女の方が早かった。女は俺の制止の声を聞かずに走り去る。…………前では無く、後ろに。

 恋人の死を嘆くのでは無く自分の死を恐れるとは…………まぁ、人として間違ってはいない。問題があるとすれば、大声を上げながら『三十九層』に逃げた事か。

「あ、いや、寄らないで――――ぎゃあああああ!!」

 断末魔が聞こえる。やはり喰屍鬼に襲われたか…………と他人事のように状況判断をしていると、喰いっぱぐれた喰屍鬼と目があった……ような気がした。

 一歩下がる。上の階層から新たな喰屍鬼が現れた。

 もう一歩下がる。やつらは餌が人間一体分しか無いと理解すると、何かを求めるようにこちらを見た。

「走るぞッ!」

 全力でダッシュする! 後ろでは四足歩行の化け物が迫って来ている。もちろん鈍いわけが無く、距離はどんどん近付いていく。

 目の前には川。幅は二十メートル程だが、こんなのを渡っていたら余裕で追い付かれる。それに提灯鮟鱇擬きに襲われる可能性もある。

 打開策を見付けるために振り返るが喰屍鬼は二十体くらい居る。仮にミサが大剣を振り回して五体倒しても、残りの十五体が群がる。俺が一体一体狙撃しても、精々三体を屠ったところでゲームオーバーだ。

 なす術無しか? そう思った俺の身体をミサが抱き上げた。俗に言うお姫様抱っこだ。

「しっかり掴まってて下さいっ!」

 俺を抱き上げた時点で分かった事だが、ミサは何らかの強化系の魔法を行使しているのだろう。川岸まで来ると数瞬溜め、己のバネを爆発させるように跳躍した。

「うぉ!?」

 凄い勢いで景色が背後に流れ、ミサは見事対岸に着地する。

 何匹かの喰屍鬼は俺たちを追って川に飛び込むが、それを待っていましたとばかりに提灯鮟鱇が喰らいつく。お零れを貰うかのようにびちびちと欠片に集うのはピラニアだろうか。どちらにせよ、あんな川を渡らなくて済んだのは幸いだ。プライドなんて命あっての物種だからな。

 しかし安心したのも束の間で、喰屍鬼たちは回れ右をするのでは無く川を迂回しはじめた。確かにやつらなら壁を渡ってでも来れるだろう。

「逃げてばかりだな畜生!」

 吐き捨てると、俺とミサは全力で走った。幸いエンチャントのおかげで視界は良好で、地図が無くとも次の階層への階段が見える。これが開けた空間では無く迷宮であれば、俺たちは迷った挙句袋小路に追い詰められ、抵抗虚しく喰屍鬼の栄養となっただろう。

 テメエらの餌になんかなるかよ、と叫びながら階段を降りると、四十二層――――そこは、要り組んだ迷宮だった。

 だが止まる事はしない。喰屍鬼が迫って来るのが分かっていたし、リアルラックが奇跡を起こしてくれるかも知れない。それに隣にはシスターが居るんだ。神様も何とかしてくれると信じたい。無論、俺は無宗教だが。

「分かれ道か!?」

 左か右。迷ったら右に行くべきだ。迷宮攻略に右手法と呼ばれるものもあるし、ここはそれに従うべきだろう。もちろん右手法とは、迷ったら右に曲がりなさいとかいう教えでは無い。

 俺は右に行くと決意を定め、まるで呼吸をするかのように左へと向かった。

「――――え?」

 間の抜けた声が響く。俺の身体は何の疑問も抱かず、ただ日々の反復を行うかの如く自然と左へと曲がった。それは完全に俺の意思とは反するもので、俺の脳内は疑問符で満たされる。だがそうしている間にも身体は動き、答えを知っているかのように要り組んだ迷宮を走る。そこに迷いは無い。

 ミサはそんな俺の葛藤には気付かず、懸命に隣を走る。魔法を使えば楽々と逃げられるだろうに、それをしないミサは天使に見えた。

「行き止まりです!」

「いや、扉があるはずだ!」

 扉があるはず。

 その言葉に何ら間違いは無く。

 俺たちの前には、分厚い扉があった。

「中に入るんだ!」

 中が危険なんて考えなかった。俺はそこが安全であると識しっていた。だから何の躊躇いも無く飛び込んだ。

 かちゃり、と鍵をかける。遅れて数秒後、喰屍鬼が扉に体当たりをする音が聞こえた。地が僅かに揺れるような衝撃。天井からはぱらぱらと埃が降って来る。だが、鉄のような物質で出来ている分厚い扉は、その程度じゃびくともしない。

 俺は一息吐いて飛び込んだ部屋を見渡した。古びたベッドと本棚。それに簡素な机。

 俺はその簡単な造りの机に置いてあった、ぼろぼろの紙切れを取った。表を見るが何も書いていない。裏を見ると、そこには『日本語』で――――



『たすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけて――――』



「…………ッ!?」

 紙を叩き付けるように戻す。それを見たミサは気になってのか紙を手に取り、俺と同じように叩き付けた。

「…………俺の国の言葉だった。少なくとも、ここにあるのはおかしい」

 何故日本語で書いてある? しかもこんな……嫌がらせとしか思えない。

 だがミサは、逆に俺の言葉で安心したようだ。

「通りで…………この文字はどうやら、見た者の母国語で表示されるみたいです」

 なるほど、だから日本語なのか。よくよく考えると、日本語で書いてあるとしたらミサの反応がおかしい事になる。勝手に母国語に変換されたため、ミサも読む事が出来たのだろう。

 俺は喰屍鬼の衝突音をBGMにベッドに座った。きしり、とスプリングが鳴くが壊れそうには無い。

「攻略、出来るのでしょうか」

「さあな」

 出来そうには無い。しかし引き返す事も出来ない。…………だったら進むしか道は無い。

 当面の問題としては、その唯一の道すら阻まれている事か。喰屍鬼は未だに諦めていないらしく、引っ切り無しに部屋が揺れる。

「やり残した事があれば、今のうちにやっておくべきだな」

「…………そうですねっ」

 ミサは微笑む。

 そしてどちらからともなく、俺たちは唇を重ねた。
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