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ラビットホール

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「ここには、私たち兎耳族のほか、土竜族や鼠族が住んでいます。種族は違っても、仲がいいんですよ」
「そうなんですね」

ウサミミ族っていう名称じゃないのか。
食い物判定したり、名称が違っていたり、落とし穴を見抜けなかったり、鑑定スキルに文句を言いたい所だが、そのおかげで、こうして美少女とお近づきになれているので、少し複雑だ。

「これからどこへ?」
「役所へ向かっています。他所の人はここで、認定証を貰うことになっているんですよ」

なにやら分からないが、この子はとても親切だ。

まさに、序盤のチュートリアル的存在。あまりにリアルだから、忘れそうになるが、やはりこれはゲームの世界なのか。

すり鉢状の街に、真っ直ぐ続いていく階段を降りて行くと、底辺には大きな広場が見えた。

広場には、食料品や道具の並べられた市場が見える他、いくつか建物が見える。

「役所はあの広場にあるんですか?」
「はい、あそこの緑の建物です」

市場を通り抜けて、役所に向かおうとすると、声を掛けられた。

「よう、チンチラちゃん。今日はデートかい?相手は…どうやら、嗅ぎ慣れねぇ男だが」

近くにある、店の男のようだ。体型はさほど大きくないが、がっしりとしていて、手には縦長の鋭い爪が付いている。

[モール族-雑食-]
好奇心が旺盛、学習意欲が高い。知的な面に反して、凶暴な本能を隠し持つという一面がある。手先が器用な他、力強く、牙に毒を持つものも多い。
但し、飢えに弱く、連携は不得手な為、戦争には不向き。食べられる。

鑑定が発動した。

こんな陽気な人が、凶暴な本能を隠し持つとか、知りたくなかったよ。

しかし、力強くて、毒もあるとは、強そうだな。

地味に役に立つというか、こういう設定が知れるのは好きだが、可食判定は、毎回されるものなんだろうか。

そんなにカニバリズム推されても、俺は食べないぞ?

「違いますっ、この街に初めてきたみたいだから、役所まで案内しているんです」

顔を紅潮させて、ウサミミ美少女、もとい、チンチラが反論している。

一瞬、何のことかと思ったが、返事をしているところを見ると、チンチラというのは、この子の名前だったらしい。

「なんでぇ、チンチラちゃんの春はまだ先か」
「余計なお世話ですっ」

ガハハ、と笑う声を尻目にすたすたと先へ進むチンチラ。

「なんか、すいません」
「いえっ、全然っ。それよりほら、ここが役所ですよ」

役所の中は整然としていて、制服を着た数人の職員と、幾人かの来訪者が応対を待ち、座席に座っていた。

「何の御用でしょうか?」
「今日、初めてここに来た人がいるので、手続きして欲しいんですけど良いですか?」
「それでは、番号札を持ってお待ち下さい」

何というか、普通の役所だな。

ゲームでは、往々にして待ち時間の節約が為されており、応対を待つなんてことは無い様に出来ているが、ここはリアル準拠ということだろうか。

「なんだか、お世話になってしまって、すみません」
「いえいえっ、他所の人が来るなんてあんまり無いから、私も少し楽しくて…逆に迷惑だったりしませんか?」
「そんなことないですよ」

うーん、いい子。

ついつい飛ばしてしまいがちな工程だったりするけど、実際に体験すると、ありがたみがあるな。

「そういえば、まだ自己紹介してませんでした。私の名前はチンチラです。旅人さんのお名前はなんて言うんですか?」

そういえば、そうだった。

出会い方も変だったし、仕方が無いといえばそうだが、世話になっておいて、自己紹介していないのもおかしいだろう。

「俺の名前は、ナグモ。宜しく」
「はい、チンチラです。宜しくお願いします」

そんなことをやっていると、職員から呼び出された。

「ここへは、どの様な用事でいらしたんですか?」
「旅をしていて、その道中で立ち寄りました」
「なるほど。では、滞在日程などはお決まりでしょうか?」
「いえ、特には」
「滞在中、労働を希望しますか?」
「どんな仕事があるんですか?」
「そうですね。主には狩猟や採集、警備や補修工事の土木作業などでしょうか」
「そうなんですね。それなら、狩猟や採集の依頼を受けたいんですけど、どこに行けば依頼を受けられるんですか?」
「ここで受けられますよ?」

ここは、ギルドみたいなものだったようだ。

「依頼を受けるのに、条件等はありますか?」
「はい。そちらにつきましては、明日の朝、講習会がありますので、そちらでご確認下さい」

ということで、明日の朝、講習を受けてからクエストを受領することになった訳だが、ここで一つ気が付いたことがある。

俺は着の身着のまま、無一文だ。

ポケットの中は空、売れそうな物といえば、衣服のみ。

そんな訳で、野宿する他ない。

宿泊無料の馬小屋はあるのだろうか。

そんなことを考えつつ、チンチラの元へ戻る。

「色々、お世話になりました。今度、何かお返ししますね」
「私も楽しかったですし、気にしないで下さい。それよりナグモさん、今日の宿って大丈夫ですか?」

顔に出ていたのか、俺の不安を突いてくる。とても痛い。

「お金、無いんですか?」
「まあ、男ですし。何処かで適当にすごそうかと…」
「そんなの衛兵に見つかったら、捕まっちゃいますよっ」
「じゃ、じゃあ草原か落とし穴にでも」

街中で野宿したら捕まるのか。それは、ヤバいな。草原で野宿もキツイが、死ぬことは無いだろう。

しかし、チンチラは無言。そして、半目でこちらを見つめてくる。

居た堪れない…

「しょうがないですね、今日は私の家に泊まっていって下さい。それでいいですね?」
「いや、そんな迷惑を掛ける訳には…」
「いいですね?」
「…はい、ありがとうございます」

圧力に負けて、俺は彼女の家に世話になることになった。

「はい、ここです。狭苦しい所ですけど、野宿よりはマシですよね?」
「本当に、何と言っていいのやら」

貸してもらったのは、彼女の家の一室。

使われた形跡は無いが、最近まで、誰かが住んでいたかのように、寝具やタンスなど、一式の家具が揃っていた。

「チンチラ、案内は終わったかい?」
「お母さん」
「どうも、お世話になります」
「良いんですよ。この部屋は、もう使われてませんし。チンチラが珍しく男の人連れて来たんですから」
「もうっ、そんなんじゃないって言ってるでしょ」

そんな風に否定されると、少し淋しいものがある。とはいえ、それ以上に、こういう雰囲気はいいものだ。

その後、和やかに夕食を頂いた。
夕食は、果実と野菜のスープ、サラダや野菜天など。肉が使われておらず、穀物も殆ど無いが、不思議と美味しかった。

こうして、ラビットホール到着初日は終わりを迎えた。




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