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第二巻・ワテがギアでんがな

 焼けた砂浜にて

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 しばらく無言で砂の小山を登り下りしていたギアが、ふと停車。
「マリンプールへ移動しまひょか」
 言い出すと思った。

「キヨ子たちはどうすんのさ」
 おーい。行く気かよ、アキラ。
 とは言いつつ。
「どうやってプールへ移動するか……。これが難問であるな」
 我輩も行く気満々である。これ以上NAOMIさんとキヨ子どのに付き合っておると神経衰弱症になりそうだ。

「僕はもうなってるよ」
「そりゃあ、気の毒でんな」
 ギアは他人事みたいに受け流し、
「せやけど、キヨ子はんの絵日記を書かすことが目的で 海 に連れて来たんや。連中、そない簡単にはプールへは移動せぇへんで」

 もっともなことを言う。

「だよね。第一、今はスーパーキヨ子なんだよ。何か言う前に、すべて見透かされるよ」
 どんなに妙案をひねり出しても、スーパーキヨ子の洞察力には勝てないのである。

「だろ……」

 良いアイデアが出ることもなく、元の場所に戻ってきてしまった。

「遅かったですわね。またくだらない算段でもしていたんでしょ」
 レンタルビーチパラソルを握りしめて近寄った途端、これである。

「ほらね。何も言って無いのにこうだもん」
「ふんっ、適当に釜をかけただけなのに、墓穴を掘って……」

「あ」

 毎度毎度、バカな子である。


「アキラさん!」
「あ、はいっ!」
「さっさとパラソルの準備をなさい。海と言えばパラソルでしょ。それから……」
 怖い目でバギーを睨み。
「あなた言ってましたわね。パラソルに吊り下げられたラジオから音楽を流すんだと、さぁ。とっとと鳴らすのです」

 まるで女王様である。

「あ、あ、あの………トロピカルな曲はなかなかおまへんねん」
「かまいません。何でも結構です。とにかくこの暑さを何とかしなさい」

「そんなムチャな」

 ひとまずバギーは波打ち際まで進んで、水平線を眺めるように停止すると、そのままバックターンをしてフロントバンパーをこちらに合わせた。

「せっかく海に来たんやし、泳いだらどないでんねん。あー着替えなんか覗きまっかいな。誰が……松の木なんか。あそこの海の家に更衣室がおましたワ。どうぞご遠慮なく」

「確かにこんなきれいな海を前にして泳がないのももったいないわね。せっかくだからキヨ子さん、着替えに行きましょうよ」
「そうですか?……では参りましょう。ほら弟子になりたいのでしたら、NAOMIさんが背負っている荷物を代わりに持ちなさい」

「あ、はい。喜んで……」
 NAOMIさんの誘いにキヨ子どのも素直に従い、泳がないと言っていた恭子ちゃんまで引き連れて、さっきの海の家へと熱された砂の上を移動して行った。

「うわぁー。砂が焼けて熱いわー」

「NAOMIさんには足の裏までセンサーがあるのか?」

「あるよ」とアキラ。
 北野博士の細かいこだわりには、頭が下がるのである。


 アキラは尻を砂の上に落とすと両足を怠惰に投げ出した。
 借りてきたビーチパラソルを立てる様子もなく、そこらに投げ出されたままである。

 しばらく無言が続いた。
 海を眺めるアキラの頬を爽やかな風が通り、
「ほんで……」
 恭子ちゃんらの行き先を眺めていたギアがおもむろにターンをした。

「どうやってマリンプールへ行きまんねん」

 踵(かかと)からくるぶしを波に晒していたアキラが、首を後ろに捻る。
「え~。もうタルイよ。暑いしぃ」
「アホか! もう投げ出すんかい。根性ちゅうもんが無いんやな、おまはんは!」

「根性って何だ? 我々も銀河の彼方がやって来た宇宙人であるぞ。お前は理解しておるのか?」
「根性ちゅうのはな。精神力や。強靭で揺るぎのない精神力のことを言うねん」

「お前は宇宙人でありながら、アメリカ生活もしておったくせに、なぜにそこまで日本人然としていられるのだ?」

「これが根性や。こうと決めたらまっしぐらや」
「女の子にだけだろ?」とアキラ。
 バギーをグイッと前進させ、
「せや。それでええねん。好きなもんにはとことん徹する。躊躇してたらあかんで、まっしぐらや。これがヲタへの近道やがな」

 根性論を語っておったのではないのか?

「で、具体的にどうするのさ?」

 ギアは前輪を左右に振り、
「あかんなぁ。その他力本願的な考え。もっと自分で考えな」
 溜め息混じりで、数十センチほどバック。
 再び海を背にしてつぶやいた。

「はぁ。ええ天気やな~」

「何だ、ギア。お前もいいアイデアが浮かばぬのか?」

「アホ。アイデアはあるで。せやけど今はアカン。キヨ子はんの勘の良さは天下一品や。海底地震計より敏感や。あるいは限界まで積みあがったジェンガや。ほんのちょっとした刺激で木っ端微塵になりまっせ……こっちがな」

「何だか怖いな」
「あんな。こうゆうのはタイミングが難しいねん」

 しばらく様子を探るように前後にタイヤを回転させ、
「ええか。連中が帰ってきたら、タイミング見計らって合図出しますさかいにな。それまでは黙っときなはれや。くれぐれもバレたらあきまへんで」

 言うだけ言うと、再びUターンするバギー。水平線へとバンパーの位置をそろえて素知らぬ顔をした。
 アキラは気の抜けたような面立ちのまま、白い波に足の裏をくすぐられるにまかせ、我輩もその胸ポケットで爽やかな潮風に身を委ねた。

「平和であるな~」
 かったるい気配が我輩にまで浸透して来たのは、アキラの性格が伝染するかのようであった。


 しばらく海を見ていたアキラが、背中を砂に着けて仰向けに寝転がった。
「あ~、砂が熱いよ~」
 夏の熱射は容赦ない。
 サンバイザーのひさしでしばらくは耐えていたが、がばりと体を起こし、
「うひゃぁ、だめだ我慢できない! なんとかしてよー」

「アーホ! そのためにビーチパラソルやろ。それを立てんかい!」

「え~、僕がやるの?」
「アホか、当たり前やろ! ここに地球人はおまはんしかおらんやろ。ワテらは電磁生命体や。そんなもんできまっかいな! アホちゃうかっ!」
 電磁生命体が『アホ』を連呼するのも、いかがなもんかなー、と我輩は強く思うぞ。

「ええか、アキラ……」
 キヨ子が帰ってきてから受ける仕打ちのほうが怖いぞ、とギアに悟らされ、アキラはブツブツ言いながらも、パラソルの尖った先を地面に差し込む作業を始めた。


 ほどなくして──。
「お待たせぇぇぇ~」
 黄色い声も高らかにNAOMIさんが戻り、
「待ってないよぉ」
 パラソルが拵(こしら)えた影の中から手だけを振って気の抜けた応対をしていたアキラが、ゆるゆると振り返るや否や、ぴょんと跳ね起きた。

「恭子ちゃん、水着持って来てたんだ。わぁ~、よく似合ってるよ」

「それがね……。NAOMIさんが準備してくれてて……」
 恥ずかしげに頬を染めてうつむく恭子ちゃん。

「どう? この子のボディにぴったりでしょ。あたしの視覚デバイスの感度は天下一だもの。衣服の上からだって、アンダーからトップまでのバストサイズを小数点以下数桁の精度で測って立体視できるのよ」
 3Dプリンターかよ……。

「せやけど。ほんま。よう、におてますワ。恭子はんの強調すべき場所を引き出したうえに、ややもすれば下品な色気に走りそうなところをうまく隠しもして、いやむしろ清楚な色気を滲み出しておます。いやほんま、みごとでっせ」
 お前はファッションコーディネーターか。


「ほんとですか?」
「ウソやおまへんって」
 ギアの溜め息にも似た絶賛の言葉に恭子ちゃんはモジモジ。
 いやしかし。我輩も同じ気持ちであるぞ。

 この白い砂浜と青い海はこの子のためにあるようなものである。真っ白なセパレートバストは、息を呑む曲線を描いており、腰に巻いたパレオは陽に焼けていない白い脚線美を白日の下(もと)に露出するのではなく、うまく隠しつつ艶(つや)っぽく見せておる。すぱっと外してしまうより、隠す美しさもあるのだと、我輩、地球に来て、いま初めて感銘を受けたのである。

「キヨ子はんは……スクール水着でっか……」
「何です、そのトーンの落ちようは。ワンピースも体の曲線を曝け出し、独特の色気を出すものなのです」

「ほんまやな。独特の幼児体形や」
 なるほど。ギアの言うとおり、腹が異様に目立つ幼児らしいボディラインであった。

「お黙りなさい。私はまだ青い果実なのです」
「青すぎるよね。まだ実にもなってない」
「熟れて崩れたボディより遥かに希望が持てます。私のはこれからなんです」

「やっぱり恭子ちゃんはすごいなぁ……」
 何がやっぱりなのか、何がすごいのか、煩悩まみれの考えが露呈したとしか思えない言葉を吐いて、アキラは路地裏のポストみたいに、高揚した赤い顔にぱっかりと開けた口を丸くして突っ立った。その前に四つ足で現れたのは、もちろんこの方。

「ちょっとぉ、みんなぁ」とNAOMIさん。

「あたしの水着も見てよ」

 こっちは何と言うか……。

「どこで手に入れたんや。NAOMIはん?」
 ギアがそう訊くのも無理はない。赤いチェック柄の小さなビキニスタイルだった。

「最近はいいのが売っています」とキヨ子どのが言って、少し声を落とし、
「ペットショップに……」と付け足した。

「なるほどな。ええがなNAOMIはん。よう似合うてまっせ」
「うーん。いまいち抵抗があるんだけどね。いつか本物を着てみせるわ」
 こちらの願いもすべて北野源次郎博士次第である。あ。アキラのご両親次第か。
  
  
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