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第二巻・ワテがギアでんがな
浪花のしきたりは小難しい
しおりを挟む何とか気を取り直したアキラは吐息、アンド、肩を落とした。
「ほんとに、もぅー」
冬眠から覚めたカエルみたいにパチクリと目を瞬(しばた)かせて、
「マイボはいつもやり過ぎるんだ。こっちはいい迷惑だよ。今の騒動でも税金が使われるんだからね」
「そやけどここらの危機管理組織はたいしたもんでんな」
ひっくり返ったままのバギーが、半分砂に埋まったままそう言った。
「その状態でよく平然と会話に参加できるな」
我輩は呆れの境地でバギーの腹へ声を落とし、NAOMIさんはこともなげに返事する。
「そりゃ、あの震災時は対応が遅れて散々叩かれたんで、みんなピリピリしているのよ」
「それをあんたは逆手に取ったワケか。おそろしいヒトであるな」
「訓練だと思えばいいのよ」
よく平気で言えるよな。
「とにかく僕は落ち着きたいよ。泳いでもいないのに、もうクタクタだ」
だろうな……。
「ビーチパラソルはどうすんの?」
「それは我輩が調べておる。あそこの海の家へ行けばレンタルのがあるぞ」
「宇宙人のくせによく知ってるねー」と言った後。
「で、借りてくるのは僕でしょ?」
「当たり前です。男ですから」
キヨ子どのはアキラの目に据えていた視線を我輩が収まる胸ポケットに下ろして言う。
「意味不明の男性モドキの生命体なら、その中と、」
片手でバギーを起こしている恭子ちゃんの手元にも目を転じ、
「それと合わせて2匹いますが、何の役にも立たないですからね」
ギアは溜め息混じりにバギーの電源を入れ、前輪をきゅっきゅっと左右に振った。
「まぁ、アキラ。文句ゆうとらんと行こうやないけ。ビーチパラソルが無ければ海水浴は始まらんで。ほんま」
「しょうがない。行ってくるよ」
パラソルとはそんなに重要なアイテムなのだろうか……。
「それより着替えとかはどうするのだ?」
「恭子ちゃんは泳がないんだって……」
落胆したアキラの声が歩き出した足元に転がり落ちた。それを砂の中に捻り込みつつ、忌々しげにつぶやく。
「何のために海まで来たんだよ」
え? キヨ子の絵日記のためではないのか?
「ほんまかいな。せっかく脳内ブルーレイレコーダーの準備して来たのに」
「キヨ子のでも録画すればいい」
「アホ! ガキンチョの洗濯板を録画して何がおもろいねん。それやったら製材所行って、松の木でも捌くとこ眺めとったほうがおもろいワ」
あの子の胸は松の木以下らしい。
熱砂を踏みしめ進むこと数分。
もちろん我輩はアキラのポケットの中だから直接どーってことはないが。何せほれ、携帯電話が我輩の定宿であろう。これはとても熱に弱い機器なのだ。
「ふん。軟弱なだけや。ワテを見ぃよ。砂漠を突っ切るパリダカの勇者でっせ」
「なにがパリダカだ。ハゲタカみたいなくせに」
「ハゲてなんかないで。ワテはギアや!」
「でかい声を上げるな。そんなこと分かっておる。電磁生命体に毛髪など元から無いワ」
とか、くだらないことを言い合っていたら、気付くとアキラは粗末な作りをした小屋の前に立っていた。
白い布地に青い波の絵が描かれ、そこにでかでかと『氷』と書かれた旗が風に舞っておるが、ここはいったい何だ?
「陳腐な小屋だな?」つぶやく我輩にアキラはにわかに声の音量を落とし、
(変なこと言わないでよ。これが歴史ある海の家の設えなのさ。店の人に聞こえたら失礼だから大きな声出さないでよ)と念を押して中へ入った。
これが海の家と呼ばれるモノであるか。ネットで調べたのとはだいぶみすぼらしいが……おっと、うかつなことを言うと叱られる。
外に縁台が2つ横に並べられ、そこに腰掛けた男子2人が血走った目をして、かき氷をヤケ気味にかっ喰らんでいるところを見ると、女子目当てでやって来たものの、アテが外れたといった感じだろうか。
「じゃまするでぇ」
ギアが砂を巻き上げて店内に入った。こいつは躊躇とか遠慮とかの言葉を持ち合わせていない。それよりも一歩侵入して驚いた。砂の上に無造作に建てられた家なのだ。だから店の中も砂のままであった。外と内の区別がないのである。
海の家と呼ばれるから普通の住宅だとばかり思っておった……。
「アキラ、土足で上がっていいのか?」
「しー。静かに」
すぐに店内からしゃがれた声が──。
「ジャマすんねやったら帰ってやー」
「ほーか。ほな帰るわ」
バギーはいったん店の外に出てからUターン。
「アホな。おやっさん。ワテは客や。ゴメンやっしゃって言うてまんねん」
「謝まんねやったら、帰ってやー」
「ほんまやなー。ほな帰るワ」
再び、バギーはいったん店の外に出てから再度Uターン。
「ちゃうがな。ビーチパラソル貸してや、ちゅうてんまんねん」
「なんやお客さんかいな。ほなそう言うてくれたらええのに」
「………………」
マジで関西とは、とても疲れる土地なのである。
「ほいほい。いらっしゃいませぇ」
揉み手擦り手で出て来たしわくちゃのジイさんが、アキラと対面した。
「なんとなぁー。若いボン(坊っちゃん:大阪弁)やのに、ちゃんと大阪の血が受け継がれとんのやなー。えらいなぁボン。浪花の受け答えはそうでないとアカンわなぁ」
「い、いや。今のは僕ではなくて……」
足元をウロウロしているバギーを恨めしげな目で追うアキラ。
「なんや。このクルマ?」
「なぁオヤっさん。ちょぉ訊くけどな、最近のオナゴは紫外線を嫌ろて海にけえへんちゅう話やけど、ほんまなん?」
ジイさんは一瞬、息を呑むが、
「こりゃ何や? 最近のスマホちゅうヤツは車輪が付いとんかいな?」
「そんなスマホおまっかいな。これはバギーちゅうねん。ほんでなワテがな……」
「あ、あの。これは僕の叔父さんが、あっちの波打ち際から遠隔操作してるんです」
慌ててそれらしいことを言う。
「ほーかー。なるほどなぁ。ここまで足を運ばんでもええんや。便利なものがでけたなぁ。おぉ、このカメラにワシが映ってまんのか?」
ポケラジ付属のカメラに向かって、何度かピースサインをぶっ放し、
「ようでけてんなぁ。そう言えば孫がゆうとったわ。電話にカメラが付いたから、写真や映画が撮れるちゅうてな。ほぉかぁ。クルマまで付いたんかー」
「いや、あのですね」
そういう展開に持って行かれるとは、アキラも予想だにしていなかったようで、ウソを吐いてしまったことを後悔し始めたのだが、当のジイさんはお構い無しである。
「ほぉかー。長生きはするもんやな。これで屋根が付いたら、携帯だけで家もいらんなぁ」
そうなったら、もはや携帯とは言わぬぞ。
「ほぉかぁ……すごいなぁ」
ジイさんはひとしきり感心してから、丁寧にバギーに乗せられたポケラジに頭を下げる。
「毎度おおきにやで。ビーチパラソル代、いま甥っ子はんから貰いましたからな」
と先に謝意を表明しておき、グイッと背筋を伸ばして言う。
「そうーでんなぁ。近くにマリンプールちゅうハイカラなとこが出来ましてな、若いネーチャンらはほとんどがそっちへ行きまんねん。ほんまに世知辛い世の中になりましたで、いやほんま。あ、ほな、ボン。お釣り500円な」
ギア以外にこんなコテコテの関西弁を喋る人がいたのかと思うほどに完璧な口調で、赤と白で色分けされたビーチパラソルと小銭をアキラに渡した。
受け取って外に出るアキラの後ろからギアが声を掛ける。
「寂しいもんやな、ほなオヤっさん、帰りにまたパラソル返しに寄るわな」
「へぇぇ、おおきに」
オヤジさんは、宇宙でも稀有な存在である電磁生命体と世間話をしていたと言うのに、何も動じることなく我輩たちを見送っていた。
恐るべし、関西人。
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