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第三巻・ワンダーランド オオサカ
ハダカの女子
しおりを挟むそろそろ陽も傾きかけた市道でのこと。
ギアはアキラの半歩前にバギーを進ませて「せやけど……」と切り出してから話題を替えた。
「キヨ子はんも、ネコは『猫マンマ』でよろし、って、古いでんなぁ」
さっきまで散々アニメに関する能書きを垂れておったのだが、もう話を変えた。よく喋る奴である。関西人はこの傾向が強いな。
「古いと言っても生まれてまだ6年しか経っておらぬのに。昭和臭いことを言う人だよな、キヨ子どのは」
なのに、つい乗せられるのも、関西人特有の人を誘い込むあの口調だ。商人文化とはよく言ったモノである。話術が達者でないと関西では成り立たないのかもしれない気がする。
「ねえ。ネコマンマって何?」
「ほらな。平成生まれのボンならこんなもんや」
「ご飯に鰹節か煮干しをぶっかけたものだ。緑川家のミケはいまだにそうであるぞ」
「だからキヨ子がそれでいいって吠えるんだ」
「それはそうと、まだ後ろ姿ぐらいしか見たことないねんけどな、キヨコのお母ちゃんってベッピンさんなんやて?」
おーい。もう話題が替わるのか?
仕方がない……付き合うか。
「ああ。我輩が保証する。たいそう綺麗でボインな方だな」
「ボインって古いなー、おまはん」
「そうであったな。とにかく豊満豊潤豊作である。間近で見たことがあるから保証するぞ」
「おまはんに保証なんかされても一銭にもならへんワ」
腹の立つ言い方をする奴だな。
「……そやけど、そないにぎょうさん『豊』がつくんか……。あ~くやしおますな。今度見に行くときは誘ってや」
ギアは悔しげに言い退けると、思考を巡らせているのか、静かにバギーを止めた。
が――。
間髪入れずに車輪を空転。ギューンと前に出てからいきなりアクセルターンをかました。
「ちょ、ちょい待ちぃーや。ほならキヨコも大きなったらそんな感じになるんか? え? え? どないなん?」
何を興奮しておるんだ、こいつ?
「もしそうなら。今のうちにキヨコの身体測定をしよかなと思って」
お前はヘンタイか……。朝顔の成長記録と一緒にするなよ。夏休みは終わったのだ。
「僕は信じられないよ」
「我輩もあり得んような気がするぞ。まだあの子の胸は松の木の洗濯板である」
にしても――相も変わらず実の無い話をするのにはワケがある。
今日もカワイコちゃん捜索隊は空振りに終わり、身も心もクタクタなのである。しかも。
「はぁ~あ。連休中ずっとこんな無駄なとしてさ……気が付いたら明日が最終日だよ。何か虚しいな」
「ほんまやな。連休返してくれって叫びたい気分やな」
今頃気付いたのか……とは口には出せない。我輩も参加しておるからな。
てなわけで。疲労感満載の体を摺ったカワイコちゃん捜索隊は帰途の最中であった。
「まぁ。帰ったらパルルに慰めてもらおうではないか。同志よ」
地球の猫族とのコミュニケーションはキヨコんちのミケで懲りておるのだが、ジュノンアカディアン種とはうまく行っておる。
パルルはミケと違い、強い電磁波に毛を逆立てて怒ることも無く。凛としている様は猫族の女王を思わせる。かと言って高姿勢でもなく、時々見せる甘えた眼差しが胸を突き刺すこと間違い無しなのだ。
「だよね。あの子、本当におとなしいね。宇宙生物って言うからさ、もっと怖いかと思ったけど、地球のネコを百倍可愛くさせたぐらいだね」
「百倍は大げさやな、九十七倍や」
その三倍差って何なんだ?
「昨日、町なんか出ずにネコと遊んでいればよかった。イレッサもキャロちゃんも仕事だからパルルを独占できたのにな」
「せやせや。キヨコがべったりやったらしいデ」
「そうだよ、あいつの家だってミケがいるのに帰らなくってさ。お母さんに迎えに来てもらったんだ。スーパーキヨ子ではあり得ない姿だよな」
「パルルには何か魅せられる不思議な力があるな。大きなボディには安心感が漂って、我輩は威風すら感じるぞ」
「あとは毛並みかな。温かくてふわふわで、それでいて堂々としているのがかっこよくてさ、潤んだ丸い目に見つめられたら、きゅって抱きしめちゃいそうだよ」
「ほんまやな。ワテも色々な星系でたくさんの猫族を見てきたけど。あれだけ大型やのに温厚なのはパルルが初めてやで。たいがいは猛獣と変わらんからな」
「地球での猫の最大種『メインクーン』はどうなのだ? パルルほどの大きさはあるのか?」
「見たことも触ったことも無いから僕は知らないよ。それよかさ。夜出さないでって念を押して帰ったけど、どういう意味だろね。ネコって夜行性じゃんか」
「クララの説明どおりではないのか? あんな大きな動物が夜歩き回ったら騒動になる」
「せやけど。アキラんちの庭ぐらいええヤロ。こいつの家無駄に大きいで……ほれ見てみい。道路から門まで石積みの階段を登らなあかんって、まるでお大尽(だいじん)の屋敷やがな」
ポストの突っ立っている角を曲がるとアキラんちの屋敷が見えてくる。
ぐるりを背の高い塀で囲まれた建物で、御影石で拵(こさ)えた立派な石の階段を登ると、鬱蒼と茂った松の枝葉が広がり、夏には心地の良い影を落とす。その直下にそびえ立つ木造の門扉。これが北野家の第一ゲートである。母屋の玄関は、この門から日本庭園みたいな広い敷地を突っ切ったまだ先にある。
秋の夕日を背に受け、赤く染まった石段を見上げてアキラが足を止めた。
「明日はやめようか……」
疲労感たっぷりの声。一日歩き詰めの足には、玄関までの道のりがあまりにも過酷なのだ。
「ほんま高い門やデ……この坂、登るんも、しんどいワ」
バギーは石段に添って斜めに置かれた板の上を半分登ったところで停車。ズルズルと後ろに下がりそうになり、
「アキラー。抱(かか)えてくれへんか? もうしんどいねん」
「女の子のためなら、電車とバスで40分の距離でも平気で走って行くクセに……」
と告げるアキラへ、ギアが異論を唱える。
「ああ、あれでっか。あれはカマキリの術中にまんまと嵌っただけや。もう二度と近づかんデ。それよりアキラー。抱えてくれヤ」
「僕だって疲れてんだよ。自分で上がっておくれよ。その板だって僕が置いてあげたんだじゃないか」
「値打ちつけんなや。たかが平たい板を拾(ひら)ってきて、石段の上から下に渡しただけやないか」
「だって階段を上がるのが大変だって、うるさいからだろ」
石段を登り切り、上から体をひねって、板の途中でズルズルと下がって行くバギーへ口を尖らせるアキラ。通行人には見られたくない光景である。オモチャと会話をする寂しげな少年……まるでそのものなのだ。
運悪く。
「………………」
夕刊を配達するお兄さんがアキラを見つけて固まっていた。
「あ……のですね。このバギーは……」
言い訳を聞くことも無くお兄さんは黙ってアキラから目を逸らし、スーパーカブにまたがるとスロットルをひねった。
夕暮れの町に消えていくバイクを見つめながら、バギーを抱き上げるアキラ。
「もう。恥ずかしいな。また変な噂が広まるじゃないか……ほら。早く家に入ってよ」
まるでキャッチアンドリリースをする釣り人みたいな格好で、バギーを屋敷の庭に放すと同時にギアは奇声を上げ、
「ひゃっほおぉー。おおきになアキラ。ちょっと儲けた気分や」
派手に後輪を空回りさせ、砂利の庭を駆け回った。
「なんだよー。そんなに元気なら階段だって登れたじゃないかー」
「お前のお人よしも病気だな」
胸ポケットからアキラの白い顎に向かって言ってやった。
とまあ。いつもと何ら代わり映えのしない捜索隊のご帰還である。ペラペラとくだらぬお喋りを続けながら、みんなの集まる食堂へと入った。
その時。アキラの絶叫が轟いた。
「あ――っ! ハダカの女の子!!」
「どこや――――――っ!」
諸君。宇宙は広いぞー。
その中にはいろいろな生命体が存在する。
珪素生命体、高次水棲類、ヒューマノイド型霊長類、もちろん電磁生命体も。多種にわたる生命体の中で、唯一、雄(おす)にだけ共通の合い言葉が『ハダカ』である。そこへ最上級のワードが付加されたセリフ、『ハダカの女子』だ。全員総立ちとなるのは当然だ。足は無いがな。
「ど、ど、どこにおんねん! アキラ!」
「ぎ、ギア。慌て過ぎだ。お前は我を忘れて後ろを見ていない。真後ろのソファーの上だ」
「なんや。近すぎてソファーの上まで見えんがな」
急いでバック。
「おわぁぁあぁ! 裸の女子や!」
ドガガガガー。ドンがらがっしゃーん!!
「あ、痛ててて」
「オスは全部ここから出るのです!」
バァ――ン!
キヨ子に部屋から蹴り出されたアキラの背後で、大きな音を立ててドアが閉められた。
「あだだだだ……」
エビぞり状態で廊下を滑り、対面の壁に鼻から衝突して金の鯱(しゃちほこ)状態のアキラ。その胸ポケットから勢い余って床に叩きつけれられた我輩の向こうには、横転したバギーが無惨(むざん)に腹を見せており、乗せていたポケラジを遠くのほうにぶちまけていた。
「痛ぅぅぅぅ。なんちゅう力してまんのや、キヨ子はん」
「どこから出て来たのだ、キヨ子は?」
「部屋に入った時はいなかったのに、騒ぎを聞き伝てて隣の部屋から飛び出してきたんだ」
「どこで待機しているか解ったもんではないな。まったく6才児にしては俊敏すぎるぞ」
床の上に仰向けで寝転がったアキラは、我輩ではなく天井に尋ねる。
「それより今の録画した?」
「あまりに突然で、録画スタートは無理であった」
「ワテはもともと録画機能が無いけどな。脳内ブルーレイレコーダーには鮮明に画像を残してまっせ。めっちゃ綺麗なおっぱいやったで」
「うっそぉぉぉ――」
「あ、アキラ。鼻血が出ておるぞ。壁にぶつけたのか?」
「ちがうよ。ハダカの女の子を見た途端に噴き出したんだ」
「鼻血ぶぅぅぅーでっか? 古おますな」
「何それ?」
「平成生まれのボンには解らんことや」
「ねえ。何とかしてギアの記憶した画像って再生できないの?」
「ラブジェットシステム使えば、やれんことないけど、NAOMIはんとキヨ子はん以外操作できまへんで」
「そっかー。実質見られないのか」
無念さが残る言葉をつぶやきながら、アキラはポケットティッシュを取り出して鼻の穴へごそごそ。
扉の向こうでは騒がしい音と声がするが、扉を開けて覗くことは死を意味する。
「でも今の子さ。ゴアが見たケモミミの女の子にちょっと似ていなかった?」
「さすがスケベに関しては上級者だな。落ち着いて観察しておったのだな。我輩は裸というシチュエーションに焦ってしまって、一点に集中しすぎておったワ」
「どこ一点さ?」
「い……言えん」
「ワテもぽょよんと揺れる部分に気を取られて、肝心の顔を見るの忘れたがな」
普通は顔から見ていくものだが、互いに慌てるといかんな。
お前らハズイことを言っている。だと?
なにを言う、あのような状況では誰でもこうなるのだ。
「せやな。オスやからしゃあないワな」
「でも今の子は誰さ?」
アキラはむくりと上半身を起こしてから、散らばったバギーの装着部品をかき集めつつ、我輩が入るスマホとポケラジを拾い上げた。
アキラの手の平で言うギア。
「娘子軍の誰かやろ」
「そっか。パルルに会いに誰かが遊びに来たんだね」
「でも、なぜに裸なんだ?」
「ほんまやなぁ」
「お風呂にでも入ったのかな」
「意味わからんで。ほんなら何で食堂におるねん?」
「娘子軍は女だけの集団であるから、平気なのではないか」
「なるほどね……」
廊下に尻を落としたアキラは膝から先を外に向かって九十度に折り、右手にスマホ。左手にポケラジ。交互に喋り掛ける姿は確実に病んだ少年だった。
「あのねー。ゴアたちがそういう小さい物に入るから、こうなるんじゃないか。テレビとかパソコンに憑りついてくれたらもうちょっとまともに見られるだろ」
我々はその辺をうろつく魑魅魍魎(ちみもうりょう)ではない。
「テレビ? あかんあかん。いっこもアクティブでもアグレッシブでもないがな」
ギアは無線操縦でバギーをバックさせ、アキラはその上にポケラジを載せる。
「ワテはな。恭子ちゃんにドローンの発注をしてまんのや。このあいだの定時連絡ではもうすぐできるちゅうとったワ。今度は空や! 地べたを走るバギーからおさらばやデ。アクティブにアグレッシブに……アドベンチャーやデぇ!」
でかい声で喚(わめ)いた。
「マジかギア。ドローンで飛ぶつもりか!」
「はいな。恭子ちゃんの話では、めっちゃ安定しとるらしいな。しかも操縦制御のプログラムはキヨ子大先生がやってくれてまんや。完璧やろ」
キヨ子が何も仕込んで無ければな。
「へぇ。すごいなぁ。僕も乗りたいけど無理だろね」
「人間はあかんな。せやけどゴア。おまはんのスマホぐらいやったら乗せて飛べまっせ。どないや遊覧飛行……安ぅしときまっせ」
「やっぱりな。金を取るんだろうと思った。なら乗らん。安全性の面で疑わしきモノなどには乗りたくない」
「ふん。小心者。後悔するデ。後で乗せてくれ、言うたら倍額請求するからな」
「セコイ奴め……」
「外のオス三匹! 入室を許可します。入りなさい」
扉の中からキヨ子の傲然とした声が響いた。
「せや。ドローンの話なんかどーでもエエがな。ちょちょう。ゴア、録画開始や。ちゃんと撮影するんやで」
「なんでお前に命じられなきゃならんのだ。録画してもお前には見せんからな。ドローンの遊覧飛行代と引き換えだ」
「せっこー。せこいなぁ、おまはん。ドローンのほうが高額やろ、実際。もうエエわい。可愛いかどうかもわからん女の子なんかどーでもエエワイ」
「「「な――――――っ! 」」」
部屋に入るなり、我輩たちは絶句した。アキラなどでっかい口をぱっかりと開けたまま、両手をだらんと垂らして立ち尽くした。
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