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第三巻・ワンダーランド オオサカ
ラビラスとメルデュウス
しおりを挟む「どうかしら? これってあたしの私物なのよ」
紹介するNAOMIさんは犬の鼻を高々とそびやかし、我々は感嘆の声をそろってあげた。
「おおぉぉ……」
そこにいたのは、我輩たちが探し求めていたケモミミ少女であった。
川面を流れるような銀白のロングヘアー。
ステッチボーダーが施された柔らかげなニットワンピースを内から隆起させる胸部は息を飲む至高の形状。
「さ。こっちに座ってね」
NAOMIさんに従った少女は、しなやかな身のこなしでソファーの上に腰掛けた。
「あわわわ。ありがたや、ありがたや」
ギアが思わず無い手を重ねて拝み出したくなるのもよくわかる。それほどにまで神々しい少女なのだ。
「なんと美しいー」
「あたしの衣装よ」
いや。衣装に驚いておるのではない。いや、第一、なぜにイヌがこんな衣装を持っておる?
「この子のスタイルを3Dスキャンしたら、あたしがガイノイドだったときのスタイルと同じだって気付いたわけ。あたしって衣装持ちでしょ。だからなのよ」
衣装持ちかどうかは知らぬが、ガイノイドとはNAOMIさんの前世、女性型のアンドロイドを指すのである。
「マイボのことはどーでもいいんだよ」とアキラ。
「なによー。失礼しちゃうわね」
「そうじゃないんだ。この子……僕の部屋に来た子だ」
「なんですって!!」
コンマ一秒にも満たない速度で吊り上げられたキヨ子の鋭い目はアキラをロックオン。臨戦態勢状態である。
「アホやこいつ。自爆しとる」
「あうぅ。え、えっとね……」
黙ってりゃいいものを……バカ正直と言うより歯止めの聞かない真性バカであるな。
ところが――。
強張ったアキラの肩を引いたのは、
「今の話しは本当か?」
いつからそこにいたのか、クララであった。
「クララさんにはこの子のコーディネートを頼んだのよ。あたしの私物から色々出してくれて、さすがね。プロのスタイリストさん顔負けだわ」
「そりゃあ、毎日連中の作業を見ておるからな。だいたいのことは覚えたのだが……」
クララはにこやかだった面立ちを真剣なものに変えた。
「先ほど二人の少女が訪れたと言ったが、それは本当か?」
「ゴアが目撃したんだ」
「どういうことだ。誰が出したのだ……」
「何が?」
「あ、いや。その話はいつのことだ?」
「三日前の話だよ」
「パルルが来たのは昨日の朝か……」
クララは考え込む仕草を少しして頭を上げる。
「ということは。三日前にも外に出ていたのか」
「どうやら。この少女となんらかの関係があるようですわね」
名探偵キヨ子のご登場である。
頭脳は天才物理学博士。カラダは完璧幼児体型。まるでテレビのアレのようだな。
「この白い少女にもみえる生物は……」
言いにくそうに言葉を濁すクララ。
「え~~~。女の子じゃないの?」
「バカですか。女子も男子も広義的には生物です」
「そういう意味ではなく……」
いつまでも言い淀んでいたが、意を決したのか。
「この子はラビラスだ」
「なんです?」
キョトン顔をくれるキヨ子。
「意味が通じませんわ」
「パルルのこと?」
静かに首肯する金髪の美女、クララ。
「何かまだ伝えていない事があるようですわね。この際、吐きなさい。ならば救われるでしょう」
何の教祖であるか、キヨ子どのは?
観念したのであろう、戸惑いの表情を数秒で解いたクララは口を開く。
「……実はラビラスメルデュウス、いや。パルルは……月の光に照らされるとラビラスとメルデュウスに分体する」
「「ブンタイっ!?」」
キヨ子どのとNAOMIさんは驚きの表情をするが、我輩は何となく合点がいった。連れてきたペットは地球の猫ではない。宇宙生物なのである。
「つまりだな。三日前の夜に現れた少女は、パルルが分体してラビラスとメルデュウスとなって訪問していたのだ。であろう? クララどの?」
「そういうことだ。下宿先の話を聞いて偵察に来たのかもしれぬ」
アキラは再確認するかのように、再度、銀の流星みたいな髪の毛をした少女を見遣り、
「ウソだよー」
つぶらな眼差しでぱちくりと瞬きを繰り返すケモミミの美少女にぶつけた渾身の言葉である。その白い肌は月よりの使者。悪事を働くと月に代わってお仕置きをされそうだ。
『うそだよー』
なんとも可愛らしい声で小さな唇が開かれたが、それはアキラ放ったセリフをなぞるような言葉運びであった。
「言葉を喋るの?」と問うアキラに、クララは頭を振る。
「知能は低い。耳から入った音を真似ておるだけだ」
「それにしても……月光を浴びて獣になるというフィクションはよくありますが、獣から人間になるとは……」
キヨ子どのは関心と驚きの表情。
「あひゃ!」
退屈したのだろうか、予告なく立ち上がった少女に吃驚(びっくり)してアキラが椅子を引いた。
少女はキョトキョト。アキラはオドオド。キヨ子は動じず、アキラを叱責する目で睨み、質問を続ける。
「それではバンパイヤではないのですね?」
「バンパイヤとはどういうものか知らぬ。ワタシは地球に詳しくない」
キヨ子は部屋をうろつく白皙の少女を目で追いながら、幼児とは思えない居丈高な口調で返す。
「バンパイヤとは吸血鬼です」
問題にしているのはネコで、おかしな話だが全員の視線を集めているのはこの少女だ。
部屋の調度品を珍しげに眺めながら、たまに食器棚の奥を覗き込んだり、消えているテレビの縁に滑々の指を添えて、意味もなく驚いて引っ込めたりする振る舞いはまさにネコなのだが、どこからどう見ても純然たる少女である。
クララは部屋を一巡したラビラスを抱き寄せると、再びソファーに座らせ、少女は抗うことなく、命じられたクララの美麗な面立ちをポカンと見上げた。
クララはキヨ子に念を押す。
「何度も言う。この子はただのネコだ」
「どこがです。分体するだけでも地球の常識から逸脱しています。それが少女になるなんて、あり得ません」
いったいキヨ子どのは何に対して怒りをぶつけておるのだろうか。
「ようするに、クリーチャーだと言いたいのか、お前は?」
「地球を知らないくせに、そういう言葉は知っているんですね」
「ジュノン・アカディアンは怪物でも怪獣でもない。れっきとした生命体だ。地球の常識などクソ喰らえだ!」
せっかく美人なのに、荒い口調がもったいない。
「いいか、知能こそ低いが、パルルは高度な精神活動をしており、知的生命体の思考を読み取って変身するのだ。だからこの地球では人間の姿をする」
「と言うことは、珪素生命体の星で分体すれば。珪素生命体のカタチになるわけであるな」
「そういうことだ」
「ちゃんと会話ができたら、普通の女の子なのに……」
無念そうにつぶやくアキラの心情はよく解かる。我輩もどちらかと言うと同じ気持ちである。
ようやく合点がいく。少女のケモミミは本物であったのだ。どうりで滲み出るリアル感は作り物ではないと思った。
「知能は低いと、クララどのは言うのか?」
「ああそうだ。オウムの物真似よりかはマシだがな」
「それはおかしいぞ。この間の晩はちゃんと意味のある言葉を話しておった」
「そんなことはあるまい。あ……」
何かを思い出したのか、朱唇を丸めて開くクララ。
「誰かそばにいなかったか?」
『いなかったか?』
クララを見つめた少女がオウム返しを始めた。
「いかにも。すぐそばでアキラが高いびきであった」
『たかイビキであった』
「アキラの思考波を読み取って、そっくり口にしたのだろうな」
「テレパスですか?」
『てれぱすれすか?』
「ちょっと、この子、黙らせてください。話がややこしくなります」
「ほな。『風呂場が丸見え』とか言うたのは、アキラの思考波……。ちゅうことは…」
『まるみえー』
「夢の中を覗いて、その言葉を真似たのか……」
『アキラー。まねたー。ゆめのなか』
「なんちゅう夢見とんねんアキラ。夢の中でも女風呂覗いとんのやこいつ。おまはんのスケベ度は超一級やデ、実際」
『おんなふろのぞくー。スケベ―、あきらー』
「ただのオウム返しとちゃいまんな?」
『ちゃいまんなー』
「ああ。意味は理解していないが文節を把握して、適度に混ぜて楽しんでいるようだ」
「ネコにしては賢いけど……。こんな可愛い顔してもったいないでんな」
『かわいい、かお、でんなー』
「オターケさん」
『おたーけさん』
「お前はシーボルトか」
『おまえは しゅーぼりゅとか』
「はは。可愛い。噛んでるよ。じゃあこれ言える?」
調子に乗るアキラ。
「ナマムギナマゴメナマタマゴ。トナリノキャクハヨクカキクウキャクダ――東京特許きょきゃきょきょ……あでで、舌噛んじゃったよ」
アキラは赤い舌を口からペロンと出し、少女は平然と、
『生麦生米生玉子。隣の客はよく柿食う客だ。東京特許許可局、局長急遽今日休暇許可却下』
遊ばれておるな……。
「ああ。早口言葉はキャロが先に教えておる。お前らでは勝てんぞ」
「ネコで遊ばないでくださる?」
ネコではないと思うのだが。どう見てもケモミミ少女である。
「何か害があるのですか?」
「ラビラスは問題無い」
「何が問題だと?」
「メルデュウスのほうだ。まるで正反対の性格が浮き出ると言う。ワタシも分体現象を見るのは初めてなので詳しくない。だが言い伝えではそういうことになっておる」
「狂暴だと言いたいのですか?」
「飼育環境によるだろうな」
「キャザーンで飼われていたのです。最悪でしょうね」
「バカにするな。我々は日夜戦闘を繰り返していたのではない。主なのは知的工作だ」
「せやな。巧妙な詐欺集……」
たぶんギアは『詐欺集団』だと言おうとしたのだろうが、クララの目の色が瞬時に赤に変化。
「貴様! おかしな物の言いをするとぶち殺すぞ!」
突き刺さんばかりの鋭利な眼光でギアを睥睨した。
クララもデュノビラ人なのだ。興奮すると目の色が変化し、斬りかかる剣呑な視線はキャザーンのクイーンである。底知れぬ怖さが満ちている。
「あわわわ。す、すんまへん。巧みな救援活動でしたな」
「そのとおり! 我々は救いを求められたらどこへでも急行する救助隊だったのだ。ただし! ボランティアではない。代償は頂く。救助的商売だ」
「すんまへん。今の言葉聞いてワテ感動しました。眼からウロコですワ。救助的商売。溺れる者は差し出されたワラをも掴む。そのワラはタダやないもんな。道理にかなってまんな」
どこが――。
「いつだったか、異星人に侵略されかけた惑星を救助するために全力を挙げて戦ったこともあった」
「セイリーンの攻防でしたな。敵はアンダリアン。数十万の軍艦を蹴散らしたんやデ。報酬もごっつかったんやろな?」
「ああ。あの時は惑星上のレアメタルを根こそぎ請求したな」
「どっちが侵略者だか……」
NAOMIさんの溜め息は当然である。我輩がもしも呼吸をする生命体であったならば、今の話を聞いて同じように吐息をして、肩を落としたであろうな。
「あ、せや………クララはんの話し聞いていて、色々記憶が甦ってきましたデ。ワテがダルダス二号星でペットショップの照明係しとる時に……」
「放浪していたとは言っていたが、色々な職業に就いておったのだな」
「せやで。喰うて行くためや色々やった。でもな、ペットなんか興味ないから名前も覚える気は無かったんやけど。月夜に分体するネコの話は聞いたことあるワ。それがジュノンアカディアンやったんやな」
「またか。お前はいつも一歩遅いな」
「知らんがな。ほならおまはんが先に知らせといてくれたらエエやろ」
「我輩は予知能力者でもなければ、占い師でもない」
「無駄な会話はおやめなさい!
「で? メルデュウスちゃんはどこ行ったの?」
「知らん」
「やっぱり猟銃会に知らせなさい!」
「キャザーンで何とかする。ただ見つけるのを手伝ってくれ」
「何ぜである? そっちのほうが人手は多いのではないか?」
「いまKTN祭りの最中で、全員にテレビ出演のスケジュールが組まれておる」
「ちょっとかまへんか?」
「なんだ?」
「パルルは野生なんか?」
「ああ、そうだ」
「どういうこと?」
「ペットショップではな、黒いほうを蒸発させた状態で売られとるから分体はせえへんねん。せやからパルルは正規のルートで仕入れられたネコとちゃうちゅうことや」
「無駄な知識だけは詰まってるのね。あなた」
「そりゃあ、だてにペットショップにおったわけとちゃうデ、NAOMIはん。ワテはな。動物に関してはプロでっせ」
「何がプロだ。いま照明の仕事で興味が無かったと言ったばかりではないか。それって、お寿司屋さんでバイトをしていたので、寿司が握れると言っているに等しいぞ。なぜパルルを見た時に忠告しなかったのだ」
「ワテは爬虫類専門や」
あー言えば。こー言う奴だ。
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