アカネ・パラドックス

雲黒斎草菜

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【第四章】悲しみの旋律

  糾 弾  

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「次の議題に移る」
 とオムニ議長が宣言し、怖顔の事務局長が尊大に言う。
「査問会と言うのはここからだ。意味が分かるな、ユイ……いやF877A」

「あ、はい」
 悄然とした面持ちの優衣が一歩前に出てきた。

「その前に質問があります」

 下から数えたほうが早い位置にある出っ張りがせり出し、髪の長い、ただでさえ小太りのドゥウォーフ人をさらに丸々とさせたご婦人が手を上げていた。

「ジュリアュス。何かな?」
「議長はなぜF877Aなどという、古い型のガイノイドを過去に飛ばせたのでしょうか?」

「ふむ。良い質問じゃ。確かにFシリーズは現在と比べると旧式かもしれん、じゃがな、特異点を飛んだ先祖と共に過去へ飛び、再び戻って来た、まことに稀有な体験をしたガイノイドなんじゃ」

「ネブラの誕生に強く関係しているとおっしゃりたいのですね」
「そう。それともう一つ、この子にはクオリアポッドがまだ実装されたままじゃ」

 会場がまたもやざわついた。

 スン博士が拵えた感情を理解する装置のことだ。最後の一つが茜にある。
 俺たちには理解に及ばないが、議会の広いホールがどよめいたほどだから、きっと重要なことなのだろう。

「そうだ。ユイはスン博士が残した最後の秀作なのだ」

 厳つい顔の事務局長がそう言い、メタボ体型のオバサンが強く反論する。
「いくら秀作でもアンドロイドを過去に飛ばすというのは無謀なのではありませんか?」
「アーキビストのSの称号をこの子は満点で卒業した。さらに感情も理解しており、常に冷静温厚。どうかな? これ以上の適任者はおるかな?」

 恐ろしいまでの静寂が浸透した。

「つまり、正しく感情を理解できる宇宙でたった一人のガイノイド。その子にDTSDを与えたと言うのですね?」
「そういうことじゃ」

 オバサンは深くうなずくと、
「よく分かりました。質問を終えます」
 うす紫色の貫頭衣風の裾を翻し元の座席に引っこんだ。

 オムニ議長はゆっくりと優衣に向き直ると、
「F877A、活動時間域名でユイ……間違い無いかな?」

「はい。間違いありません」

「アーキビストとしての活躍のおかげで、何度かネブラが企てた時空修正を阻止し、正しい時間項に導いてくれた功績は絶賛に値する。未来が安泰なのはキミのおかげじゃ。感謝しておる」

「ありがとうございます。オムニ議長」

 すげぇ怖ぇよ。
 刺すような緊張感に俺の肌がピリピリしてきた。
 優衣は、何百人といる管理者の議会に一人引っ張り出されて、これから詰問されるのだ。俺だったら震えちまって声も出ないと思う。

「だがな。一つ過ちを犯したな」
「………………」
 優衣は何も言わなかった。

「これへ……」
 何かの合図を議長は出した。
 制服を着た男性に促されながら、警戒の視線をきょろきょろと振り回して出てきたのはミカンだった。

 優衣を見つけると急激に移動の速度をアップして飛び付いた。
「きゅりゅゅぅぅ……」
 なぜ自分がここに引き出されたのか理解できないようで、怯えているのが手に取るようだ。

 優しく抱き寄せる優衣へと、議長が顎で示す。
「ルシャール星の脱出ポッドじゃな」

「はい、そうです」

「そのポッドは時間項に入っておりません、議長!」
 でっかい声で立ち上がったのは、ひょろ長い杖で床をドンっと突いた白髪頭の爺さんだ。

「そのとおり。ユイの犯した罪は唯一この脱出ポッドを活動時間域外に出したことだ」
 別の誰かが叫び、俺の怒りが再燃してきた。

 おいおい。それはだなぁ。

 耐え切れない怒りがメラメラと湧き熾る。拳を握りまさに叫ぼうとした時、
「異議あり――っ!」
 俺の横で玲子が先に高々と手を挙げやがった。

「キミらの意見は……」
 と言いかけた事務局長をひと睨みした玲子、
「ここは弁護士も無しで裁判をやるような遅れたバカが集まるとこなの?」
 だはぁぁ。管理者相手に喧嘩を売りだしたよ、こいつ。

「そんなことは無い。それなら……レイコくんだったな。キミがその役を引き受けるかな」
「いいわよ。やるわ!」
 玲子は深呼吸と共に、

「ミカンは……、あ、この子の愛称です。この子がいなければ裕輔はこの世にいません。このバカを助けるために取った緊急的処置です。寛大な処置をしてくれてもいいでしょ!」
 おーい。子供の喧嘩になってんぞ。それにこれだけの面前で俺をバカの一言で片付けるな。

「澄んどるのぉぉ。キミの自我はとても清い。そしてユウスケくん。お主もユイを思う気持ちが熱いのぉ」
 事務局長がその後を引き継ぎ、
「いいかね、玲子くん。もう一度忠告しておこう。ここでは言葉要らない。我々は尋ねるだけだ。それに対して正直に答えるのはキミらの自我だ。これが精神操作モジュレーションと呼ばれるものだ」

 事の重要性がようやく身に滲みてきた。優衣を尋問すれば否応でも俺たちがそれについて反応する。そうすれば精神操作モジュレーションで議会全員に行き渡る。この人たちはそれを待っていたんだ。

「キミがいなくなるという時間軸に分岐したのを修正したことも、バブルドームでその時間軸のユイが助けに現れたのもだ。キーパーツは今この一刻内に集められた」
 事務局長はいかにも見てきましたと言わんばかりの堂々とした口調で語った。しかも俺しか知らない案件をだ。

「あたしがいなくなる? 何のこと?」
 案の定、玲子はキョトンとして疑問を俺にぶつけてくるが、何も言えない。それは時間規則に反することになる。

「そう、賢明な処置だ。ユウスケくん」
 厳つい顔をした事務局長がこちらを見た。

 あぶねえ……。今度は俺が試されたんだ。
 危うくその手に乗るところだった。


 事務局長は座席に戻り間際に告げた。
「それからGトリプルゼロワンの件はキミに一任しておる。しっかりたのむ」
「わかりました。お任せください」
 腑に落ちない会話だった。カエデは優衣が破壊したはずだが……。

 しかし次の言葉で俺はその疑問を捨てて一気に緊迫したのだ。
「次にミカンの処置じゃが……」
 判決を下す裁判官みたいな態度で議長が背筋を伸ばした。

 再び沸々と強い怒りが湧き上がって来た。
 まさかと思うが、そんなことしてみろ、茜が悲しむぞ。そしたら玲子を吹っかけてこの場で大暴れしてやるからな。

 悪いが玲子を操縦できるのは――。
 宇宙が450年経とうが、数万年経とうが、
「俺だけだ!!!」
 熱かった。腹の底から燃えてきた。

 だけど議長は淡々と、
「活動時間域外に移動させず、最後まで面倒を見ると言うことで許可する」
 勧告めいたことを言ったが、よく意味が分からない。

「ということは?」
 尋ねる玲子に、
「キミらの時代で、キミらが面倒を見ればよいとするんじゃ」

 玲子の肩の力がすっと抜けるのを確認し俺も弛緩する。そして事務局長が浮かべた薄い笑みの意味を悟った。
「ここでキミらに暴れられては困るからな」

 あちゃー。頭の中が素通しだった。

「それ以外に何か報告することはあるかな、F877A?」

 まずい。考えるな。何も考えるな。えーっとどうする。考えるなと思えば思うほど茜のことが浮かんでくる。今あの子はコンベンションセンターで……って。やべぇ優衣。ごめん、俺、もう限界――。

「報告することは以上です」
 きっぱりと言い切りやがった。ちょっと待てよ、アンドロイドはウソが言えないんじゃなかったのか?

 どはぁぁぁ。何を考えてんだ、俺の思考の中を読まれたら、バレバレになるじゃないか。

 未来のネブラに情報を伝えまいと、優衣が一生懸命にやって来たことが、俺たちの脳を探ることで、白日の下に晒されることになるんだ。卑怯だぞ管理者……って、どぁぁぁぁ何を考えてんだ、俺。やっべ――よ。

 慌てふためき、考えなくてもいいことまで考えて、俺って、マジ馬鹿だー。

 だが、何事も無かったみたいに事務局長はうなずき、
「そうか。アンドロイドには精神操作モジュレーションが効かぬからな」
「そう。ウソが吐けるアンドロイドもおらんわ。ぶはははははは」
 白ヒゲをしごきながら議長が高らかに笑いあげた次の瞬間、俺たちは質素でこぢんまりとした部屋に移動していた。


「はれ?」
 何がなんだかよく解らないが、査問会は終わったのだろうか?

「そう、終わったのじゃ。いやしかし申し訳なかった。気分を害したのなら、これこのとおり謝る」
 深々と腰を折りたたむオムニ議長に駆け寄る社長。
「そんなこと言わんといてくれまへんか。世界がちゃうんや。我々の星では郷に入(い)れば郷に従えちゅう言葉がおますんや。そちらのしきたりに従うのは当然でんがな」

 社長は俺に向き直り。
「この男は上司を上司とも思っていない、アホウでんねん。そやけどウソを吐く奴やない。それとこっちのメタボ体型のアホは、萌えっ子以外興味の無いアホですワ」
 田吾は恥じ入るように視線を落として首をすくめた。俺も素直に謝ることにした。

「議長。減らず口を叩きましたことをお詫び申し上げます。すみませんでした」

 真っ白な口ひげを愉快そうに揺らして議長が言う。
「よいよい。自我の奥では偽りの姿を作り出すことはできぬ。どうあがいても本心を曝け出すのじゃ。おかげで理解が早まる……」
 と言ってから意味ありげにオムニ議長はにたりと笑った。

 何だその笑い……。
 優衣がウソを吐いたことはバレていないのか。茜のことは俺の精神波からバレバレになったんじゃないのか?
 鼓動が外に聞こえるほど高鳴っていた。今、心電図を取ったらその波形は、おそらくのたうち回っていることだろう。

 議長の笑いは別のところにあり、俺と玲子を交互に見て言う。
「レイコくんとユウスケくんの間柄もよく理解させてもろうた」
 どゆこと?
 社長は俺の背をパンと叩き、
「深層心理を読み取られてまんのや。当たり前やろ、お二人さん」
「え……」
 目を見開いた玲子の頬が、みるみる赤く染まりだし、ぷいっと俺から顔を逸らした。

 マジっすか。
 急激に俺も頬が熱くなってきた。
 二人して赤くなりうつむくのはそれを肯定することになり、とても気まずい。

「なんでお前がニヤニヤしてんだ? ユイ」
「別に……何でもありませんよ」
 嫌らしい笑みを浮かべるなど、マジでアンドロイドらしからぬ奴だ。

 どちらにしても茜のコトは完全にばれたし、優衣が偽りの報告をしたこともばれた。なのになぜ黙認されたのか。
 もしやこれも時間規則ってやつか? さっぱり理解不能だ。


「ワタシはゲイツさんの説明を聞いて、驚きを隠せんかったのじゃ。確かにドロイドをロジカルワームとかいう技術で一網打尽にしたのは史実じゃが、それが現在のネブラ内のすべてのデバッガーに複製されていると言うのは、一概に信じられる話ではありませんからな」

「ほんで腑分けを要請してまんのや」
 何度も出てくる腑分けとは何のことだ?

 俺の疑問に社長はにへらと笑って、

「解剖するんやがな」

「「解剖ぉぉ?」」
 玲子と田吾は揃って頓狂な声を上げた。

 まさか……。
 社長はデバッガーを調べようとしているのか?
「せやで。この時代やったらデバッガーの完全体が手に入る思てな。それにはどうしても管理者さんらと。もうひとつ、シロタマの協力も必要や」

 本気なんだ。
「玲子、シロタマを呼んでくれまっか」
「ここまで来てくれるでしょうか?」

 首をかしげつつも、玲子は黄色い声でタマを呼んだ。
「シロタマぁ、ちょっと来てぇぇ」

 窓外には雲海が広がっており、この部屋が雲を突き抜けた高度にあることは確実だが、あのバカがこんなところまで浮上できるとは思えない。

 ダァァーン!

 何かが派手にぶつかって、エアロシャッターから火花が飛び散った。

「ぶふぉっ!」田吾が半笑いで吹いた。
「許可されてない物体が飛び込もうとしたんダすよ」
 窓の外に浮かぶ銀白の球体から明らかに怒りのツノが突き出ていた。

 あのバカがマジで怒ると、流動性金属のボディから突起物を出して威嚇のサインとするのさ。

「おお。こりゃあいかん」
 議長は急いで壁に取りつけられた装置を操る。
 ブンと小さな音がして、何も変わらないが、たぶん窓が開けられたのだと思う。

 シロタマはぷよんと体を揺らして元の球体に戻すと、慎重に様子を窺って部屋に侵入して来た。
「もう~。この星は嫌いデしゅ。シロタマをバカにちてるし」

「仕方ないだろ。病原菌は入れない仕組みになってんだ」

「シロタマは細菌じゃぁない」と言ってから報告モードに切り替わる。
『生体反応が無いモノは遮断すべきではありません。ただちに変更することを提唱します』

「すまん、すまん。今後、キミは透過許可グループに入れてもらうからのぉ。辛抱してくれ」
「おそいデしゅよ。シロタマのデリケートなボディが傷だらけデしゅ」

「耐熱が1500℃まである奴が何言ってやがる。傷なんか付くかよ」

『それはユースケの記憶違いです。シロタマの耐熱はマイナス80℃から、プラス1050℃です』
「たいして変わらん。フライパンと同じだと言うことだ」

『シロタマでは料理はできません』

「ゲイツさん……」
「はい?」

「いつもこうなのかな?」
「そうでんがな。裕輔とシロタマがくっ付くと常にこうなりまんねん。すんまへん。今黙らせますさかいに」

 社長はシロタマを指で弾き飛ばし、俺には怖い顔をくれた。
「裕輔! シロタマ! ええ加減にせんか! これからデバッガーの解剖をすんねや。ジャマすんねやったら、ほおり出しまっせ!」

「おもしろいのう」
 ほえ?

「いや、実に面白い。シロタマと呼ばれる人工物には感情がみなぎっておるな」
 議長は振り返り、
「そう思わんか、ニール?」
 背後の扉から出て来た人物に語りかけた。

「おっしゃるとおりです。これはすばらしい」
 青い眼をした青年だった。だいたいにおいてドゥウォーフ人は小太りなのだが、この人は意外にも痩せこけたひょろ長い体をしている。

「スン博士のもう一つの傑作、W3Cが自ら拵えた対ヒューマノイドインターフェース。当時の量子物理学の最先端を駆使して作られた人工知能。クオリアポッドの原形が搭載されていると言うウワサはまさに真実なのでしょう。このメリハリのある感情反応は見事ですね」

 この痩せ細った青年は誰だ、ベラベラとよく口の回る奴だ。

「これは初対面から失礼しました。僕は……この星で人工生命体に関してはちょっと有名なんですよ」
 痩せた青年の視線が優衣を捉えると、ずかずかと無遠慮に近づき、
「やぁ。ユイくん。久しぶりだね」

「これは、ヌゥンニューリュさん」

 ヌゥ? ニュゥー?

「ああ、ユウスケさん。無理して発音しなくて結構ですよ。ニールと呼んでください。あなた方の舌では発音できませんから」
「このニールは流体量子物理学の権威でな。アンドロイドの新しい方式のエモーションチップの開発などをしておる」
「スン博士の作った新型のエモーションチップ、性能はいいのですが暴走しやすいのは皆さんご存知ですよね?」

 ひどい目に遭ったのだから忘れはしない。カエデがそれさ。

「そう欠番になったGシリーズです。こちらではGトリプルゼロワンと呼んでいます。あれはクオリアポッドを使わずに新たに開発したスピリチュアルジェネレーターのみを採用したことが原因です。スン博士はクオリアポッドと併用するべきだと猛反対をしていたのですが、技術主任は先を急いだのでしょう。聞く耳を持たなかったのです」
 と行った後、
「どちらにしても関係者は全員Gトリプルゼロワンに殺されましたけどね」

 おそらく管理者の宇宙船に乗っていた3人の人物のことを指したと思われるが、こいつ人なのか? と思わず疑いたくなるほどニールは淡々として言葉を並べやがった。

「500年近くの前の話でいまいちピンと来ないんですけどね。アンドロイドが殺人をするなんて怖い話です……」

 俺たちの白い視線に気付いたのか、急いで軌道修正をしたが、止まることもなく言葉があふれる。
「でね……おかげでアンドロイドに感情を持たせるのに300年は後戻りですよ。でも今は大丈夫。まったく……おっと失礼。僕の欠点は長々と喋るところですね。はい、分かりました黙ります」

 それだけ自認しておきながら、よくも長々と喋り続けたな、このヤロウ。
「ロボット工学でニールの右に出るものがおらんのでな、ゲイツさんがおっしゃっていた話しを伝えたところ、大いに乗り気になって持参してくれたというワケじゃ」

「持参? なんでっか?」

「新鮮なのが欲しいだろうと思って……苦労しましたよー」
 肩をすくめて見せてから、ニールは隣の部屋へ通じる扉をグイッと押し開けた。 

「なに……?」
 玲子の悩ましい吐息がやけに気にかかる。それほどに内部は人の気配が無く、無機質な雰囲気が漂っていた。
 深部へと扉が静かに開き、薄暗い空間が広がって行く。

「中にどうぞー」
 ニールに誘導されて室内に踏み込んだ。
 部屋の照明は落とされて薄暗いが、奥にあるガラス張りの部屋から漏れる明かりだけで、じゅうぶんに見渡せることができる。

 その部屋には何も無かったが――。
「まさか……」
 言うに言えない一種独特の緊張感に包まれ、俺の足が床に張り付いた。

「なっ!」
 光が蠢いていた。

 奥の部屋とを仕切るガラスは半透明で内部は見えないが、その中で何かが重々しく動いていた。しかもかなり大きなもので、時折、重厚な音が伝わってくるのだ。

「で……デバッガーでっか?」

 ニールはあり得ないほどの明るい声で、
「はいー。ゲイツさん、ご名答。それも稼働状態です」
「マジでっか!!」

 俺たちはガラス窓の向こうで蠢めく黒い影を見て凝然とした。
  
  
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