石になった少女

雲黒斎草菜

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20)感情サージと重複存在共鳴

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 クルミが到着だと宣言した瞬間、二度目の呪縛から解かれたサクラたちが動き出した。
 マネキン人形の真似をしていて、不意に動いて俺を脅かすつもりだったのなら、満点をやろう。それは突然に、かつ唐突に、そして忽然として動き出してこうい訊いてきた。
「でさ。千年後の世界ってどうなってんの?」

 そう。千年後に到着と同時に逃げるようにして再跳躍を強行したので、実際は一万一千年も先に来ていることをサクラは知らない。
 教えるべきかな………。でも結局はさっき見た俺たちのレプリカが何だったかの答えも訊いていないし。すべては答えを聞いてからでいいか………。
 戸惑いと不安が混ざるおかしな気分でサクラのの横顔を見つめていると、
「な、なによ……テル」
 あまりに熱い視線で俺が見つめるもんだから、逆に逃げ腰のサクラ。

「なんでもない…………」
 こちらもそっけない返事をする。
 やっぱ亜空間の説明をサクラにするのは控えておこう。どう言ったらいいのか、まだこっちの頭の中が整理できていない。

 自分の役目を終えたクルミは、西暦五二〇九万一〇〇〇年というとんでもない年代を告げて、ゆったりと全身の力を緩めた。
 それでやっと気付いたサクラ。
「やったぁ~~~。一万年もお得じゃん」
 どこに損得の視点が当たってんだか、サクラは頓狂な声を上げ、
「戦国の世からどんどん離れるわい」
 十六世紀の人間にしては頭の柔らかい頭領は呆れモード。

「へぇ~~。ここが、西暦ごまんにせんきゅうまん……? いっせんまん年……………の世界かぁ」
「万の単位が何回出てくんだよ………」
 バカが持ち得る物差しの桁から大きくはみ出た数字に混乱しながらも、サクラは興味深そうにあたりを見渡すと、まだ霧が薄っすらと残る先へ一歩踏み出した。


 風に流され霧が完全に晴れると辺りが見えてくる。
 さっきの場所から一万年も経過したとは思えないほど変化の無さだった。重く垂れ込めた灰色の空が広がり、白っぽい砂漠が果てしなく続いている。何も変わっていない。変化したとすると砂丘がならされ、幾分平坦になったぐらいだ。

「な~んにも無いわ」
 背伸びをして遠くを見ていたサクラが、振り返ってそう言った。

 死の寸前に立った地球は地殻変動も無くなり、地面は静かに横たわるだけのようだ。薄くなった大気は風も起こさず、一見穏やかに見える。だがそれは俺たちが環境制御された空間内から傍観しているからで、そこを一歩出たら小惑星の表面とさほどかわらない荒れすさんだ大地が広がると言う。ここからではよく見えないが、おそらく大小のクレーターが点在する穴ぼこだらけの地面のはずだ。

 ニーナとイチはそんな景色などに目を向けることなく、周りを警戒しており、ついでに俺の二番目の質問がすっかりすっ飛ばされていた。

 一つ目は亜空間とは何だ、で。何となく理解した。
 次の質問は──そう、さっき見たもう一組の俺たちは誰だ、という問題だ。

 もう一度イチたちに問う。
「それで? さっきの俺たちは何だったんだ。複製された偽モノなのか? 言っとくけど俺は生まれてから今日まで、いやこれからもずっと俺は俺だからな」
「あたしも………だよね?」
 サクラは自信なさげに、俺に相槌を求めて顔を寄せ、藤吉は、
「またその話か………」と部外者面。でも言い直す。
「昔から世の中には似た人間が三人いると言うからな」

 俺には一つの仮説がある。だてにアニメを見て勉強していない。
「それとはちょっとちがうぜ、頭領」
 崩したチョンマゲを頭の後ろでひっつめて、サクラと同じポニテにした藤吉が言い切る。
「しかしだ。同一人物が同じ場所に現れるなんぞ、あり得ん!」

「あるんだよなそれが。あのな……」

 十六世紀の人間にタイムトラベルの話をしても、果たして通じるのだろうか。二十一世紀のこのバカサクラでさえも難解な話だ……と考えていて妙なことを悟った。

「そういうことか……」

 ニーナたちも俺と同じ気分でいるんだ。猿ドモに理解させるのは至難の業なんだろう。落胆する気持ち、同情するぜ。

 つまされる思いで、イチとニーナへ持ちかける。
「この二人には考えも及ばない話だと思うが、ゆっくり説明してくれ。先に俺が理解してから、バカどもには後で噛み砕いて解説してやる」
「なによその言い方ぁ」
 口を尖らすサクラに、
「あのな。さっきの連中が俺たちの分身だという話だ。俺の考えを先に言うとだな………まずコピー人間を拵えるには……」
「UFOにさらわれて人間コピー機に掛けられたのよ」

「…………………………」

 昭和初期でコイツの脳ミソは止まってんだ。

「お前、マジでいっぺんさらわれてこい。ほんで脳ミソを水洗いしてもらえ。いいか、そのとき必ず言うんだぞ」
「なんて?」
「陰干しで乾かしてください、ってな。脳ミソは直射日光に当てたらだめだぞ」
「へぇそうなんだ。わかったよ」

 解るんかい……………。
 理解すんなよ。

「あ、あんな……」
 こっちがびっくりするぜ。
「お前な。変な機械を通されてコピー人間を作られた、なんて記憶はねえだろ」

「………あ。まあないと思う」
 そこまで考えないと言い切れないのか?

「いいか。今から知性の高い俺が解説してやる。よく聞けよ…………」
 ちょっともったいぶって間を空ける。

「──さっきのは、俺たちの未来の姿だということだよ」

「おお。なるほどっ!」
 察しのいい藤吉は早速手を打ち、サクラはポカンとした。

「どうしてそうなるの?」
「あのな。まず俺たちと同じ場所、同じ時間帯に、もう一組の俺たちが存在して、互いに向き合うなんてことは有り得ないだろ。どうだ? これは解かるな?」
 俺の話しについてこれるか、サクラの顔をうかがう。とりあえずこくりとポニテの頭を振った。

「それが起きたんだ。とするとこの特殊性から考えると、別の時間に居た俺たちがそこに現れたということだ。クルミがいれば容易いことだ」

「宇宙人が変身してんだよ」
 ガラケー女の想像力は貧困だ。

「それは無い。あれはお前たちだった」
 イチが即行で否定した。

「そうなると、テルの説が正しいのか……」
 なぜか不満げにサクラ。そして藤吉が、
「だがどうして未来だと分る? 過去のお前たちでもよいではないか」
 さすが野武士のリーダーだ、頭が切れる。十六世紀の人間とは思えない柔軟な考えだが、ちょっと間違っている。

「いいトコに気づいたな頭領。だがあれは未来から来ているんだ」
「なぜじゃ?」
 自信満々の俺に、ニーナがニヤけた視線を振ってくるが、無視して言い切る。
「あれは未来だ。もし過去の俺たちだとすると、今、ここの俺たちが未来側になる。そうなるとあいつらを見たという記憶が見る以前に無ければいけないことになるだろ?」

 目をつむり困った風に首をひねったサクラに念を押す。
「お前、今朝起きたときにその記憶があったか?」
 ぱちりと瞼を開けてポニテを振る。
「無かったよテル。初めての経験だもん。そっか。だからあっちが未来のあたしたちになるのかぁ」

「猿にしてはマシな考えだわ。でもね…………」
 ニーナがすんと鼻を鳴らして割り込んできた。

「まだ二十一世紀の人類には時空理論は早すぎるわね。時間の流れを川の流れのように捉えるからだめなのよ。自分のいる世界は薄い膜が何重にもなったものの一つだと思いなさい。そこを突っつくと衝撃が筒抜けるでしょ。そんな感じよ」

 漠然とだが時空間をイメージ化できそうだったのに、今の説明で爆砕されてしまった。
 サクラがさらに戸惑ったようだが、俺も虚しく頭を振る。
「意味ワカんねえ……」
 肩を落とす俺を見て、自分と同類だと感じたのだろう。サクラは歯を見せて笑いやがった。
「笑うな。サクラ」

「アナタの言うようなことがもし起きたのなら感情サージが起きるわ。起きなかったでしrょ?」
「何だよそれ?」
 聞いたことも無い言葉だった。

 イチまでも憎たらしいことを言う。
「さっきのが過去のお前たちならその記憶が今のお前たちにあると考えたのは、正しい。褒めてやろう」
 クルミの瞳の奥がキラキラしているのでとりあえず、怒りを抑えるが、この忍者野郎め…………。
 こいつはいったい何者なんだ。初対面の人間でも、時間と共に馴染んできて理解し合えるものだが、こいつだけはさっぱりだ。

「イチはワタシの従者です」
「それぐらいしか分からんな……」

 忍者野郎は、口元にはっきり嘲笑(あざわら)いを浮かべて、
「同じ時間流に存在する人物どうしは同じ記憶のストリームを持っているだろ?」
「難しい言い方をするなよ。そうやって俺を煙に巻く気だろう?」

「そんなつもりは毛頭ない。それがしは平易な解説を試みようとしている」
「うちの高校にもお前みたいな教師がいるぜ」
「あ───。鈴木先生だ」
「当たりだ。サクラ」


 ──
《ここから、SFでは定番の言い訳のような科学的なつじつま合わせをする難解な解説が入るのであ~る。嫌いな人は読み飛ばそう。ただし意味ワカメになっても関知しないのであ~る》


「関係ない話をするな。いいかよく聞け、テル。異空間同一体はレイヤーレベルと呼び、分断、あるいは一部だけが共通になった記憶を持つ場合がほとんどだ。空間が分かれた先は異なる流れとなり記憶も変わって行くものだ」

「まぁ。そうだよな」
 イチは理解を示した俺に指先を突っ立てて、
「もう一つのパターンが、お前の言う同じ時間の流れにいる同一人物の世界だ。これをタイムラインレベル、あるいは異時間同一体と呼び、最初から終わりまで一連の流れを共有する。これを記憶のストリームと呼ぶのだ」

「お前の口から英語が出るたびに、俺は噴き出したくなるんだ。何でそのスタイルで平然と英語を使うかな───あ。怒るな。感想を述べただけだ。そうさ。同じ空間の同じ人間なんだから同じ記憶が途切れることなく脳に刻まれて行くわな。当たり前の話だ」

 サクラはすでに眉を歪めて渋い顔だ。そんなに難しい話はしていないのだが、念のために俺から説明する。

「昨日のお前と、今日のお前を考えてみろよ。同一人物だし同じ記憶を持っているだろ?」
「でも一緒にはいないよ」
「もちろんだ。そうなったら俺が困る。一人でも苦労してんだ」

「そうよ。そんなことが起きたらたいへんなことになるの」
 さっぱりした口調で言い切るニーナ。
「どういうこと? たいへんって?」
「そうね。例えば一時間前のサクラさんと、一時間後のサクラさんが出会ったとするでしょ」
 サクラはカタチのいい顎をコクリとうなずかせ、藤吉の視線はニーナの口の動きを追っていた。

「どうなると思う?」

 それを聞いてんだよ……。

「びっくりする」
 ば~か。サクラ何言ってんの……。

「そのとおりよ」
「あ、へぇ?」
 おい、変なこと言うから、トンマな声を出しちまったじゃないか。

「人間は感情があるからね。それで正しいのよ」
 何が言いたい、ニーナ?

「そうするとどうなると思う?」
 まだ続くのかよ……。

「心臓がドキドキする」
「ピンポーン。正解」
 くそっ、辛抱たまらん。
「じれったい! ニーナ早く答えろ」

 彼女は悪戯っぽい笑みを口元に含めて、
「驚きの感情が記憶となって未来の人物に伝わるでしょ?」

 あ………。

「そうか。どっちも本人だから記憶は過去から未来へ継(つ)がれていくよな」

「それに反応して未来の人物が驚くと、その表情が過去の人物に伝わる。そしたらまた未来の人物に記憶を媒体にして感情が筒抜けるの」
「そ、そうだ。そいうことはあり得るな」
「無限ループになるのよ。感情の共鳴が激しく増幅拡大されて自我の爆発を起こす。これが感情サージっていう現象なの。生命体ってヤワだね。ワタシにはとても理解できないんだけどね」

「なるほど。異空間同一体は空間と記憶が異なり、異時間同一体は同じ空間で時間域が異なるが、記憶を共有している、というわけか………。となるとバイロケーションてやつはどっちになるんだ?」

 イチは、うむ、とうなずいてから、腕を組んで俺に向き合い解説に入った。
「バイロケーションとは異時間同一体が同時間に複数の場所に現れることだ。だが実際は重複存在共鳴とか、融合共振とか呼ばれる現象が起きてとても危険なのだ」

「共振……?」

「ドッペルゲンガーよ。知ってるでしょ?」とニーナ。
「聞いたことがある。自分とそっくりの人物が現れることだ。互いに出会ったら死ぬっていう話だろ?」

「そんなのがあるの?」
「むぅ………」
 サクラは怯えた表情で、藤吉はただ唸っただけ、それでもイチはさらに続ける。

「まったく同じ数の原子、かつ同じ配列をした分子からなる生物が存在することはあり得ないことで、存在と同時に一つになろうと身体を構成する細胞分子が共鳴振動を励起(れいき)し融合を始めるのだ。この現象は個々の時間差と距離とに比例して、近づくほどに激しくなり、やがて実体融合が始まる。言葉のとおり融合合体を起して、存在をひとつにして辻褄を合わせようとする現象だ。これに関して時間族は関知していない。そうはならないからだ」

「あー。もういい。そこまで教えてもらえればじゅうぶんだ」

「そうか……そうだな。それが懸命だ」
「でもね。それは生命体だけの話でね………」
 うなずくイチの横に寄り添い、ニーナがにっこりと微笑んだ。
「ワタシは感情サージが起きないからバイロケーションが可能なの。もう一人のワタシは館長にお茶を入れているわ」
「ニーナは特別な存在だ。あらゆる空間のタイムラインを監視するために作られた、唯一重複存在を許されたミラードールなのだ」

「じゃあ……つまり本当の意味での重複存在はあり得ないのか」
「そらそうよ。ワタシの目が黒いうちはそんなこと許さないわ」
 もとから黒くねえよ。

 ま、どちらにしても───。
「じゃあ、さっきのは俺の勘違いか。脳ミソがブルブルしたのでそれかと思ったんだけどな……」

「感じたの!?」
「感じたのか!」
 何を重要にしているのか知らないが、ニーナとイチの表情が一変したのは間違いない。
「お前らハモってっぞ。何をそんなに慌ててんだよ?」

「すぐここを離れるべきだ!」
「ちょっと待って。テルの勘違いかも知れないじゃない。うかつに動かないほうがいいわ」
 初めてイチとニーナが対立した。

「どういうことだよ。重複存在が起きたことがそんなに重要なのか? 別に自我の爆発もしなかったし、気も狂っちゃいないぜ」

 イチは白い顔に不安を滲ませて答える。
「ニーナが言っただろう。許さないと……」

 ぐいっとイチの前にニーナが体を乗り出した。
「もしそれが本当だったとすると、さっきのはアナタの未来の姿よ。解る? 無限に重なった時間平面の一枚に存在するあなた自身がやって来たことになるの」

「ちゃんと挨拶しとけばよかったのかよ。久しぶりだな、未来の俺ってか?」

「ふざけないで聞いて! そんな簡単なことじゃない。異時間同一体が同一時空で存在するということはとんでもないコトだってさっき説明したでしょ。未来が過去に姿を現すなんてワタシがぜったいに許さないの」

「おぉ~お。でかくでやがったな。じゃあさっき見せたお前の狼狽ぶりはなんだよ。外に並んで立っていたもう一組の俺たちを見て慌てて再跳躍させたじゃないか。しばらく考え込んでいたし」

 ニーナは派手に鼻を鳴らして言う。
「あれは、異空間に散るすべてのワタシと同期を取っていたの。どこかに異常な流れが起きていないかと思ってね」
「ウソばっかし」
 眉の先を人差し指の腹で擦りながら否定する俺をイチはじろりと睨み、
「レポジトリの番人は宇宙の万人でもある」
 偉そうに言い切り、ニーナは、はははと笑う。

「宇宙が消えて無くなるんなら、話は別だけどね」

「となると……お前の持っている懸念とか……俺が感じたのは?」
「たんなる気のせい……ね」
 こいつらと行動を共にすると、俺の心は荒んでいくばかりだった。
  
  
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