石になった少女

雲黒斎草菜

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30)カニの次はノッペラボウだぜ

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 自慢げに日本刀を掲げる藤吉の周囲が、にわかに騒然としてきた。警報音らしきものが鳴り響き、照明が一斉に点いた。
「だろうな……」
 居合より電子の流れだ。つまり光の速度で走った侵入者警報のほうが速いということだ。

「急ぐぞ!」
 地声のまま先に走り出したニーナをテツが追い、その後ろをイチが追いかける。
 意外と俊敏で驚かされたのはクルミだ。お姫様には思えない足の速さで俺たちを追い越すと、イチの後ろについた。
 こうなると俺が最後尾になる。あまり誇らしげに言うものではないが、これでも体育系の成績は悪くはない。ただそれより抜きん出たヤツらが多すぎる結果がこれだ。なんだか恥ずいじゃないか……。

 奥へと走る俺たちの前に『人型』のマネキン人形が現われ、バラバラと行く手を遮った。
 人型のマネキン人形と言う表現もおかしなもんだが、マネキン人形にすらなっていない。のっぺりとした顔はただの卵型で、目もなければ口もない。前だとか後ろだとか表現するものが無いのだ。当然ボディもすっきりしたものだ。簡単なカタチの手足を付けただけの白ぽい物体だった。

 ただその動きが尋常ではない。体操選手顔負けの機敏な動作で俺たちを襲ってきた。
 疾風が吹き抜けるようにテツが飛び、二体まとめて壁へ激突させ、そいつらは木っ端微塵に飛び散った。
「そいやぁっ! しゃっぁ!」
 寸分の狂いの無い見事なフォームで、藤吉がボディを真っ二つにし終え、
「妖怪退治は拙者の生きがいだ。任せろ!」

 だから妖怪じゃねえってぇの。


 前後の区別が無い顔は振り返る必要を無くすためだ。前や後ろ向きに関係なく全力疾走ができる。突進してきたヤツをひょいと避けると、そいつは急制動を掛けて、そのまま膝と肘の角度を反転させて駆け戻って来るという、奇妙奇天烈な動きで俺を仰天させた。

「め、面妖な怪物どもめ!」
 こいつらはアンドロイドとかロボットとか呼ばれる類(たぐい)だろうけど、動きが少し異なっている。力任せに襲ってくるのではなく、俺たちに絡みついてこっちの動きを制するのだ。不気味な手足が巻きつけられたら、かなりやっかいだ。

「げふっ!」
 いきなりその一体に羽交い絞めにされた。
 ぐいっと背後に押し倒されそうになった瞬間。のっぺりした顔面にサクラの飛び蹴りがヒット。首から上が無くなって、うしろに仰け反りつつ、火花を散らして煙を吐いた。

「うへぇ。俺の顔でなくてよかった」

 安堵の息を吐く俺の前で、サクラが連中を睨んだままつぶやいた。
「ねぇ。何か武器ない?」
 後ろ手で俺に放つそのセリフ。息を飲んだ。
 中学のときの光景が目の前によみがえったからだ。

 不良グループに呼び出されたサクラを、震えながらも応援に駆けつけた時の光景と重なって見えた。木刀を持った連中に一人素手で立ち向かったサクラが、俺に吐いたセリフだ。
 その時サクラは怯んでいなかった。いやそれだけでなく震えあがっていた俺に落胆するどころか、振り返って微笑みかけて来たんだ。

 今なら分かる。あれは余裕の笑みだ。
 あいつは素手で男子生徒どもに挑み、連中の一人から武器を奪い取り叩きのめした。恐ろしいまでにこいつは強い。まったく今と同じ光景だ。

「ねぇ。何も持って無いの、テル?」
「そうだな……鍋ならあるぜ」
 サクラは当時を再現したみたいに振り返って笑い、そしてのっぺら坊たちにずらりと囲まれた。

 予想どおり、繰り広げられたバトルに唖然とした。
「ぶ、武器なんていらねえじゃんか」
 嫌味でもなんでもない。くねくねした動きを続けるアンドロイドが一斉に襲ってきたが、その隙間をサクラは風のように舞い、時にはかわし、受け止め、蹴りを食らわし、拳を顔面に叩き込んだ。

 こっちもうかうかしていられない。
 今度は俺だってやってやる。もう惨めな気分にはなりたくない。
「こんのっヤロー」
 倒れたままサクラの足元に絡みつこうとするヤツを蹴り上げてやった。

 ボディはゴム人形にも似た弾力を持ち、まとわりつくような素材で作られている。知能も何も無い、侵入者に絡みついて動きを封じるだけに作られた人形だ。

「くそぉ。気色悪いヤツらだ」
 殴っても蹴り飛ばしても、連中はむくりと起き上がって、抱きつこうと飛びかかって来た。

「これじゃゾンビだぜ」
 連中の動きを止めるには、手足となる部分を胴体から引き離すしかない。でも武器無しでそれを行なうのはとても無理な話だ。だがサクラは別の話だ。あいつは合気道師範代クラスの腕を持っている。

「ム~ン、トライアングルぅ~、アタぁーク!」
 クルミの声がするので振り返った。
「おぉぉ」
 テントのポールでアンドロイドの腹に大きな穴を開けていた。

「そうか……あんなのでも効果があるんだ」
 背負っていたリュックを下ろして、俺もポールを引き出していると、
「あぅつ」
 背後からまた絡まれた。手足を俺の体に巻きつけて床に倒れこもうとするので、背負い投げの要領でサクラに投げつけてやった。

「てぇぇぃっ!」
 案の定、俺が投げ飛ばしたのっぺら坊を右キックで蹴り上げながら、
「ちょっと、あたしに投げないでよ。こっちだって忙しいんだよ」
 と言いつつも、今度は左から来るアンドロイドの首根っこにラリアットを喰らわす。そして振り向きざまに、後ろから襲ってくるヤツの頭部を踵(かかと)で蹴り上げ、その場で後方空中回転をすると、さらに奥にいた二体の顎面(あごづら)を両肘(ひじ)で強打。仰け反った一体の脚を引っ掛けてひっくり返すと、上から飛び乗って腹部に拳を沈めた。

「すっげ!」
 その腰の据わった正拳突きを見せつけられて青ざめた。こいつは体操選手なのか格闘家なのかどっちなんだ。サクラ恐るべし。やはりこいつとのマジ喧嘩は遠慮しておこう。

 クルミは、サクラが倒した相手が半身を起こして立ち上がろうとするところを、後ろからそっと近づきテントのポールで止めを刺すという動きを繰り返していた。

 愛と正義を謳うセーラー●―ンには、ちょっと下劣な攻撃をして俺を呆れさせ、イチは男子バレリーナみたいに華麗な舞いと共に、長い刀でアンドロイドを滅多切り。瞬く間にそれぞれのパーツに分解していく。これはひとつの芸術といってもいいような動きを展開した。

「しゃぁっ! はっ! たぁっ!」
 藤吉はすでにアンドロイド裁断機だった。飛びついてくる連中を機械のように正確に切り倒して進んで行く。その周りに切られた胴体や部品がうず高く積み重なっていった。

 最も楽なのはニーナだ。ヤツはホロ映像の特徴を生かして、二体のアンドロイドに絡まれる寸前に姿を消し、離れた場所に瞬間移動するというセコい技で、アンドロイドどうしがもつれまくって、ぶっ倒れるのを見て笑っている。

 だけど忍者が神業の舞いをしようが、野武士が鍛錬された動きを披露しようが、サクラの力技が炸裂しようが、数がいっこうに減らない。

「いつまでこうしてんだよ」
「ニーナがエミッターを見つけるまでだ」
 息一つ乱さずイチは刀を振るっているが、俺たちの体力は有限だ。フルマラソンの後に竹刀素振り一万回をこなした俺だって、いつまでも持たない。サクラだってそれをこなしたヤツだが、俺たちゃ傭兵でも何でもねえ。ただのサバイバル部だ。

 俺の悲鳴にも近い訴えはすぐに解消した。
「あったぞ! 共振エミッターだ!」
 暴れまくるサクラと藤吉のさらに先で、ニーナの叫び声が炸裂し、声のするほうへ全員が走った。

「これかぁ……」
 黒いドラム缶を伏せたような物体が部屋の中央に鎮座しており、がっしりとした見知らぬ金属の骨組みの中で、不気味な光を放っていた。

「こんなものに命を賭けたのかよ……」
 天井に張り巡らされたダクトの継ぎ目から、白い気体が音を出して噴き出し、重そうに足元を漂っていた。

 重たい吐息を落しつつ、その物体を見つめる。
「こんなものと言うな、馬鹿者が。これで爆心の位置が分かったのだぞ」
 憤然とするが、すぐに表情を緩め、晴れ晴れとした声に変えた。
「よし、データはレポジトリにコミットした。これで私の任務は完了だ」

「ニーナ……」
「なんだ?」

「地が出てんぜ」
「……あ」
 ニーナは大きく広げた口と、プリーツスカートの股を恥じるように閉じ、
「お姫様。急いでシールドをお上げくださいませ……」
 しなやかな長い髪の毛をまとった顔を赤らめた。

「ばーか」
 俺の嘲笑と共にアンドロイドの動きが瞬間停止。ポーズボタンを押された動画みたいに、ある者は腕を振り回した格好で、ある者は飛びつこうと宙を舞う姿で止まった。

「よっしゃぁ、危機一髪。脱出しようぜ!」
 やれやれと腰を下ろす俺、しかしサクラも藤吉も息が上がっていない。静かに呼吸をしていた。
「やっぱお前らすげぇな」
 サクラはともかく藤吉はやはり武士だ。俺たちとは鍛錬と覚悟が違っている。心底感心した。


「とりあえずこれで第一関門突破だろ?」
 霧に包まれた乳白色の景色を眺めながら、下を向いたままのニーナに尋ねる。
「どうしたんだよ。沈んでるじゃないか」

 彼女はしおらしい声で、
「正体がばれてしまった……」
「何の?」

「私の正体だ。もの静かで優しいニーナでいたかったのに……」
「バカかお前。そんなことどうでもいいんだ。ウソはいつかバレるもんだ。サクラを見ろ。こいつは何も考えてない。ただ地のまま突っ走ってんだぜ。どれだけ気楽だと思う。ほらこの顔見てやれ、なーんにも考えてないんだぜ」

 話題を急に振られてサクラはぽかんとした。
「え? 何? どしたのテル。何の話ししてんの?」

「ほらな?」

「そうか………。そう。それでいいんだ。あははは。なんだか晴々してきたぞテル」

 バンっと俺の背中を叩いて、
「さぁっ! いよいよビーコン探しだ」
「痛ぇぇよ、ニーナ」
「ねえ、ねえ。シャーロットちゃんどうしたの?」
「何だか知らないけど、目覚めたんだとよ」



 赤毛のニーナはすぐに次元転移を開始。俺たちは元の場所に戻った。そう砂漠のど真ん中。ピラミッドを目前にした前回のキャンプ地にだ。砂で埋めた焚き火の跡がそのままだった。

 金髪ニーナが満面の笑みで配ってくれたペットボトルの緑茶を飲みながら、運動会の休憩時間みたいな雰囲気の中で、イチの説明を聞いていた。

「共振エミッターの正確な位置が判明した。あとは爆心地となった次元を見つければ問題は解決する」

 こともなげにイチは言うけれど………。

「その何とかエミッターがなぜ時空震を起こすんだ?」
「すべての次元で同じ位置に実験の中心点が集中したからだ」
「作為的だな。どうやってそろえたんだろう?」
「そうね。偶然に一致したなんて言う数じゃないわ。千八百京よ。兆の千八百万倍よ。あり得ないわ」

「だよな。時空間ネットワークで連絡を取り合っていたとかじゃないのか?」

「連中にそんな技術はないはず。でも万が一そうだったとしたらワタシが気づくはずよ。でもその気配は無かった。まぁどっちにしても場所が分かったから、これでこっちも手が出せるわ。後はトリガーになった次元を見つけるだけ」

「やた。今度はベーコン探しよぉ」
「なんか美味そうに言うよなぁ。もう腹減ってんのか?」
 赤い舌を出して、サクラが小さく首肯した。

「お前、底なしの胃袋だな。ベーコンじゃなくビーコンだ。それと食い物じゃないからな」
「ちょっとお二人さん、話を茶かさないでよ」
 口を尖らすニーナに笑みを返して、
「で、どうやってビーコンを探せばいいんだ?」
「オレンジストーン持ってるでしょ。近づけばあれが光るわ」
 すっかり忘れていた。今庄の山の中でサクラが拾った石のことだ。

「あれなんだよ?」
 ニーナはにかっと笑い、
「教えてやんないよー」
 爽やか少女はそう言うと、空になったペットボトルを回収し始め、俺は具の入っていない味噌汁を見るような目で尋ねる。

「今までどおりの方法で次元内を誘導すればいいんだな?」
「そっ。ワタシもいつもどおり、声だけで悪いけど、ちゃんとサポートするわ」

「あたしは?」
「えーっと、あなたもテルのサポートお願いね」
「おいおい、そりゃ無理、」
 嬉しそうに頬をほころばしたサクラの顔が、俺の鼻先で停止した。

「なっ! ば、バカ。いきなり亜空間に入らないでくれよ。戸惑うだろ」
 振り返るとイチとクルミが消えており、金髪ニーナの向こうで藤吉も人形化していた。

「いいじゃない。お武家様とサクラさんには時間の途切れが無いのよ。どこで区切っても瞬間だもの。ビーコンを見つけたら、この先の顔を見せてあげる。いい顔してるわサクラさん」

 まぁ確かに、満面の笑みを浮かべて固まっているサクラは、まるで写真を見るようだ。この顔を拝みながら、千八百京分の一の物を探すのも悪くないかもしれない。

「何、ニヤニヤしてんのよ。このスケベ」
「うっ……」
 心の中を読まれるということを忘れていた。

「ご愁傷さまぁ。そうよ亜空間ではアナタとワタシは一心同体なの」
 さっと暗闇が広がり、ニーナが消えた。

 赤毛のニーナが言っていた言葉がよみがえり、わずかに口元が緩む。

「さぁー始めるよ。それともまだ鼻の下伸ばしとくの?」

 ニーナの憎たらしい声と足元にはオレンジ色をした丸っこい石。あとは暗闇と静寂だけの世界。いよいよビーコン探しが始まった。
  
  

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