石になった少女

雲黒斎草菜

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32)疑惑と真実

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 準備周到に、かつ秘密裏に動いていたニーナの計画が失敗に終わったという悲惨な事実を突きつけられたが、俺にはどうしても腑に落ちない一つの疑問が残っていた。

 次元を渡り歩けるのはニーナだけのはず。なぜ別次元の反政府軍が俺たちの計画を知っていたんだろ。そのためにニーナは身を隠そうと、まわりくどい方法で執拗に次元転移を繰り返していたのに………。

「連中には次元を渡り歩く技術が無かったんだろ?」
「反政府のヤツらは時空間ネットワークとは異なる方法を開発しておった。次元は移動できぬが……時空ハブとか呼ぶ、けっこう大規模なものを拵えておったんじゃった」

「あれはすんごいんだよー」
 興奮気味に、サキは語気を強めた。
「あらゆる時代のあらゆる場所に飛べるのさ。ただし次元を超えることはできない。でも歴史が分岐して宇宙が多重化するジャンクションの手前前から情報を流して、色々な宇宙へ伝えていたみたい。その方法ならニーナにも気づかれない」

「どうして未来のニーナは自分が破壊されることに気づかなかったんだ?」
「全次元で同時に破壊されたからさ。千八百京どころじゃない。すべての分極宇宙同時だぜ。すごいだろ。宇宙に存在する全原子の個数よりも多かったらしいぜ」

 ──そういう答えを求めたのではない。
「俺は二十一世紀の人間で、時間や空間に関して何の知識も無い。でもおかしな点がひとつある。ニーナは爆縮を起こすことも知っていたし、その次元にビーコンを置いたとまで言ってたんだ。なぜ未来の出来事がわかるのに、自分が破壊されることは知らなかったんだ?」

「知っていたさ。でもあえて言わなかったんだ。なぜなら、」
「サキ。時間規則に触れるぞ」
 突然爺さんに制され、少女は慌てて手のひらで自分の口を塞いだ。

「な、何だよ。そこが知りたい部分なんだ。どうして黙らせるんだよ」
「青年……………………………」
 爺さんまで黙り込んだ。

「おいおい。俺を置いていくな」
 装置の動作音がかすかに聞こえる以外は完全な無音になった。

 すぅ。と白ヒゲの口が開き、呼吸音がした。
 呼吸をしているじゃないか。という驚きよりも、何を言い出すのかという期待感のほうが上回った。

 だが──。
 俺の予想は大きく外れた。

「自分の未来よりも、お前さんの未来のほうが重要だと判断したんじゃろ。ニーナはそれを含めてもっと宇宙の先を見ていたんじゃ」

 何の解決にもならない。頭の中の暗雲は拭いきれなかった。
「時間規則と言うのは、未来を変えられる恐れがある事象に適用させられるモノなんじゃ。ワシらの口からそれは言えん」

「欲求不満で暴れたい気分だぜ。俺はいったい何の罪を償(つぐな)わされてんだ?」
「ふぁふぁふぁふぁ。何じゃろな。いろいろ罪を犯しておるんじゃないのか、お前さん?」

「バカなことを言うな」

「懲罰じゃないよ。アンタは選ばれし人なんだよ」
「俺はサバイバル部の部長だ。それだけさ」

「いいな、その言い方。やっぱ古代の人はひと味違うよな」
「原始人みたいに言うな」
「六九〇〇万年前の人類じゃないか。アンタが最後の一人だよ」
 言い返そうと準備していた言葉を急いで飲み込む。サキの放した言葉が重く心の底に沈んだ。

「イプシロンに人類の子孫が残ってるんだろ?」
「六九〇〇万年後の人類は腐ってんだ。もう形なんて無いのも同然なんだぜ」
「サキ得意の冗談じゃ。本気にするな。じゃが大きく外れてもいない。無駄な知識と情報だけで脳ミソが膨れ上がり、歩くこともできん特異な姿をしておる。お前さんは見んほうがいいぞ」

「本気で言ってるのか?」
 正直言って、吐き気を覚えた。

「だからアンドロイド技術が発達したんだよ。動けなくなった自分たちに代わって動いてくれる人工の生命体さ」
「人工といっても、深い考えもできるし感情もある。お前さんらと同じじゃ。だが意識の根っこの部分でその人類とリンクされておる。アンドロイドたちは自分が考えて行動していると思っておるが、奥底では人類に操られておるんじゃ。ゲーム感覚で『反政府』と旗を掲げて戦争を始めるやつもおるし、探究心のためなら結果のことなどお構いなしで、とんでもない実験をしようとするヤツも現れる。自分の星でやらんし、人間は誰も傷がつかんから政府も黙認しとる。アンドロイドは全員、ボードゲームのコマ。お前さんらの時代で言う、アバターじゃ」

「じゃあ、あんたらも操られてんのか?」
 爺さんはフルフルと白ヒゲを振る。
「まともな考えを持つ人類もおる。自立したアンドロイドを認めてくれる人がな。ワシのマスターは運営していた博物館の仕事をワシに一任にして、アンドロイドとの関係まで絶ってくれた」

「ほんとうなら人類とリンクの切れたアンドロイドは廃棄処分になるんだぜ」
 話しに割り込み、瞳を輝かせるサキ。
「でも館長のマスターがそのシステムを誤魔化す方法を考え出したんだ。すごいだろぉ?」
 そこから伏せ気味になったサキは、急激にトーンを下げた。
「だけどバレたらぶっ潰される。そんなアンドロイドは犯罪者だからね………」

 肩に添えられた爺さんの手に気付きサキは視線を斜め上に移動。
「見つかんなきゃ、いいんだよね?」
「そうじゃ。何も悪いことはしておらん」

 優しげな老人に注いでいた青い目を俺へと転じると、サキは自慢げに軍服ユニフォームの半身を広げて見せた。
「アタシらは自由のために戦ってんだぜ。かっこいいだろ?」

「サキはリンク切れのガイノイドでな。ワシが名前をつけた。ワシらにとって、名前には特別の思い入れがある」

「だからさぁ。アンタの苗字くれよぉ。プロパティが未完って気持ち悪いだろ?」
「い、いや。あのさ、そう簡単に言うなよ。意外と問題ありだぜ」
 消沈するサキ。俺の返答に拗ねたのか、
「いいじゃないか名前ぐらい……。ケチケチすんなよ」

「ちょ、ちょっと考えさせてくれ。意外とシビアな問題なんだ」

「ちぇーっ、人間ってめんどくさいな」
 爺さんは口先を尖らせるサキの銀髪を優しく撫で下ろし、
「この子は廃棄処分場でワシが見つけて、ワシのリンクに接続して、マスターのアンドロイドと偽っておる」

「じゃあ、そのマスターて言う人には、あんたとサキが繋がることになるじゃないか?」
「ふぁふぁふぁ。そのマスターも架空の人間じゃ。ゴーストじゃよ。存在しとらん」

 面白そうに手を振ると急激にマジ顔に戻り、
「ワシらの話はもうよい。腐り果てた人類はついに宇宙の真理にまで手を出そうとしておる。ニーナがいなくなった現在。ヤツらはさらに調子に乗ってきたんじゃ。次元に穴を開け、時空ハブと直結する実験を準備し終えておる。これがトリガーとなるんじゃ。ニーナが百年前から懸念しておったことがついに現実となる」

「力づくで次元に穴を開けようとして、宇宙の底を抜いちまったんだ」
「なぁ。人間ってバカだろ。自分の首を自分の手で絞めてんのに、気づきもしないんだもんな」
 サキは呆れたように眉根を歪めて見せた。

 それだけの大事件があったのに、俺は何も知らない。
「俺はどこにいたんだ?」
「お前さんは冷凍ポッドの中にいたんじゃん」

「冷凍?」
「ニーナは破壊される直前にお前さんを博物館の保存空間に隠し、冬眠シーケンスを起動させたんじゃ」

「博物館の展示物を保管しておく倉庫の隅だぜ。だーれも知らなかったんだけど、アタシがニーナの古いファイルを読んでいて偶然発見したのさ。ほらこれも………」

 鍵付きの黒い金属ケースを開けて取り出された物。
 柔らかいシルクみたいな布で包まれた物体だった。

「サクラの櫛(くし)だ…………」
 そう、いつだったかニーナがクルミとサクラにプレゼントしたものだ。

「ティラニウム合金で作られた、天然材そっくりに仕立て上げられた漆塗りの手挽き櫛じゃ。劣化は皆無じゃし、無傷なところをみると、サクラくんは大切にしていたんじゃろな。ほれ、サキ。約束じゃろ、青年に返してやれ」

 サキは物欲しそうに櫛をじっと見つめていたが、
「やっぱ、アタシが持っているより………」
 ニーナの面影が色濃く残る顎を上げ、
「ほら。この子の形見だと思って大切にしてやれよな………」
「このやろう。悪い冗談を言うなよ。なにが形見だ。サクラも解凍できんだろ? さっさと目覚めさせて、本人に返してやったほうがよろこぶぜ」 
 受け取りながらほんの小さな光が見えた気になった。次はサクラを解凍してもらう番だと。

 だが顔を見合わせた二人は言いにくそうに声をこもらせる。
「それが無理じゃ」
「俺もあんな感じで凍ってたんだろ?」

「お前さんはそれ専用の空間に保存されていたから助かった。じゃがお仲間は凍らされた。おそらくニーナを破壊するために絶対零度の状態に晒されたんじゃ」

「そうだよ。アタシが見つけたときには、もう結晶化してたのさ。だから無理だワ」

「ウソだろ。これだけの未来なのに何もできないのか? 医療技術もすげぇ進歩してんだろ。ちょちょっとやってくれよ」

 サキが銀髪を静かに振った。怖くなって爺さんに助けを求めるが、首を振る仕草は同じだった。

「ウソだろ……………………」

 再び重圧してくる恐怖と自責の念に息苦しさを感じ、自分を奮い起こそうと救いの言葉を探った。
 あいつは何があっても死ぬようなヤツじゃない。師範代クラスの運動神経をしてんだ。ミミズだって食ったけど死ななかったんだ。『死』なんて、あいつに最も似つかわしくない言葉だ。それを軽々しく認めれるか!

 だけど──。
 さっきから体がブルブル震えて止まらないのはなぜだ。頭の中が真っ白になるのはなぜだ。
 最後に見たあの満面の笑顔のまま、白く霜に埋まっているからか?
 あんな青白いサクラの頬なんか見たこともない。それを見ちまったからか?

「何とかしてくれよ。ここは俺たちより六九〇〇万年も未来なんだろ。死んだ人も蘇るんじゃないのか? 頼むよー」

「ムチャを言うな。どんなに科学が進歩しても死んだ人は生き返らん」
「俺はどうしたらいいんだよ。ちゃんとサクラを家に帰すって約束しちまったんだ」

 サクラの櫛を持った手がぶるぶる震えて、うまくポケットに仕舞えない。
「くそっ、なんで俺だけがこんなところに置いてきぼりになっちまったんだ!」

 目頭が熱くなってきて激しく瞬いた。
「あの時キャンプを強行しなければ、サクラは俺を追ってこなかった。そしたら変な連中にも会わずに済んで、俺はあいつと一緒に普通の夏休みを過ごせたんだ………くそっ! くそっ! くそっ!」
 櫛の先で自分の膝を殴った。何度も何度も。

「もうやめなよ。せっかくの櫛が壊れちまうよ。それだって、きっと役に立つ時が来るからさ、大切に扱ってやれよ」
「この櫛が何の役に立つって言うんだ。サクラの髪の毛を梳くこともできないんだぞ。くそぉぉぉ。ニーナさえ俺の前に現れなかったら…………」

 興奮する俺に向かって、爺さんの厳しい声が落ちた。
「馬鹿なことを言うな! ニーナは体を張ってお前さんを助けたんじゃ。その理由がわからんのか!!」
「知るかぁ。あぁぁ。サクラ………」
 何も考えられない。頭の中でサクラの笑い顔がぐるぐる回っていた。

「お前さん。そうやって頭を抱え込んでいてもサクラくんは戻らんぞ」
「うるせえな。死人を生き返らせることができない以上、もうどうしようもないだろ」

「またまた諦めるかのか?」

「なんだよ。何が言いたい?」
「ニーナコレクションに色々と記録が残っておるもんでな」
「なんだそれ?」
「退屈した時に見るニーナが残してくれたファイルの名前っさ。アタシがつけたの」

「中学の時、サクラくんを援護しに行くのをだいぶ躊躇しとったらしいのぉ。ブルブル震えておったと言うじゃないか」
「な、何でそれを………」
「ニーナコレクションに書かれていたのさ」

 退屈しのぎに、俺の恥ずかしい過去を垣間見てるんじゃねえ。

「ビーコン探しの途中で幻覚にも悩まされたんじゃろ。のぉ?」
「そうだよ。サクラさんが大勢の野武士に襲われたのに、テルは怖くて助けに行けなかったんだよ」

 ──それには理由がある。
「あれはマボロシだ。あまりにも長く亜空間内で孤立したため幻覚を見るようになったんだ。しょうがないだろ!」

「いきなり頭領に切りつけられそうになったんだろ? それで腰を抜かしたんだってな」

「だからー。それも幻を見たんだ。俺の横で藤吉のヤツいきなり日本刀を抜いたんだぜ。ビックリ仰天さ。でもニーナに言われてよく見たら、藤吉は石化したままだった。ま、あの暗闇に閉じ込められてみろ。誰だっておかしくなるぜ」

「幻覚も心の表れじゃ。結局おぬしは恐怖に打ち勝てず、サクラくんを見捨てた」
「何度言えばいいんだ、それらはみんな幻覚だ。実際の出来事じゃないだろ」
「今だってただ震えてるだけじゃないか。だめだなぁ」

「バカヤロ。助けられることができたらなんだってやってやるワ。できないから悔しいんだろ」
「うひゃひゃひゃ。悔しいんなら立ち上がろうぜ。アタシがアシストするぜ」
「そうじゃ。ワシらが一肌脱いでやる。やらぬか?」

「え………?」
 どうしたもんか、サキの冷笑や館長の言葉に憤りが湧かなかった。俺を奮い立たせようとして一生懸命なのが肌で感じたからだ。
「なんだよ?」
「死んだ人を助ける方法がひとつだけある」

「マジかよ!」
 勢いよく顔を上げて、爺さんの艶のある額を見つめる。

「あと数日で、この宇宙は爆縮をする。知っておるじゃろ?」
「あぁ。反政府軍の実験が失敗に終わり、それがトリガーとなって、宇宙が消えるんだろ。それを阻止するために俺とニーナが躍起なっていたんだ。でももうそれもおしまいだ。結局宇宙は消えちまうのさ」

「あぁそうだ。爆縮はもう免(まぬが)れん。ニーナを失ったワシらには次元を移ることも、過去や未来へ飛ぶこともできん」
「それに時間族もいないしな」
「そうじゃ、もう次元転移や時間跳躍は不可能だ」

「やっぱり終わりじゃないか……」

「諦めるのか? サクラくんを見殺しにするのか?」
「どうしろと言うんだ? サクラはもう蘇らないんだろ?」

 青白く凍り、霜に埋まったサクラの顔を思い出す。俺の前で天真爛漫に振る舞うサクラとはかけ離れた薄気味悪い表情を……。

「だが過去のお主らに、あの共振エミッターは罠だと知らせることができたらどうじゃ。やり直しが利くじゃろ」
「おかしなことばかり言うなよ。あんたの記憶回路は故障してんじゃないのか? ニーナやクルミがいなくちゃ過去には戻れないんだぜ。そう言ったじゃないか」

 爺さんはそれを否定も肯定もせずに、
「ワシにいい考えがある」
 決意に満ちた瞳だったが、俺の暗く沈んだ気分をほぐすまでには至らなかった。ひどく投げやりに応える。
「もういい。慰めの言葉なんかいらない……」
「ヤケになるな、青年」
 意味ありげに唇の端を薄く持ち上げ、爺さんは意外なことを告げる。
「実験の失敗が時空震を起こし、それをトリガーとした爆縮は共振エミッターを中心にして始まる」
「それは百年前からニーナが言っていた」

 こくりとうなずき、爺さんは話を続ける。
「爆縮と同時に時間が縮まるんじゃが、その時に空間も一緒に引き摺って行くんじゃ。その激流の渦が起こすスリップストリームにうまく乗れば、船ごと過去へ戻って行ける」

 ほんの少し目の前が明るく感じた。

「瞬間にリセットすると思っていたぜ」
「いや、光よりわずかに遅い。じゃからある程度時間が掛かるし、この船ならその速度について行ける」

「それで……?」

「お前さんのいた時間域手前でその先に出れば、スピリチュアルモジュレーションで意思を伝えることが可能じゃ。本当のエミッターの場所も知らせることができる。なにしろそのエミッターの真上を飛ぶんじゃからな。となるとあの時、反政府軍が突入してくる前にそこから逃すこともできる」

「スピ? なに?」
「精神融合変調波じゃ。この百年間に開発された技術で、簡単に言えばテレパス通信じゃな」
「俺の意思を過去の俺に伝えるということか……」
「本人同士じゃから鮮明な通信ができると思う」
「レイヤーレベルの俺でも伝わるのか?」

 目を丸めて俺を見るサキ。
「へぇ。そんな言葉……けっこう勉強してんだ」
「知ってるぜ。異空間同一体って言うんだ。つまり別次元の俺に通信するんだろ?」

 にかっと笑った銀髪のガイノイドが、愉しそうに人差し指を左右に振った。
「残念でしたぁ。やろうとしているのは、同じ次元内だからタイムラインレベルなのさ」
「それはおかしな話だ。それなら俺の記憶に残るだろ。そんな天からのお告げみたいな記憶は無い。ということはその計画は失敗に終わるんだ」
 今度は首を振るサキ。
「それは記憶が消えただけなんだよぅ。アンタは長いあいだ凍ってたんだからさ」
「お前さんは間違いなく同じ時間軸のタイムラインレベルのあの時のテルじゃ。博物館の館長が保証してやる」

 そんな変な保証は要らないが………。
「なるほど……言うとおりだ。否定できない。ニーナがいなくなったことも知らなかったぐらいだもんな」

「──それだけではない」
 口元をニヤニヤと緩めた爺さんが、俺の思惑とは異なる説明で口を挟んだ。
「まだ時間項が定まっていない。結果が揺れ動いておるんじゃ」

「またそのややこしい話しか……」

「そう。タイムパラドックスは深く考えないことじゃ。とにかく上手く行けば過去に戻れる。ただし滞在時間は数分じゃ。後ろから空間を引き摺った大津波がやってきておるからな。失敗すればすべての平行宇宙が消える」

 あらためて爺さんが俺の目を見た。優しそうだが探るような表情だった。
「なにしろ数分しか時間が無い。お前さん……いや、過去のお前さんにできるかな?」

「たったの数分か……」
「成功すればすべてが元に戻る。大事なサクラくんも元に戻るぞ。どうじゃ。そこで震えておってもいいが、宇宙を救うのもいいもんじゃぞ」

 なんだか──メラメラしてきたぞ。
 強く握ったサクラの櫛が熱かった。それをポケットに突っ込んで立ち上がる。

「やるのかい?」
 高揚する俺の表情を見取ってか、サキも一緒になって立ち上がった。
「おうよ。やってやろうじゃないか。亜空間で幻覚に何度か襲われてから、けっこうタフになったんだぜ。中学の時と同じだと思うなよ。俺は進歩したんだぜ」

「うひゃひゃひゃひゃ」
「へんな笑い方すんなよ。なんだよ?」
 軍服を着た少女は、鼻の下を指の背で擦りながら、
「うへへへ。知ってんぜ。記録にそうあった」
「ちぇっ、人の過去を覗くのは悪趣味だぜ」
「今度はサキコレクションにも加えといてやるよー」
 嬉しそうに言うと、彼女は青い目を深々とさせた。

「立ち上がろう。同志よーー!」
 そして俺も一緒になって叫ぶ。
「サクラ待ってろ。お前は俺が助ける!」

「何だよそれ? 誓いの言葉?」
「そうだな。宣言だな。サキさんよぉ。カッコよく記録してくれよ」
「サキでいいよ、もう仲間だろ? だからさー、アンタの苗字くれよぉ」
「はぁぁ?」
 なんか調子狂うなこいつ。
「ま、考えとくよ」
「ちぇぇぇぇ───」
  
  
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