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第16話 詩季がいい
しおりを挟む忙しい速水さんの都合に合わせるには、今のバイト先が都合が良かった。
僕にとって、速水さんと過ごす時間が、何よりも大切だったから。
だけど、速水さんは優しく言うんだ。
「俺は、詩季が一生懸命に働いてるの、知ってるよ」
「え?」
「詩季は仕事を教えるのが上手だから、新しい人が入ると店長に頼まれるんだよね?」
「それは、僕があの店で長く働いてるから……」
「違うよ。詩季だから安心して任せられるんだよ」
「僕だから……?」
「うん。接客がすごく丁寧だから、お客さんにも人気があるって、たっちゃんが言ってた」
「! そ、そんなの、たっちゃんが勝手に言ってるだけでっ」
「ううん。詩季をみてたら分かるよ」
「……」
「俺といるとき、いつも俺のことよく見て、気配りしてくれるだろ? 仕事でもそうなんだって分かる。バイト仲間にも信頼されてるっていうの、納得だよ」
「……僕、そんなに褒められるような人間じゃないよ」
「そんなことない。詩季は立派だよ」
速水さんはそう言ってくれるけど、頷けるはずがない。
「僕は、速水さんの隣に相応しくないから」
「誰かに、そう言われたの?」
「……誰も、言わないけど」
「もし、詩季にそんなこと言う奴がいたら、絶対に許さないよ」
「速水さん……」
何を言っても、速水さんは嬉しい言葉を返してくれる。
速水さんのまっすぐな言葉がじわじわと染み込んできて、期待に胸が高鳴る。
本気……なのかな?
ずっと、一緒にいたいって……本当に、そう思ってくれてるのかな?
「詩季。俺は、詩季に側にいてほしいんだよ」
「……どうして、」
「だって、詩季がいるから、俺は頑張れるんだ」
「え?」
思いも掛けない言葉に、首を傾げる。
僕がいるから?
「詩季が、俺の歌を好きだって言ってくれたから。ずっと頑張ってこれたんだよ」
「ぇっ、うそ……!?」
「本当だよ。今だって、詩季の喜ぶ顔が見たくて歌ってる」
速水さんはそう言うけど、信じられない。
だって、速水さんの歌を好きなのは、僕だけじゃない。
周りのスタッフも、たくさんの『彗星』のファンも、みんな速水さんの歌が好きに決まってる。
速水さんは、とても素晴らしい歌声を持っているんだから。
「何で、僕なの?」
「え? 詩季のことが大好きだからだよ」
「!!」
「好きな人に褒めてもらえたら、いちばん嬉しいだろ?」
「……そ、そんなのっ」
嘘だって、言いたかった。
けど、速水さんの言葉を何度も否定するのは失礼な気がして、口を噤む。
それに、ようやく速水さんの気持ちが僕に向いてるのかもしれないって……少しずつ信じられたから。
逃げたくなる気持ちを抑えて、速水さんを見た。
速水さんは優しい眼差しで僕を見つめている。
「詩季が、俺に『好き』って言ってくれるだろ?」
「うん」
「そんときの詩季ね、すっげぇかわいい顔して笑ってるの。たまんなくて、チューしたくなる」
「っ……!」
「ガマンできないから、しちゃうけどね」
速水さんは笑いながら唇にちゅっとキスをした。
「速水さんっ」
「ふふ。詩季、かわいい」
「……」
赤くなった顔を見られたくなくて、速水さんから顔を背ける。
すると、速水さんにきつく抱きしめられた。
「こうやって、詩季と一緒にいると、ホッとする」
意外な言葉に、顔を上げて速水さんをのぞき込む。
速水さんは目を細めて、穏やかな表情で、
「詩季が側にいてくれると、すげぇしあわせ」
へへっと嬉しそうに笑ってくれる。
「っ!」
頬に熱が集まって、耳朶まで熱い。
速水さんの言葉は……きっと、嘘じゃない。
一生って、言ってくれた言葉も。
ようやく速水さんの言葉が真実味を帯びてきて、うるさいほどに鼓動が高鳴る。
絶対に、無理だって諦めてた。
速水さんとは、いつか別れなくちゃいけないんだって。
でも。
「だからね、詩季」
にこにこと笑顔の速水さんが、僕の耳元に唇を寄せて、こっそり内緒話をするように囁いた。
「俺と一緒に暮らそう」
あまりにも突然の誘いだった。
驚きで何も答えられない僕に、速水さんは上機嫌で続ける。
「前から言おうと思ってたんだ。詩季に会いに来るのも楽しかったけど、やっぱ毎日会いたいし」
「……」
「詩季が家で待ってるって思ったらさ。俺、すげーがんばれる」
「……僕と?」
「そうだよ」
「……僕で、いいの?」
「うん。詩季がいい」
速水さんが満面の笑みを浮かべる。
「一生、俺の側にいてね。詩季」
好きだよって囁いて、たくさんキスをしてくれた。
今までは、信じ切れなかった言葉。
終わりが来ることに怯えて、傷つくのが怖かったから。
だけど。
速水さんの想いに嘘はないんだって、やっと信じられた。
一生、側にいても良いんだって。
速水さんに、許してもらえたから。
「速水さんっ……好き」
想いがあふれるまま呟いたら、速水さんの唇が深く重なって。
胸がいっぱいになって、ぎゅうっと抱きついたら、速水さんが強く抱きしめてくれた。
幸せすぎて、涙がこぼれて。
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