5 / 26
5話 魂の露
しおりを挟む瑠璃が部屋へ戻ると、雨藍は厳しい顔をしていた。
「瑠璃、またベッドを抜け出して……」
雨藍が小言を言うのは、ひとえに瑠璃の体を案じているからだ。
それが分かっているので、瑠璃は滅多に兄に逆らわない。
「ほら。ちゃんと眠って」
「うん」
瑠璃は大人しくベッドの中にもぐった。
迅と少し話しただけなのに、体がだるくて、すぐに休みたかった。
「瑠璃」
雨藍は優しい顔になって、瑠璃の額を優しく撫でる。
「熱がなくても、油断したら駄目だよ」
だけど瑠璃は、唇をとがらせて、雨藍を見上げた。
「どうして、あんなこと言ったの?」
「あんなこと?」
雨藍は、首をかしげる。
瑠璃が言いたいことを分かっているくせに。
知らない振りをされると、悔しくて涙がにじむ。
「迅を、追い出すような真似して……っ」
なじりたいのに、声が詰まって、言葉が続かない。
感情が高ぶって泣き出すのも、いつものことだ。
熱くなる目頭に、ぎゅっと唇を噛んだ。
瑠璃は、良くも悪くも、感情を抑える術を知らない。子どものままなのだ。
「瑠璃、泣かないで」
雨藍は、瑠璃の眦に唇を寄せる。
チュッと、優しく瞼にキスをした。
ぽろぽろと涙を零す瑠璃に、柔らかく唇を重ねる。
「ん……ぅ」
唇から流れ込んでくるモノに、瑠璃は瞼を震わせた。
体を駆け巡る命の源。
与えられる甘い露に、重かった体が楽になる。
「……雨藍」
瑠璃は泣きそうな声で雨藍を呼ぶ。
雨藍が分け与えてくれることが、いつも申し訳ない。
「ごめんね。ぼくが、うまく飲めないから」
「瑠璃に、狩りは向いてないよ。俺の露を飲んで」
雨藍は瑠璃に唇を重ねると「魂の露」を分け与える。
二人が、彼らの一族が、生きていくために必要なモノ――それが「魂の露」と呼ばれるものだ。
やがて、瑠璃の頬に赤みが差し、先ほどより顔色が良くなった。
「……瑠璃。あいつのこと、気に入ったの?」
雨藍は優しい声で、瑠璃に尋ねる。
「俺はあまり食をそそられないけど。瑠璃が欲しいなら、また連れて来てあげるよ」
そう言いながら、雨藍は瑠璃の髪を優しく梳いた。
うっとりとした表情で、弟の瑠璃を見下ろす。
雨藍にとって、瑠璃は掛け替えのない存在だ。唯一の肉親であり、瑠璃をこの世界に引きずり込んだ負い目が、雨藍を過保護にさせた。
瑠璃は、そんな雨藍を見つめて、首を振った。
何も返事をせずに、目を閉じる。
瑠璃はすぐに、寝息を立てた。
雨藍はその寝顔を見つめながら、額に手を当てる。
熱は、ないようだ。
「良かった……」
雨藍は安堵の息をついた。
瑠璃は、兄である雨藍が与える魂の露さえ、拒否反応を起こすことがある。
生きていくために必要な露を分け与えても、苦しむことが多い。
瑠璃は、明らかな不適合者だった。
眠る瑠璃を眺めながら、雨藍は絞り出すような声で呟く。
「ごめん。瑠璃」
雨藍が、瑠璃を日の当たる場所から遠ざけた。
元々は健康だった瑠璃が、こんな病弱な体になったのも、雨藍のせいだ。
生き延びるために、吸血鬼の仲間になったから。
吸血鬼は、人外の存在だ。歳をとらず、人間に迫害される運命にある。
何より、気が狂うほどの永い時を、生きるのだ。
雨藍は、弟を守るために、それを選択した。
けれど、結果は散々だった。瑠璃のように、狩りも出来なければ、あとは干からびて朽ちるのを待つだけ。
命の源を得られないのだから、当然のことだ。
だが、雨藍は己が持つ魂の露を与えることで、瑠璃を生かしていた。
雨藍にとって、瑠璃だけが生きる理由だ。
そして、罪を償うように、瑠璃を愛する。
眠りについた瑠璃は、気分が良いのか穏やかな寝顔をしていた。
0
あなたにおすすめの小説
切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜
水無瀬 蒼
BL
カフェオーナーである松倉湊斗(まつくらみなと)は高校生の頃から1人の人をずっと思い続けている。その相手は横家大輝(よこやだいき)で、大輝は大学を中退してドイツへサッカー留学をしていた。その後湊斗は一度も会っていないし、連絡もない。それでも、引退を決めたら迎えに来るという言葉を信じてずっと待っている。
そんなある誕生日、お店の常連であるファッションデザイナーの吉澤優馬(よしざわゆうま)に告白されーー
-------------------------------
松倉湊斗(まつくらみなと) 27歳
カフェ・ルーシェのオーナー
横家大輝(よこやだいき) 27歳
サッカー選手
吉澤優馬(よしざわゆうま) 31歳
ファッションデザイナー
-------------------------------
2024.12.21~
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
今日は少し、遠回りして帰ろう【完】
新羽梅衣
BL
「どうしようもない」
そんな言葉がお似合いの、この感情。
捨ててしまいたいと何度も思って、
結局それができずに、
大事にだいじにしまいこんでいる。
だからどうかせめて、バレないで。
君さえも、気づかないでいてほしい。
・
・
真面目で先生からも頼りにされている枢木一織は、学校一の問題児・三枝頼と同じクラスになる。正反対すぎて関わることなんてないと思っていた一織だったが、何かにつけて頼は一織のことを構ってきて……。
愛が重たい美形×少しひねくれ者のクラス委員長、青春ラブストーリー。
真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~
水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。
アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。
氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。
「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」
辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。
これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!
Promised Happiness
春夏
BL
【完結しました】
没入型ゲームの世界で知り合った理久(ティエラ)と海未(マール)。2人の想いの行方は…。
Rは13章から。※つけます。
このところ短期完結の話でしたが、この話はわりと長めになりました。
雪を溶かすように
春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。
和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。
溺愛・甘々です。
*物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる