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6話 初めての感情
しおりを挟む迅は、噂の洋館へ行ったことを、誰にも言わなかった。
学校へ行けば、月読と嫌でも会うことになる。
下手に口を滑らせれば、瑠璃に会いに行く約束が、果たせなくなるかもしれない。
「おはよう。加佐見」
しかし月読は、機嫌の良い声で迅に話しかけてきた。
「昨日は済まなかった。後で瑠璃に泣かれたよ」
帰り際に、二度と来るなと忠告した件だろう。
「気にしていない」
迅は、きっぱりと告げる。
月読は面白そうな顔で迅を見つめ、小さく笑った。
そのまま、何も言わずに背を向けて去っていく。
用件は、それだけか?
迅は訝しげに思いながら、自分の席に着く。
前の席に座った元村が、怪訝な顔で迅を見た。
「加佐見。アイツと知り合いになったのか?」
「いや。少し話をしただけだ」
「へえ?」
元村は、月読に良い感情は持っていない。
月読の方を見ながら、険しい表情をしていた。
迅は、瑠璃のことを元村にも内緒にした。おそらく月読も、弟のことは隠しておきたいと思っているはずだ。
「本当にそれだけか?」
元村は迅にそう尋ねながらも、ジッと月読の方を見つめる。
月読は学友達に囲まれて、にこやかに談笑していた。
「アイツさ」
迅にだけ聞こえる声で、元村はぽつりと漏らした。
「人を取って喰いそうな目ぇしてるぜ」
嫌な感じだ、と元村は吐き捨てた。
元村は、おそろしく勘が良い。彼は、この街の外れにある、神社の息子なのだ。
昔から、あまり良くないとされる類のものには敏感だった。
迅にはよく分からないが、元村が嫌悪するものは、決まってろくなものじゃないかった。後から聞けば、霊に取り憑かれていたらしい、ということが何度もあったのだ。
「ならば、月読には、気をつけた方がいいのか?」
迅は、洋館の庭に咲き乱れていた薔薇を思い出した。
瑠璃の美しさに気を取られていたが、あの洋館も、瑠璃自身でさえ、どこか異様な雰囲気を漂わせていた。
「さあな」
元村は肩を竦めて、視線を窓の外に移した。
はっきり答えない元村に、迅はため息をつく。
それでも、今日の帰りに、あの洋館へ向かう自分が想像できた。
迅は、また瑠璃に会いたかった。元村に忠告されたとしても、行くのを止めなかっただろう。
また、微笑んでほしい。
可愛らしいあの声を、もう一度、聞きたい。
美しいガラスのような瞳で、迅を見つめて欲しい。
そんな欲が、胸の奥からわいてくる。
なぜ、これほどまで瑠璃に惹かれるのか。
初めての感情に、迅は戸惑っていた。
「……アイツ、また、こっち見てる」
元村の呟いた声にも気づかないほど、迅は瑠璃のことばかり考えていた。
+ + +
月読は人当たりの良い性格だ。麗しい容姿に加えて、性格もいい。
誰にでも、にこやかな笑みを向けるので、いつも集団の中心にいた。
そんな月読には、気になってる人物が一人居た。
休み時間を見計らって、相手に声をかけてみる。
「元村君、ちょっといいかな?」
「あ? なに?」
元村は椅子に座ったまま、不機嫌そうに月読を見上げた。
その反応に、月読は笑みを浮かべる。
生徒の誰もが、麗しい月読と話がしたくて、羨望の眼差しを向けてくるのに。
元村だけは、睨み付けるような視線を送ってくるのだ。
どうも、月読のことが気に入らないらしい。
月読にしてみれば、敵意むき出しの態度も慣れている。
穏やかな笑みを浮かべて、月読はもう一度、元村に頼んだ。
「君に、頼みたいことがあるんだ。少し付き合ってくれないか?」
そう言った月読に、元村は顔をしかめて、嫌そうな顔をする。
「……ちょっとだけなら、構わねぇよ」
元村は、渋々といったように頷く。
ここで月読の頼みを断ると、後で旧友達から詮索を受けると考えたのだろう。
「ありがとう。元村君」
月読は、にっこりと笑って、礼を言う。
それを見た元村は、スッと顔を逸らして、苦々しい表情になった。
元村は憮然とした顔で、夕日が沈む方向とは逆の道を歩いていた。
隣には、月読がいる。
なぜ、月読と一緒に帰らなくてはいけないのか。
元村は不愉快でたまらなかった。こんなことなら、加佐見を無理やり引き連れてくれば良かった。
そう後悔するものの、その加佐見は、学校が終わるとすぐに教室を出て行った。なので、捕まえるのは無理だったはずだ。
「はあ……」
「元村君」
「何だよ」
「もう少し、愛想良い顔をしたら?」
からかうような声に、元村はカッとなって月読を睨み付けた。
「何で、お前に愛想良くしないといけねぇんだよ!」
思わず怒鳴った元村に、月読は目を丸くした。
しかし元村は、謝りもせず、敵意をむき出しにする。
往来のある道中だと言うのに、そんなことは元村には関係ないようだった。
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