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10話 家族
しおりを挟む夜になると一家の主が帰宅した。
「お帰りなさい。あなた」
喜々として出迎えたのは夫人だけで、子供二人はテーブルから動こうともしない。
「ただいま」
家長である父親は、仏頂面で夫人を抱きしめる。表情は乏しいが、夫人に対する愛情は深いのだ。
彼は妻の頬にキスをすると、わずかに頬をゆるめた。
「お帰り、父様」
「おかえりなさい。おとうさま」
雨藍と瑠璃も、それぞれ父親に挨拶する。
血のつながりはないが、家族らしく振る舞うことが鉄則だ。
誰も見ていないからと「家族ごっこ」を止めるのは禁止されている。
父親は上着を脱ぐと、テーブルの席についた。夫人が、彼の分の食事をキッチンから運ぶ。
「雨藍、学校はどうだ?」
尋ねられた雨藍は、肩を竦めた。
「いつも通りです……狩りには問題ありませんよ」
「そうか。だが、人間を甘く見るんじゃないぞ」
父親は、いつも同じ忠告をする。
雨藍はヒラヒラと手を振って、了承の意を伝えた。
父親は食事を始めたが、他の三人はすでにほとんど食べ終えていた。
この家の食卓、はいつもそうだ。帰りの遅い父親を待つことはない。
今はちょうど、瑠璃がデザートの薔薇を口にしたところだった。
庭に咲き誇る薔薇の中から、食用のものだけを選んで、食卓に並べる。
吸血鬼の彼らに人間の食事は必要ないが、この薔薇だけは別だった。どこへ移動しても、つねに薔薇の種を持ち歩いて、住み着いた土地に植えるのだ。
その薔薇を育てるのが、使用人であるネイサンの主な役目である。薔薇を育てることに生き甲斐を感じているらしく、一日の大半を薔薇の咲き誇る庭で過ごしている。
この薔薇は、一族にとって特別であり、瑠璃の弱った体の慰みにもなる。決して、欠かすことが出来ない花だった。
瑠璃は狩りができないから、この薔薇と、雨藍が分け与える魂の露だけで、命を繋いでいるのだ。
「瑠璃、食べ過ぎはよくない」
兄の分まで薔薇を食べてしまった瑠璃に、雨藍は優しく髪を撫でながら諭す。
「うん」
頷いてはいるものの、瑠璃にはまったく反省した様子がない。
「瑠璃、おかわりは?」
「母様。これ以上は食べさせないで」
冗談交じりに尋ねた夫人に、雨藍はため息を吐いて首を振る。
「お前は、食事を残しているようだが」
父親は、まだ食べ残しのある雨藍の皿を見て、眉を顰めた。
「今は食欲が無いから」
雨藍はそう答えて、父親にからかうような視線を向ける。
「父様こそ、食べてないように見えますけど? 母様の手料理が不満ですか?」
「あっ! おとうさま、喰べてきたんだ?」
瑠璃はピンときたらしく、身を乗り出して父親を見る。
「あら、そうなの?」
夫人が首をかしげる。
その割には、生臭い匂いはしないから、不思議なのだろう。
父親は、小さくため息を吐いた。
「雨藍。分かっていて言うな」
「何のことですか? 狩りに行ったなんて、知りませんでしたよ」
くすっと笑う雨藍を、父親が嫌そうな顔で見つめる。
「白々しいことを」
「まあまあ。いいじゃない。無理して、いらないものを食べることはないんだから」
穏やかになだめる夫人に、二人は口を閉じた。
雨藍は瑠璃を振り向いて、にっこり笑う。
「瑠璃、そろそろ休もうか」
「うん」
瑠璃は無邪気に頷いた。雨藍に支えられて、椅子から立ち上がる。
「おとうさま、おかあさま。おやすみなさい」
瑠璃は、愛くるしい笑みを見せた。
「お休み。瑠璃、雨藍」
「二人とも、ゆっくり休んでね」
子ども二人がリビングを出て行くと、ようやく夫婦だけの時間になる。
彼は眉をしかめて、息を吐き出した。
「雨藍は、いつも突っかかってくるな」
雨藍の夫妻に対する態度は「家族」になったときから変わらない。
吸血鬼になったばかりの兄弟と、一緒になる時にそれなりの覚悟はした。だが、本当に家族としてうまくやれているのか、不安になる。
夫人は、彼の肩に手をおくと、労るように顔を覗き込んだ。
「しょうがないでしょう。だって、雨藍はあなたのことが嫌いだもの」
「……そうだな」
夫人の口調は優しいが、きつい言葉も平気で述べる。
愛する妻に事実を突きつけられ、彼もさすがに落ち込んだ。
そんな彼の様子に、夫人はフフッと笑う。
手を伸ばして、彼を抱きしめる。
耳元で、愛しそうに囁いた。
「大丈夫よ。何があっても、私はあなたの傍にいるから」
夫人が初めて恋をしたのは、彼だった。
許されない恋だったけれど、惹かれる心を止められなかった。
……人間であることを捨てても、あなたと一緒になりたかったのよ。
だから、「家族」をもてたことは、夫人にとって、とても幸福なことだった。
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