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11話 事件
しおりを挟む何の変わりもなく、月日が流れていった。
季節がゆっくりと移りゆく様を、じかに目で見られる頃になると、肌寒い風が吹き付けるようになった。
長袖のシャツに身を包む、そんなある日の朝に事件は起こった。
登校した迅が教室へ入ると、元村が駆け寄ってきた。
「おい、加佐見!」
「元村か。おはよう」
「お前、今朝のニュースを聞いたか!?」
元村は勢いよく迅に詰め寄った。
「何の話だ?」
迅が聞き返すと、元村は周囲を窺い、内緒話をするように顔を近づけた。
「篠宮家の令嬢の死体が、見つかったらしいぜ」
「死体が?」
朝から耳にするには、生臭い話だ。
元村は、声をひそめて続けた。
「それも……どうやら自殺だって話だ」
そう言った元村の顔を見れば、おそらく普通の状態ではなかったのだろう。
「公にはされてないが、噂は広まってる」
元村につられて教室を見渡すと、幾人かの生徒が寄り集まって、こそこそ話している。おそらくこの話題でもちきりなのだろう。
「……それでな、加佐見」
元村は、悲壮な顔をしていた。
いつもの明るさなど見る影も無く、表情が暗い。
「元村? どうしたんだ?」
友人のただならぬ様子に、迅は戸惑った。
元村は歯を食いしばり、押し殺すような声で告げた。
「その令嬢は……俺の婚約者だったんだよ」
「婚約者?」
元村に、そんなものがいたとは初耳だった。
「親同士が決めた口約束だったけど。俺は、彼女に会ったことあるんだ」
言葉を切って、元村は逡巡するように瞳を揺らす。
青ざめた表情が気がかりで、迅は椅子に座るよう促した。
元村は、ふらつくように椅子に座り、拳を額にあてた。
「自殺じゃない……絶対、殺されたんだ」
あれは他殺だ。
元村はそう言って、肩を震わせる。
なぜ、元村がそんなことを言い出すのか、迅には分からなかった。
もしかして、元村はその犯人を知っているのだろうか。
「元村。落ち着け」
力強く肩を叩いて、迅は周りを窺った。
同級生たちは自分たちの話に夢中で、こちらには注意を払っていない。
迅が、この話をいったん打ち切ろうと思ったその時、
「おはよう、元村君」
月読が、軽やかな口調で挨拶してきた。迅にも笑顔を向け「何の話?」と話しかけてくる。
「何でもねぇ」
顔をあげた元村は、まだ顔色が悪い。それでも、月読を睨む瞳は鋭かった。
「向こう行けよ。お前に話すことなんて、何もねぇし」
邪険にする元村に対して、月読は苦笑するだけだ。
気を悪くすることもなく、黙って去っていく。
月読が転入してからだいぶ経つが、元村の態度は軟化するどころか、ますます酷くなっている。
「元村。あまり、邪険に扱うのは良くないぞ」
どれだけ元村が嫌な顔をしても、月読は懲りずに近づいてくる。よく諦めないなと、迅は感心していた。
「うるせぇ! 俺は、アイツが嫌いなんだよッ!」
元村は、月読を天敵のように毛嫌いする。
月読は麗しい容貌ゆえに、同級生から人気がある。そんな彼を「嫌い」だとはっきり言うのは元村くらいだろう。
教師たちも、礼儀正しく聡明な月読を気に入っているようで、評判も良い。
迅の場合は、彼の弟である瑠璃に心を奪われている。なので、弟を溺愛する月読に「もう二度と瑠璃に会うな」と言われてしまわないか、つねに緊張していた。
月読といえば、元村に嫌われてることを分かっているのに、必ず挨拶をするし、わざとなのか近寄ってくる。
むろん、元村には拒絶されるが、その反応を楽しんでいるように思えた。
「気分悪ぃ。後で話そうぜ」
元村は不機嫌に言い捨てて、机に伏せる。
迅は黙って、すぐ後ろの自分の席に戻った。
昼休みになると、迅は元村と連れだって中庭へ出た。
あまり人に聞かれたくない話のようだ。
迅は、重箱の中身をきれいに平らげてから、ようやく元村に尋ねた。
「それで、どうしたんだ?」
「ああ」
元村は、弁当にほとんど口を付けておらず、箸を置いた。
あの元村が、ご飯もろくに喉を通らないとなると、相当に深刻な話のようだ。
「実はさ」
元村は重い口を開いて、自分が見たことの全てを迅に語り始めた。
「俺、見たんだよ」
慎重に辺りを窺った元村は、目を閉じて拳を握る。
「偶然だったけど、街で見たんだ。彼女が、知らない男と一緒にいるの」
「彼女……婚約者のことか?」
迅が問うと、元村は頷く。
「彼女が、他の男と一緒にいるのは、べつに良いんだよ。まだ口約束の婚約だし、他に好きな奴がいたって、おかしいことじゃないだろ」
「まあ……そうだな」
迅は何と応えていいか分からず、とりあえず頷いた。
「でもな。どうも様子が変だったんだ。旅行にでも行くような、大きな鞄をもって。まるで、駆け落ちするみたいで……」
元村は一息ついて、迅を見た。
「彼女の死体の側には、遺書も無かった。俺が見かけたときの、あの鞄もなくて……首を切って、死んでたんだ」
発見された死体は、森の中で見つかったという。
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