14 / 26
14話 一緒にいたい
しおりを挟む「初めて会った時のことを、覚えているか?」
「?」
「瑠璃は、泣いていただろ? 手のひらを傷だらけにして」
「そうだったかな?」
「ああ。俺は、すごく悲しかった」
迅は、瑠璃の両手を取り、手のひらを上に向ける。小さな手はひんやりと冷たく、細くしなやかで美しい。
その指先に、唇を寄せた。
あの時ほど傷ついていないが、少しだけ、棘で引っ掻いた跡が残っている。迅はその傷口を癒すように、唇で触れた。
瑠璃は不思議そうな顔をして、迅に両手を任せている。
「ぼく、覚えてない」
「なら良いんだ。瑠璃の泣いてる顔は、もう二度と見たくないからな」
迅は、瑠璃を愛しげに見つめる。
その顔を見て、瑠璃の胸はきゅっと締めつけられる。
どうしてか、涙がこぼれそうになって戸惑った。
陽の落ちかけた庭は、風に揺れる葉擦れの音しか聞こえない。
先ほどの使用人は、遠くにいるのか、館の中に入ったのか。何の気配も感じられなかった。
「……迅」
瑠璃は、ふるえる声で迅を呼んだ。
ガラス玉のように透き通った瞳で、まっすぐに迅を見つめる。
「瑠璃?」
迅は、思わず息を呑む。
その瞳に、涙が浮かんでいたからだ。
「ぼくのこと、好き?」
「ああ。好きだ」
迅は、ためらわずに答えた。
「瑠璃が、好きだ」
もう一度繰り返せば、瑠璃は微笑みを浮かべる。
「ぼくも……迅が、好き」
無垢な告白に、迅は瑠璃の指先をぎゅっと握る。
馬鹿みたいに頬が熱くて、心臓の音がやけに大きく聞こえた。
「俺は、瑠璃と一緒にいたいっ」
思わず、そう口走っていた。
すると、瑠璃は可愛らしく首をかしげる。
「今、ここにいるのに?」
まるで分かっていない瑠璃に、迅は握った手を引き寄せて、手の甲に唇を押し当てる。
神聖な誓いのように、真摯に言葉を紡いだ。
「ずっと、瑠璃と一緒に居たいんだ」
「ずっと?」
「ああ」
「……死ぬまで?」
「そうだ。死ぬその瞬間まで、瑠璃の傍にいたい」
もう瑠璃だけしか見えなくて、迅はひたむきなまでの愛を告げる。
きらきらと輝くような黒曜石の瞳は、迅だけを映した。
その澄んだ瞳から、涙がこぼれ落ちる。
「遠くに……」
小さな唇から紡がれた声は、そこで途切れる。
「瑠璃?」
迅が促すと、瑠璃は切なく微笑んで、囁くように言った。
「ぼくと一緒に、行ける?」
「もちろんだ。
「遠く、だよ。……すごく、すごく遠くまで……」
「ああ。どこへでも。瑠璃の側にいられるなら」
迅が答えると、瑠璃は唇を噛みしめる。
涙に濡れた瞳は、ずっと迅だけを映していた。
+ + +
雨藍が帰宅して弟の部屋へ向かうと、珍しくベッドに潜り込み、掛け布団を頭まで被っていた。
「瑠璃?」
「……来ないでっ」
布団の中から制止が掛かる。
だが、雨藍は瑠璃に駆け寄った。
「瑠璃、どうしたの?」
優しく尋ねながらも、無理やり布団を剥ぎ取る。
「雨藍っ」
非難めいた視線も無視して、雨藍は瑠璃の顎を掴んだ。
顔をジッと覗き込む。
「目が真っ赤。泣いたの?」
「ちがっ……」
「うそ。涙の跡が残ってる」
微かな怒りを含んで、雨藍は弟の頬を両手で包み込む。
「加佐見が、瑠璃を泣かせたの?」
「違うっ! ぼくが勝手に……」
思い出したら、また胸が苦しくなって、涙が溢れる。
「瑠璃。泣かないで」
愛しい弟の眦に唇を寄せ、涙を掬い取る。
なだめるように髪を梳きながら、雨藍は瑠璃に接吻けた。
「んぅ…」
あたたかなものが流れ込んできて、瑠璃は瞼を伏せる。
冷たい体に熱が灯って、深い接吻に意識を流される。
「瑠璃」
弟にだけ見せる、慈しみの表情で、雨藍はやさしく瑠璃に触れる。
「雨藍」
なだめられて落ちついたのか、瑠璃は兄の手を握って泣きそうな顔をする。
「何があったの。怒らないから言ってごらん」
子供に言い聞かせるように問い質す。
瑠璃はふるえながら、消え入りそうな声を出した。
「……一緒に、いたい」
あふれる想いに任せて、瑠璃はぽろぽろと涙をこぼした。
「迅と、ずっと……ずっと一緒にいたいっ」
人ならぬ身で、恋の成就を望むのは愚かなことだ。
老いもなく、人間のようにすぐ死ぬこともない瑠璃は、迅と一緒になれないことを悲しんだ。
「瑠璃……あいつが好きなんだね」
静かに泣く弟を悲しそうに見つめて、雨藍は何度も髪を撫でる。
「加佐見も、一緒に連れて行きたいの?」
迅を仲間にすれば。
彼が人間であることを捨てれば……瑠璃は、迅とずっと一緒にいられる。
兄の問いかけに、瑠璃は悲しみに濡れた瞳を晒す。
唇を引き結んでかすかに笑んだ。
0
あなたにおすすめの小説
切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜
水無瀬 蒼
BL
カフェオーナーである松倉湊斗(まつくらみなと)は高校生の頃から1人の人をずっと思い続けている。その相手は横家大輝(よこやだいき)で、大輝は大学を中退してドイツへサッカー留学をしていた。その後湊斗は一度も会っていないし、連絡もない。それでも、引退を決めたら迎えに来るという言葉を信じてずっと待っている。
そんなある誕生日、お店の常連であるファッションデザイナーの吉澤優馬(よしざわゆうま)に告白されーー
-------------------------------
松倉湊斗(まつくらみなと) 27歳
カフェ・ルーシェのオーナー
横家大輝(よこやだいき) 27歳
サッカー選手
吉澤優馬(よしざわゆうま) 31歳
ファッションデザイナー
-------------------------------
2024.12.21~
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
今日は少し、遠回りして帰ろう【完】
新羽梅衣
BL
「どうしようもない」
そんな言葉がお似合いの、この感情。
捨ててしまいたいと何度も思って、
結局それができずに、
大事にだいじにしまいこんでいる。
だからどうかせめて、バレないで。
君さえも、気づかないでいてほしい。
・
・
真面目で先生からも頼りにされている枢木一織は、学校一の問題児・三枝頼と同じクラスになる。正反対すぎて関わることなんてないと思っていた一織だったが、何かにつけて頼は一織のことを構ってきて……。
愛が重たい美形×少しひねくれ者のクラス委員長、青春ラブストーリー。
真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~
水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。
アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。
氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。
「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」
辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。
これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!
雪を溶かすように
春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。
和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。
溺愛・甘々です。
*物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています
Promised Happiness
春夏
BL
【完結しました】
没入型ゲームの世界で知り合った理久(ティエラ)と海未(マール)。2人の想いの行方は…。
Rは13章から。※つけます。
このところ短期完結の話でしたが、この話はわりと長めになりました。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる