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19話 疑ってるの?
しおりを挟む迅が学校へ来てすぐのことだ。
教室に入って席に着くと、すぐに元村がやってきた。周りの視線を気にしながら、神妙な顔で迅に尋ねる。
「若い医者が、五条家のお嬢様の心中した話、知ってるだろ?」
「ああ」
「あれ、胡散臭いと思わないか?」
元村は、険しい顔でそう言った。
「五条家のお嬢様が、名もない医者と心中だぜ? ありえねぇよ」
迅は黙って頷いたが、内心では、瑠璃が危ない目に遭わないか、その心配ばかりしていた。
「……俺には、偽装工作にしか思えねぇ」
元村が、小さい声でそう呟いた。
それを聞き、迅は納得した。若い男女の死体を一緒に葬っておけば、心中に見えるだろう。
「それでな、加佐見」
「何だ」
「その死体……薔薇の花を、握ってたらしいんだ」
元村は、そういう情報をどこから仕入れてくるのか。
不思議に思いながら、迅は答える。
「その医者が、お嬢様に贈った薔薇じゃないのか?」
色事に疎い迅でも、男が女に贈り物するということくらいは知っている。
しかし元村は、首を振った。
「普通はそう思うだろ?」
「違うのか?」
「ああ。極秘情報だけどな……」
そう言って、元村は目を光らせる。
迅に顔を近づけて、声を潜めた。
「薔薇を持っていたのは、医者の方だ。手のひらには、棘で引っ掻いた傷が、たくさんあったらしい」
その言葉に、迅はハッとした。
脳裏に浮かぶのは、掻き傷だらけ手をした瑠璃の顔だ。
あの屋敷には、薔薇が咲き乱れていた。
あれほど薔薇のある所も、他にないだろう。
元村の話が本当だとすると、怪しくなってくるのは、あの洋館に住む人々だ。
もしかしたら、何か事件と関係があるかもしれない。
「そうか……」
迅は、動悸がしてきた。
月読を怪しんでいる元村に、洋館のことを話すのは避けたかった。
もし、瑠璃が関わっていたら……?
迅は、瑠璃が好きなのだ。何よりも大切だった。
だから、仲の良い元村とはいえ、瑠璃に疑惑が向くようなことは決して言えない。
「不思議なことも、あるものだな」
「……加佐見。お前、俺に嘘吐いてるな?」
元村は、鋭く迅を睨みつけた。
「お前。この前、月読から薔薇をもらったと言っていただろ?」
「……」
動揺した迅は、必死に疑惑を晴らそうとする。
「確かに薔薇はもらったが、嘘はついていない」
「じゃあ、知ってること全部、俺に話してみろ」
追求を緩めない元村に、冷や汗が出る。
瑠璃を守りたい一心で、迅は多弁に弁解した。
「前に話した通りだ。薔薇をもらって……母の墓前に添えようと思ったんだ。それ以外には、何も知らない」
真実を隠そうとすれば、自然と話せる内容は限られてくる。
瑠璃の存在を、少しでも感づかれたくなかった。
「本当か?」
「ああ。本当だ……」
それ以上は知らない。
迅がそう答える前に、月読が割り込んできた。
「まだ疑ってるの? 元村」
「!?」
いつの間に来ていたのか。
学生服を着た月読が、にっこりと微笑んで、元村に向き合った。
「俺が、加佐見に薔薇をあげたのは本当だよ。珍しそうに見ていたからね」
月読は、迅の方を向いて、可愛らしく首を傾げる。
迅は助かったとばかりに、勢いよく首を縦に振った。
険しかった元村の顔が、少し和らぐ。
「元村」
月読が、甘く舌っ足らずな声で、元村を呼んだ。
その官能的な響きに、元村は大きく胸を揺さぶられる。
「俺に、聞きたいことがあるんだろう?」
悠然と微笑む月読は、余裕そのものだ。
だが、元村を見つめる眼差しには、凍るような冷たさがあった。
「ああ……俺は、お前が胡散臭くて仕方ねぇんだっ!」
月読を崇拝している生徒が聞けば、激しく怒るような発言だった。
周りにいた生徒達が、ざわざわと三人を遠巻きに眺めてくる。幾人かは、元村の発言が聞こえていたようで、不快な顔をしていた。
「元村のやつ、なんて言った?」
「月読君の悪口を言ってなかったか?」
明らかに敵視した視線を元村に向ける。
当の元村は、周りのことなど構わず、月読を睨んでいる。
「チッ……、テメーの信者は、相変わらず口うるせぇ」
元村はそう言うと、真っ向から月読に対峙する。
今にも飛びかかりそうなほどの勢いで、側にいる迅の方が、ハラハラしてきた。
喧嘩になる前に、取り押さえるべきか。
迅が悩んでいると、月読は穏やかな笑みを浮かべて、教室を見渡した。
「何でもないよ。うるさくしてごめんね」
月読はそう言いながら、級友達に軽く手を振ってみせる。
たったそれだけで、周りのとげとげしい雰囲気が消え失せた。
これが月読の存在感なのだ。
むろん、元村には面白くない。
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