永遠の夢を見たかった

早桃 氷魚(さもも ひお)

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18話 溺愛

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 元村は、懐から魔よけのお守りを取り出し、月読に突きつける。
「てめぇ! 何者だッ!?」
「何って言われてもね」
 月読は少しよろけたが、まっすぐ立って元村に対峙する。
「どうして、こんな風に拒絶されるのかな?」
 君を、好きだと言っただけなのに。
 月読の目はそう語っていて、元村はますます狼狽する。
「お前ッ! 今、俺に何かしただろ!?」
「キスしただけだよ。どうして、そんなに怯えるの?」
 くすくすと笑う声はまるで恐れる様子がない。
 元村が手に持つお守りを見ても、平然としていた。
「まあ、突然したら、誰でも驚くか」
 月読は、悪戯好きの子供みたいに無邪気に笑った。
 そんな態度を見ていると、先ほど襲われたのが嘘みたいに思える。
「元村……」
「な、何だよっ!」
「加佐見なんかに構わないで、俺のものになって?」
 月読は、後ろで手を組み、元村を見つめる。
 その眼差しは、今までで一番柔らかいものだった。
「返事は、明日で構わないから」
 驚かせてごめんね。
 月読はそう謝ると、身を翻した。
 元村が呆気にとられている内に、去って行ってしまった。





 ◆ ◆ ◆





「母様」
 ソファーに座った雨藍が、夫人を呼び止める。
 夫人は振り返り、笑みを浮かべた。
「あら。どうしたの、雨藍」
「匂いが残ってますよ」
 顔を顰めた雨藍に、夫人は苦笑した。
「ごめんなさい。手加減が難しくて」
「どうだったんですか、あの医者は」
「ふふ。若い露はいいわね。とても美味びみだったのよ。あの人にも、飲ませてあげないと」
 夫人は浮き浮きした様子で答える。
 魂の露は、同族になら分け与えることができるのだ。しかし、夫人が雨藍に勧めても飲まないことは分かっている。
「母様。露を分けるのは父様だけにして、瑠璃には飲ませないでくださいね」
 雨藍は、いつもと同じ台詞を口にした。
 瑠璃の足りない分は、いつも雨藍が補うことにしている。例え両親でも、勝手に瑠璃に与えるような真似を許さなかった。
 それほどまでに、雨藍は弟を溺愛しているのだ。
 指一本触れさせたくないという独占欲は、恋情にも似ている。
「分かってるわ。いつも通りに、薔薇のスープだけを用意するから」
 夫人は微笑んで頷いた。瑠璃の検診の為に訪れた若い医者を、先ほど殺めたばかりだ。それでも、何事もなかったように振る舞う。
「抜け殻は、始末したの?」
「ネイサンに頼んだわ。良い捨て場を知らないから、後はあの人に頼まないとね」
「ああ。父様に任せておけば安心ですね」
 雨藍も納得したように頷く。
 彼らにとって、人間はただの餌でしかない。けれど、食事をしたあとの始末が面倒なのだ。
 ここは人間の世界だから。
 彼らのような異端者は、十分に気をつけなければならない。もし正体が露見すれば、今度は彼らが「狩り」の対象になる。
「でもね、雨藍」
「何ですか?」
「瑠璃は、あまり足りていないようだけど……大丈夫かしら?」
 夫人は表情を曇らせて、瑠璃のいる部屋に視線を向けた。
 雨藍に言われているから、余計な手出しはしない。けど、早く新しい魂の露を与えなければ、弱って死んでしまう。
「心配ありません。明日にでも、餌を連れてくる予定なので」
 雨藍は平然と返した。夫人がそうしたように、屋敷の中で事を済ますつもりなのだろう。
「そうなのね」
 夫人は微笑んで、いつものように、雨藍のしたいようにさせることにした。



 + + +



 心中した男女の死体が発見されたという噂を、迅は早い段階で耳にした。お喋り好きの女中が話しているのを、聞いたのだ。
「何でも、五条家のお嬢様だとか。まだ若いお医者様と、心中なさったそうよ」
「あら。だけどお二人は、恋仲ではなかったと聞きましたわよ」
「嫌だわ。世間体が悪いと、隠していたのでしょう」
 女中達は、こそこそと寄り添って噂話に花を咲かせる。
 迅は、彼らが仕事さえしていれば、文句を言うつもりはない。だから、その時も黙って立ち去った。
 今日は瑠璃の所へ寄らなかったので、この時間に迅が戻っているとは誰も気づいていないようだ。
 迅は自室に戻ると、畳の上に寝転がった。
 天井を見上げて気むずかしい顔になる。
 ここの所、よく殺人や不審な死体の話が耳に入ってくる。いつからこの街はこれほど物騒になったのだろう。
 万が一にも、瑠璃が被害に遭ったら……迅は居ても立ってもいられないだろう。
「瑠璃……」
 今日は、熱を出して寝込んでいると聞いた。
 瑠璃のつらそうな顔を想像するだけで、胸が締め付けられる。
 月読には止められたが、一目で良いから、姿を見たい。
 己の欲望と葛藤しながら、迅は忍耐で乗り切ろうとする。
 いつの間にか畳の上で座禅を組み、迅は精神統一をはかろうと必死になった。
 だが、その翌日。
 せっかくの座禅も無意味になるような話を、元村から聞くことになる。




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