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8話 左京:伸ばしかけた手
しおりを挟む食後のコーヒーを飲み終えてもまだ話し足りなくて、コーヒーのおかわりをした。
ゆっくりと時間をかけて飲んでいたが、やがてそれも飲み終えてしまう。
カップが空になると、、どこまでも続きそうだったおしゃべりも、終わる時間がやってきた。
「そろそろ出ようか」
「はい」
左京と蘭は連れだって店を出る。
支払いはすでに耀が済ませていたが、それを知った蘭はかなり恐縮していた。
「すみませんっ! 後で必ずお支払いしますから」
ぺこりと頭を下げる蘭に、左京は驚いた。
「いや、支払いは気にしなくていい。母さんの奢りだし」
「そういうわけにはいきません。奢って頂くようなことは何もしていませんから」
蘭は口調こそ丁寧なものの、きっぱりと断った。
その態度が意外で、左京は思わず目を見張る。
左京にしてみれば、耀の強引なセッティングでお見合いする羽目になったので、支払うつもりは一切なかった。
蘭だって、耀に巻きこまれたわけだから、食事代を払う必要はないのだ。
最初から耀が食事代について春見家にきちんと説明していれば、蘭もこうして気にすることなかったのに。
左京は耀に苛立ちを覚えながら、口を開いた。
「いいんだよ。今日は母さんの為の顔合わせだったんだから」
「え?」
「母さんは満足したみたいだしさ。見合いも終わったし、この先会うこともないだろうから、お礼だと思ってくれたらいいよ」
そもそも、耀は蘭に連絡先を伝えてないはずだ。
左京と同じように耀も忙しい立場なので、会おうと思ったらかなり時間がかかる。
たかだが食事代ごときで、面倒くさいことはさせられない。
左京は蘭のためを思ってそう言ったが、
「……」
蘭はうつむいて黙りこんだ。
てっきり、笑顔でうなずくかと思ったのに、予想外の反応に戸惑う。
「蘭さん?」
「……分かりました」
蘭が小さな声で返事をして、顔をあげた。
寂し気な表情で左京を見つめる。
「っ!?」
なにかまずいことを言っただろうか?
左京は焦って問いただそうとしたが、先に蘭が口を開いた。
「耀さんには、左京さんからお礼を伝えておいてください」
「あ、ああ」
「左京さんも、今日はありがとうございました」
蘭は笑顔を浮かべているが、明らかに作り笑顔だ。
しかし、深々とお辞儀をする蘭に、なんと声をかけていいか分からない。
「あ、いや。こちらこそ、ありがとう」
「お会いできて、嬉しかったです」
そう言って微笑む蘭は、やはりどこか寂し気だ。
「あ、とても楽しい時間でした。お料理も美味しかったし」
蘭は付け足すようにそう言って、ニッコリと笑った。
左京が口を挟むよりも早く、別れの挨拶をする。
「じゃあ、これで……失礼します」
蘭はもう一度、左京に深くお辞儀をする。
そしてすぐに、背を向けて行ってしまった。
「あっ」
思わず呼び止めようとした。
だが、何の言葉も出てこないまま、遠くなる蘭の背中を見つめる。
「……」
蘭は、まるで逃げるように去ってしまった。
それを残念に思っている自分に、驚いた。
伸ばしかけた手を下ろして、左京はため息をつく。
「……次、か」
次の機会なんて、あるはずがない。数時間前の左京なら、間違いなくそう思っただろう。
お見合いは、お互いが望まない限り、これきりで終わる。
蘭が寂しそうな顔をした理由は……これで、最後だと思ったからだろうか?
蘭は、また左京に会いたいと思ってくれたのだろうか?
相手の気持ちなど、どうでもいいはずなのに、左京は蘭の寂しげな顔と後姿が脳裏から離れなかった。
+ + +
そして、お見合いの翌日。
朝一番に、耀から電話が掛かってきた。
「それで、どうするの?」
「どうするって?」
「昨日のお見合いよ。まさか断ったりしないわよね?」
脅しをかけるようにたずねた耀に、左京は口ごもる。
実は左京は、別れ際の蘭との会話をひどく後悔していた。
後で振り返ってみて、蘭にとんでもない失言をしたことに気づいたからだ。
いくら仕方なくお見合いしたとはいえ、『耀の為の顔合わせ』などと、蘭に言うべきではなかった。
それに、耀の話をしたつもりが『この先会うこともない』なんて、蘭を侮辱するような発言をしてしまった。
だからもう一度会って、蘭と話したかった。
きっと誤解しているだろうから、ちゃんと説明して訂正したい。
蘭を傷つけてしまったのなら謝りたい。
それが左京の素直な気持ちだった。
しかし、今回の話に乗り気の耀に、「また会いたい」と答えたらどんなことになるか。
左京はなるべく面倒そうな口調で、
「……まあ、あと一回くらいは会ってみても良いけど」
ぼそぼそした声で答える。
すると、急に耀の声が明るくなった。
「あら、本当に?」
「うん……」
「まあ! それなら『結婚を前提にお付き合いします』って伝えておくわね!」
「はあっ? いや、ちょっと待て!」
「先方のお返事が良かったら、連絡先を教えるわ!」
耀は左京の言葉など聞かずに一方的に通話を切った。
「人の話を聞け!」
スマホに向かって怒鳴りつけたが、もう耀には届かない。
かけ直しても、耀の電話には繋がらなかった。
「くそっ!」
腹立たしい気分でスマホをソファーに投げつける。
何が『結婚を前提に』だ!
そんなこと一言も言ってねぇだろ!!
しかし、お見合いが初めての左京は、どういうルールで物事が進むのか知らないのだ。『また会っても良い』という返事が、なぜ『結婚前提のお付き合い』になるのか理解に苦しむ。
そういうルールってことか。
どちらにしても、きっと蘭にはそう伝わってしまうだろう。
………仕方ない。
モヤモヤした気分になったが、蘭にもう一度会いたいのは事実だ。
耀には文句を言ってやりたかったが、左京は黙って先方の返事を待つことにした。
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