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7話 左京:タイミングを失った
しおりを挟む食事が一通り済むと、耀と千鶴子が先に席を立った。
「今日は蘭さんに会えて本当に良かったわ」
耀が笑顔で蘭を見つめる。
蘭もニコニコしながら、
「オレも耀さんとお話できて楽しかったです」
と嬉しそうに笑った。
左京はそのやり取りを眺めながら、耀が蘭をかなり気に入っていることに気づいた。
耀は、見た目の気さくさとは裏腹に、他人への評価は辛口だ。
だから、このわずかな時間で耀の心を掴んでしまった蘭への驚きがあった。
「蘭、左京さん。私たちは先に帰りますから、後はお二人でゆっくりお話でもして下さいな」
千鶴子が左京に笑顔を向ける。
「あ、はい」
左京が頷くと、耀と千鶴子はそろって部屋を出て行った。
それを見送っていると、
「あの、お時間は大丈夫なんですか?」
蘭が心配そうな顔で左京にたずねてきた。
「ええ。どうして?」
「左京さんは仕事が忙しいから、休みも少ないと耀さんに聞いてたので。今日も、お仕事があったのかなと思って」
「大丈夫ですよ。今日は休みでしたから」
というより、耀が無理やり休みにしたのだ。
蘭が気にすることではない。
「それなら良かったです」
ホッとしたように笑みを浮かべる蘭は可愛かった。
だが、左京もここで帰るべきだ。
いくら可愛くても、相手は男。結婚する気もないのに、期待を持たせるのは、蘭にも失礼だろう。
「……」
席を立とうとして、左京は自分が遅刻してきたことを思い出した。
しかも、今日は仕事が休みだと答えてしまった以上、このまま帰るのは明らかに蘭を侮辱する行為だ。
蘭を見ると、首をかしげて左京を見ている。
「っ、その……」
帰る、と一言告げればいい。
たとえ嫌われようが、これきりなのだから問題ないはずだ。
左京は拳を握りしめ、口を開こうとした。
しかし、先に蘭が話しかけてきた。
「左京さんは、普段のお休みの日は何をしてるんですか?」
質問されて、左京は席を立つタイミングを失った。
無理にでも席を立つことはできたが、蘭を無視するのは気がとがめる。
「休みの日、ですか」
左京は仕方なく、会話を続けることにした。
休みの日の過ごし方と言っても、疲れ果てて寝ていることが多い。
だが馬鹿正直に答えるのはNGだとさすがに解る。
「……ドライブに、行ったり」
たまにしか行かないけど、そう答える。
「ドライブですか? どのあたりまで走るんですか?」
「……海、とか……」
「あ、じゃあサーフィンとかします?」
「ああ、したことあります。先輩に連れて行ってもらって」
「へえ! オレはまだ無いんです。楽しそうだけど、旅行の方が好きでそっち優先になっちゃって」
「旅行?」
「はい。もともと旅行に行くのが好きで。それでそのまま、旅行会社に就職して、アテンダントやってたんです」
「そうなんですね」
左京は淡々とした調子で頷く。
まるで興味がないような態度を取ってしまうが、左京はもとからこういう性格だ。
人によっては不愉快に感じるだろうが、蘭はニコニコと笑顔で話し続けた。
「最初は、大手の旅行会社に就職してアテンダントやってて。数年前に今の会社に転職したんです。個人経営の会社でオフィスも小さいんですけど、アテンダントだけじゃなくて、窓口とか営業とかもやるし、企画も出したりして、ぜんぶに関われるのが楽しいです」
「へえ」
「うちは少人数のフリープランがメインなので、かなり自由がきくし、お客様もリピーターの方が多いんですよ」
「そういうのは、個人経営の強みだね」
「はい! オレたちもお客様と一緒にいろんな場所に行けるし、毎回新しい景色を見られるんです。アテンダントの醍醐味ですね」
嬉しそうに語る蘭は、それからもいろんな話をしてくれた。
左京は相槌を打つだけだったが、いつの間にか蘭の話に引き込まれていた。
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