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6話 左京:何を考えてるんだ、俺は!
しおりを挟む思わず彼に見惚れていると、
「左京。こちらが、蘭さんよ」
耀の声にハッとして、彼から目を逸らした。
彼の隣に座っている年配の女性は母親のようで、こちらは年相応の落ち着いた白のフォーマルスーツ姿だ。
黒真珠のネックレスも、品よく美しさを引き立てている。
彼女は彼とよく似た顔立ちで、ニコニコと笑顔で左京を見ていた。
「あ、久我左京です。本日は遅れてしまい申し訳ありませんでした」
しっかりと頭を下げて謝罪する。
「本当にごめんなさいね。千鶴子さん」
「いいんですよ。蘭、御挨拶したら?」
「あ、はい」
顔を上げると、彼は緊張した様子でこちらを見た。
左京はスッと背筋を伸ばして、彼を見つめる。
「……春見蘭です。よろしくお願いします」
はきはきと告げる声は、心地よく耳に響いた。
男相手のお見合いだというのに、嫌悪感を覚えないのが不思議だった。
今まで言い寄ってきた男達とはタイプが違うからだろうか。
そんなことを考えている間に、耀と千鶴子が話し始めた。
「左京。蘭さんは旅行会社にお勤めなのよ。歳はあなたより三つ下で33歳。年齢もちょうどいいし、お似合いよね」
「蘭。左京さんは外食産業の会社にお勤めで、とても優秀な方よ。結婚しても仕事は続けられるし、いいんじゃないかしら?」
千鶴子がそう言うと、耀が続ける。
「そうよ、蘭さん。うちの左京は何もできない子ですけど、家庭に入れなんて古臭いことは言いませんから。結婚しても、あなたの自由にしていいのよ」
「ちょ、母さん?! そういうことは勝手に……!」
文句を言おうとしたら、テーブルの下で耀に脛を蹴られた。
「ぅぐ……ッ!!」
左京が下を向いて痛みをこらえている間に、耀は蘭にたたみかける。
「ねえ蘭さん。左京は、縁が無くて結婚できなかっただけなの。仕事人間だけど、優しいし真面目だし、家族を大切にしてくれるわ。家事ができないのが難点だけど、蘭さんが左京を支えてくれたら、私も安心なの」
耀は同情を引くように、蘭に訴える。それを横で聞きながら、左京は反論したい気持ちでいっぱいだ。
そもそも耀だって家事はできない。
両親共に、左京が子供の頃からずっと仕事に打ち込み、家のことは家政婦任せだったのだ。
家事をする必要がなければ、左京だって習おうとも思わない。
それに、耀の手料理だって、数えるほどしか食べたことがない。
そんな事情を一切話さず、まるで左京だけが何もできないように言うのはずるくないか。
不満に思うものの、この場で反論するとややこしいことになりそうで、耀を軽く睨むだけに留めた。
「家事以外は、頼りになる子ですから。どうか前向きに考えてもらえないかしら?」
「あ、はい……」
蘭が耀の勢いに押されている。びっくりしている蘭を見て、左京は助け舟を出そうと口を挟みかけた。
が、今度は千鶴子が、左京に話しかけてきた。
「左京さん。蘭は昔から料理が得意で、家事もできるものだから、かえって一人が楽だと結婚せずにきましたけど、世間知らずなところがあって、心配なんです。お人好しだから、人に騙されることもあって。ずっとこのまま一人で生きていくと思ったら心配で心配で……」
「いや、お母さん? それ海外のはな……ッ!!」
何か言いかけた蘭が、顔を歪めて下を向いた。
どうしたんだろう、と思ったが、千鶴子は何事もなかったような顔で続ける。
「左京さんみたいにしっかりした方と一緒になってもらえたら、私も安心ですわ」
「あ、はい……」
勢いに飲まれて、頷いてしまった。
それからも、耀と千鶴子の芝居がかった訴えを聞きながら、左京は蘭の人となりを知ることになった。
春見蘭は、左京より三つ下の33歳。三人兄弟の真ん中で、蘭だけが独身。
仕事が好きで、今の職場でずっと働きたいと思っている。
家庭的で、優しくて、細やかな気遣いができるようだ。
ここまで聞けば、たしかに年の頃合いも良いし、条件としては申し分ない。
結婚したら、共働きでも家事はやってくれそうだ。
それに、見た目も悪くない。
蘭は、左京の周りにいる男達とは、まったく異なる輝きがあった。
たしかに男性なのに、醸し出される色気にドキッとさせられる。
例えば、蘭は左京と目が合うたびに、少しだけ唇を綻ばせて、微笑んでくる。
左京をまっすぐ見つめるその瞳が潤んでいるように見えて、視線が合うたびに胸が高鳴った。
いや、何を考えてるんだ、俺は!
慌てて蘭から目をはなした。
左京は女が好きだし、蘭は男だ。
たしかに可愛いかもしれないが、顔がタイプなだけで、決してそれ以上の意味はない。
「左京さん。飲み物はどうしますか?」
グラスが空になる前に、蘭がさりげなくメニュー表を手に取って左京に差し出してくる。
その気遣いと笑顔に、左京の気分は落ち着かない。
「あ、じゃあ、同じものを」
「はい。耀さんは何を頼みますか?」
蘭は耀にもたずねてくる。
「あら。じゃあワインを頂こうかしら」
「母さん。しばらくお酒は控えるって言ってたはずですが」
「今日くらい良いじゃないの」
「止めて下さい」
だいたい、お見合いの席に親が進んで酒飲むとかどうなんだよ。
耀を睨むと、わざとらしく嫌な顔をする。
「もう、つまらない息子ね」
「そうですね」
耀の文句を聞き流し、蘭にウーロン茶を注文してもらうことにした。
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