5 / 11
5話 左京:なんで男だって言ってくれなかったんだ!
しおりを挟む翌日の朝、いつもより遅い時間に目覚めた左京は、スマホで時刻を確認してベッドから飛び起きた。
「やべっ!」
アラームをセットした時刻はとっくに過ぎている。
寝坊したうえに、まだ何の準備もできていない。
とりあえずシャワーを浴びてから、クローゼットの前で少しだけ悩む。
耀はブランオーニのスーツを着てくるように言っていたが、素直に従うのは癪だ。
望んで見合いをするわけではないので、カジュアルでも良いだろうと勝手に決めつける。
一番手前にあった、フィンデルというブランドの黒ジャケットとパンツを手に取り、それに黒シャツを合わせた。
お気に入りの、リング型のネックレスをつけ、腕時計をはめる。
少し伸びた髪はワックスでセットしてから、ほんのり甘めの香水をつける。
ハンカチはポケットに押し込んで、スマホと財布だけを持って革靴で家を出た。
そこからタクシーを使って料亭まで来たが、店に着いた時には約束の時間を過ぎていた。
耀も、お見合い相手も、すでに到着して待っていることだろう。
……まあ、べつにいいか。
今日の相手は、大事な取引先ではないのだ。
悪い印象を持たれたところで、左京にダメージはない。
耀には後で説教されるだろうが、深夜まで仕事をしていたのだから勘弁してほしいと思う。
それに、これくらいの遅刻で機嫌を損ねる女なら、すぐに帰ってやろうとさえ思った。
気の強いタイプか、大人しいタイプか。
左京は今日の見合い相手のことは、何も知らなかった。
名前も年齢も、職業も、耀からは聞いていない。
美人かな、くらいはちらっと考えたが、どうせ断るのだから、どんな顔だろうと関係ない。
そうするうちに、部屋に着いた。
案内してくれた仲居が、扉越しに声を掛ける。
「お連れ様がお着きになりました」
「どうぞー」
個室の中から耀の声がする。
冷ややかな声音に、ぞくっとした。
やべぇ……すげー怒ってるし。
遅刻したことを、あとでネチネチと責められるだろう。
想像するだけでげんなりした。
けれど、初対面の相手が待っているのだ。
営業用の、それでもあまり上手とは言えないスマイルを浮かべて、左京は中に入った。
「遅くなりました……?!」
お見合いの相手を見て、思わず目を見開いた。
まったく予想もしてなかった人物が、そこにいた。
え?
は??
……はああ?!
心の中で叫びながらも、表情はなんとか平静を保つ。
個室はテーブル席で四人掛け。
すでに三人が席に着き、料理が配膳された状態で、左京の到着を待っていたようだ。
耀は、パーティなどでよく着るような、あでやかなスカーレットのドレスを着ていた。
アッシュブラウンの髪をアップにして、大粒の真珠のイヤリングとネックレスをつけている。
とうぜん、化粧もばっちりで、気合十分なのが伝わってきた。
自分がお見合いするわけでもないのに、この気合の入れようを見て、かなり本気だと分かる。
だが、当の耀は左京を見ると、わずかに眉を吊り上げた。
「左京。ここに座りなさい」
「はい」
耀に促されるまま、隣の席に座る。
「遅かったわねぇ、左京?」
耀はそう言いながら笑顔を向けてくるが、その眼は笑っていない。
「もっとあなたに似合うスーツがあったはずよね?」
優しく問いかけているようで、非難しているのは明らかだ。
お見合いにカジュアルスーツを着てきたことも、全身を黒でまとめてきたことも、耀にとっては許しがたいことだろう。
しかし左京は、母親の怒りに構っている場合ではなかった。
左京の真向いの席に座っているのは、今日のお見合い相手だろう。
歳は、左京と同じくらいに見えた。ネイビーのスーツを着て、姿勢よく座っている。
とても似合っていた。
似合っていたのだが。
マジか……相手が男とか!!
てっきり、相手は女性だと思っていたのだ。
左京が今まで付き合ってきた相手は女性ばかりで、男性との恋愛経験は一度もない。
だからこそ、目の前のお見合い相手が男性だということに衝撃を受けていた。
こんなことなら、女性受けする甘めの香水なんかつけてくるんじゃなかった、と後悔する。
男性なら嫌がられるだけだろう。
なんで男だって言ってくれなかったんだ!!
知っていたなら、お見合いなどしなかった。
時間のムダだと切り捨てたに違いない。
だからこそ、耀は左京に黙っていたのだろうということも、すぐに理解した。
この場に来てしまった以上、今さら帰るわけにはいかない。
耀の面子など気にならないが、せっかく来てくれた相手をないがしろにするようなことはできなかった。
心の中で、盛大に耀に文句を言ってから、気分を落ち着かせる。
そしてようやく、左京はまともにお見合い相手の顔を見た。
ん……?
彼は左京と同年代の青年だった。
ネイビーのスーツは細身で光沢があって、きらびやかな印象を与える。
素材も上等なものを使っているようだし、上品さが感じられてかなり趣味が良い。
さらに印象的だったのは、彼の顔だ。
きめ細かな白い肌に、緩くウェーブのかかったブラウンの髪は、いっそう彼を若く見せ、柔らかさを感じさせた。
切れ長の瞳はガラスのように煌めいて、左京を見つめている。
薄い唇も、わずかに微笑を浮かべる艶やかな表情も、目を奪われてしまうほどに魅力的だった。
え……わりと、可愛くないか……?
彼の華やかな顔立ちも、どことなくセクシーな雰囲気も、左京の心を惹きつける。
自分でも信じられないが――タイプだった。
0
あなたにおすすめの小説
キャロットケーキの季節に
秋乃みかづき
BL
ひょんな事から知り合う、
可愛い系26歳サラリーマンと32歳キレイ系美容師
男性同士の恋愛だけでなく、ヒューマンドラマ的な要素もあり
特に意識したのは
リアルな会話と感情
ほのぼのしたり、笑ったり、時にはシリアスも
キャラクターの誰かに感情移入していただけたら嬉しいです
この変態、規格外につき。
perari
BL
俺と坂本瑞生は、犬猿の仲だ。
理由は山ほどある。
高校三年間、俺が勝ち取るはずだった“校内一のイケメン”の称号を、あいつがかっさらっていった。
身長も俺より一回り高くて、しかも――
俺が三年間片想いしていた女子に、坂本が告白しやがったんだ!
……でも、一番許せないのは大学に入ってからのことだ。
ある日、ふとした拍子に気づいてしまった。
坂本瑞生は、俺の“アレ”を使って……あんなことをしていたなんて!
鈴木さんちの家政夫
ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて鈴木家の住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。
【短編】初対面の推しになぜか好意を向けられています
大河
BL
夜間学校に通いながらコンビニバイトをしている黒澤悠人には、楽しみにしていることがある。それは、たまにバイト先のコンビニに買い物に来る人気アイドル俳優・天野玲央を密かに眺めることだった。
冴えない夜間学生と人気アイドル俳優。住む世界の違う二人の恋愛模様を描いた全8話の短編小説です。箸休めにどうぞ。
※「BLove」さんの第1回BLove小説・漫画コンテストに応募中の作品です
地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛
中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。
誰の心にも触れたくない。
無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。
その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。
明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、
偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。
無機質な顔の奥に隠れていたのは、
誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。
気づいてしまったから、もう目を逸らせない。
知りたくなったから、もう引き返せない。
すれ違いと無関心、
優しさと孤独、
微かな笑顔と、隠された心。
これは、
触れれば壊れそうな彼に、
それでも手を伸ばしてしまった、
不器用な男たちの恋のはなし。
【完結】期限付きの恋人契約〜あと一年で終わるはずだったのに〜
なの
BL
「俺と恋人になってくれ。期限は一年」
男子校に通う高校二年の白石悠真は、地味で真面目なクラスメイト。
ある日、学年一の人気者・神谷蓮に、いきなりそんな宣言をされる。
冗談だと思っていたのに、毎日放課後を一緒に過ごし、弁当を交換し、祭りにも行くうちに――蓮は悠真の中で、ただのクラスメイトじゃなくなっていた。
しかし、期限の日が近づく頃、蓮の笑顔の裏に隠された秘密が明らかになる。
「俺、後悔しないようにしてんだ」
その言葉の意味を知ったとき、悠真は――。
笑い合った日々も、すれ違った夜も、全部まとめて好きだ。
一年だけのはずだった契約は、運命を変える恋になる。
青春BL小説カップにエントリーしてます。応援よろしくお願いします。
本文は完結済みですが、番外編も投稿しますので、よければお読みください。
サラリーマン二人、酔いどれ同伴
風
BL
久しぶりの飲み会!
楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。
「……え、やった?」
「やりましたね」
「あれ、俺は受け?攻め?」
「受けでしたね」
絶望する佐万里!
しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ!
こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる