1 / 21
また前世の記憶を持って生まれてしまった
しおりを挟む「はぁー、よいっしょ」
3歳の幼女の可愛らしい声に似つかわしくない掛け声をかけて、畑の草抜きをしていたミシェイルは立ち上がった。土で汚れた手で額の汗をぬぐい、とんとんと腰を叩く。三つ編みにしたストロベリーブロンドを背にはねて、自分の成果を見るべく畑を見回したミシェイルは満足げに頷いた。
前世は大変身分の高いお嬢様として過ごしていたミシェイルにとって、農民としての貧しい生活は耐え難いものである。しかしさらに前前世は田舎出身の日本人であったために草は撲滅すべきものとして延々と作業することができる。
なぜ2度も前世の記憶をもって生まれてきたのかわからないが、ミシェイルはものすごく単純に「これもいい経験」と思うことにして気にしないでいるようにしている。
ただし、今世では絶対に波瀾万丈な人生は歩まないと心に決めながら。
前世も今世も、ミシェイルはここコモン王国で生まれた。しかも、前世は前前世でミシェイルが好んでいた漫画の悪役令嬢モニカとしてだ。
思い出したのは5歳の頃。甘やかされて育っていたモニカがすでに悪女の片鱗をみせ始めていたときに、使用人たちの愚痴を耳にして覚醒した。思い出したときはモニカの行く末、婚約破棄、断罪、公爵家の没落などが強く意識にのぼり、とにかく自分が強くなって回避しなければともがき続けた。
品行方正で誰にでも分け隔てなく優しくし、王妃教育にも真面目に取り組み、勉学はトップクラス、武術もたしなんで、王家にはこちらから頼んで自分を監視する影をつけてもらった。
隙はできるだけなくし、周囲とは軋轢を生まないようにしていたつもりだが、結局断罪は行われてしまった。
冤罪の証拠は確保していたし、証人も味方もいたためにそのときは無事に難を逃れたわけだが、断罪回避のあとのほうがとんでもなく大変だった。王家の威信は土台が崩れかねないレベルで揺らぎ、断罪に関わった者たちはもちろん、意図せず多くの貴族がばたばたと潰れたり、係わりの薄い使用人や平民にまで影響を及ぼした。
自分が助かればなんとかなると思っていたモニカは、あとは大人たちに任せて、という気楽な立場にはなれず各所へ駆けずり回ることになった。特にヒロインと多少仲良くしていた貴族の子息子女の家々がこちらを慮って勝手に処断するのを回避するため、お茶会へ招待し、夜会で声かけをし、ときには家まで赴いてこちらは何も怒っていないことをアピールする。
そんなことを繰り返してはあっという間に結婚適齢期を過ぎ、元王太子の婚約者など引き取るところなどなく王妃教育を施されたモニカが外国へ嫁がせるなど以ての外であった。
結局次代の王太子妃となる令嬢の教育係を務め、その後孤児院の院長となって子供達に見守られながら息を引き取ったのだ。
悪い人生ではなかった。自分で子供を生む機会はなかったが、たくさんの子供達を育て教育を施し送り出した。たくさんの優しい声に惜しまれながら逝くことができた。
しかし、もう一回やれと言われると、正直しんどい。
今がしんどいわけではないのだ。農民は公爵令嬢時代に比べれば貧しいし、育てている野菜は天候に大きく左右される。それでも、あれこれと考えることは圧倒的に少ない。畑のこと、日々の稼ぎ、明日のこと。生きるために必要なことばかりなのだ。誰かの人生の責任を負うこともない。
畑は前前世の知識を活かして今のところうまくいっているし、たまたまこちらの野菜を食べたレストランの料理長と契約を交わしてそれなりに収入を得ている。
今世のミシェイラは、とにかく自分のために生きることを目標に日々充実した毎日を送っていた。
農民にしては整い過ぎている顔に目を反らしながら。
1
あなたにおすすめの小説
ゲームには参加しません! ―悪役を回避して無事逃れたと思ったのに―
冬野月子
恋愛
侯爵令嬢クリスティナは、ここが前世で遊んだ学園ゲームの世界だと気づいた。そして自分がヒロインのライバルで悪役となる立場だと。
のんびり暮らしたいクリスティナはゲームとは関わらないことに決めた。設定通りに王太子の婚約者にはなってしまったけれど、ゲームを回避して婚約も解消。平穏な生活を手に入れたと思っていた。
けれど何故か義弟から求婚され、元婚約者もアプローチしてきて、さらに……。
※小説家になろう・カクヨムにも投稿しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる