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第三章

ヴァリサの弟子

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 リーナの手伝いも落ち着き、さあ今度こそ休むぞと休憩所に向かう。
 その途中で、戦闘をしていた戦士たちが帰還してきた。一部の部隊の戦闘が終わったか。そうなると、帰ってくるのはヴァリサさんの弟子たちだ。
 ……なるべく会いたくないな。嫌いなわけじゃないんだけどさ。苦手というか。

「かぁーー! つっかれたぁ」
「腹減ったし、なんか食おう」
「うす」

 前方に三人のマッチョマン。終わった。
 ムッキムキな彼らは言わずもがな、ヴァリサさんの弟子だ。来ないで。

「おおっ!? キールの兄貴じゃないですか!」
「それより、なんか食おうぜ」
「うす」

 いやああああああああああああ!!!
 いやああああああああああああああああああああああ!!!

 ナンデ!? マッチョナンデ!?

「よ、よお。調子はどうだ?」

 とりあえず軽い挨拶程度はしておくべきだろう。

「すこぶる絶好調っすよ! そう、この筋肉があればねっ!」
「そか。頑張れよ」
「どこ行くんすか?」

 立ち去ろうとしたところ、話の出来る青年が回り込んできた。やだ怖い。
 どこに行くのかか、別に嘘をつく必要はないし普通に言うか。

「休憩所にな、休まないとだし」
「それもそっすね。僕達も戦闘終わったとこですし、一緒に行きません?」

 そうだった! こいつらも戦闘終わったんだよな。なら休憩所とか待機所に行くよな。
 運命は避けられないのか!

「えー、なんか食おうぜ」
「うす」
「なんだお前ら!? どうした!? 脳まで筋肉に浸食されたのか!?」

 今までの会話で分かる通り、三人のうち二人は会話ができない。
 落ち着いて話す機会があればそれなりに話はできるのだが、それでも何かに気を取られている。大抵食べることか戦うこと。怖い。

「あーいや、お腹減ったんで」
「うす」
「じゃあ食べに行けばいいじゃん! いいよ俺は? 気にしないで行っといで?」
「そすか。終わったら休憩所行くんで、会ったら話ししましょう!」

 待機所行こうかな。休憩できなさそうだ。
 去った三人を見送りながら、今日は忙しいななんて思う。
 強くなったから戦闘は特に疲れることも、感情が強く出ることもない。だから普段はつまらなすぎてやる気が出ないのだ。
 でもまあ、面倒なことはあった方がいいのかもな。何もない、疲れるだけの日常に比べたら何倍もマシだ。

「随分疲れているじゃないか」

 頭を掻きながら立ち尽くしていると、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 ヴァリサさんだ。以前に比べて露出は……変わらない。でもなんかかっこよくなったな。

「ヴァリサさん、どうしたんですかこんなところで」
「気分転換に散歩さ。それにしても慣れないな、キールくんの敬語は」

 ヴァリサさんの戦いは男らしい。そして真っ直ぐ突き進むその勇気。年上だからという理由だけではない、普通に尊敬しているのだ。
 でもまあそれを直接言うのは恥ずかしいので言わない。まだまだ子供だな俺も。

「まあ年上ですからね。俺も成長するんです」
「ははは、礼儀知らずなのも悪くなかったけどね。リュートくんは相変わらずタメだけど」

 リュートは驚くほど変わらなかった。俺でも変化があったというのに、あいつはクリム火山での戦いから変わっていない。
 いや、あのクリム火山での戦いで大きく変わったのだ。大きく変わって、目標が定まった。だから変わらない。変わらないが強くなり続ける。

「あいつは俺より変わってませんよ」
「そうだね。ま、それがリュートくんだからそれでいいんだろうね」
「分かります。俺も俺らしく戦わないと」

 少しリュートが羨ましい。ただひたすら竜騎士として上を目指す。
 俺は、大切な人たちを守る。俺の方が、なんか重いなぁ。ま、それも本気になれていいんだけど。

「よっ、その意気だ青年」
「戦場でヴァリサさんと一緒に戦える時を楽しみにしてます」
「今じゃキールの足元にも及ばないけどね。またみんなで戦おう」

 お互いに拳をぶつけ、気持ちを確かめ合う。やっぱりこの人はかっこいいよ。
 ヴァリサさんは道場を設立してから、俺たちの旅に同行していない。当然、それ以降共闘し強敵に立ち向かうことはなかった。
 そして今回、久しぶりに共闘できるタイミングがやってきた。全員揃ったあのメンバーでの戦いは楽しかったからな。

「さて、あたしは――――」
「げえっ!? ヴァリサ!?」

 立ち去ろうとしたヴァリサさんの近くの通路から、リュートが出てきた。おいおい、今日はいろんな奴に会うな。

「……ほんと変わらないよね。んじゃ、あたしはこれで」

 鼻歌を歌いながらヴァリサさんはどこかへ行ってしまった。休憩所だろうか。また会うのは気まずいしやっぱり外壁付近の待機所に行こう。そうしよう。
 そんなことを考えていると、リュートが不思議そうな顔で近づいてきた。なにさ。

「ぼぼぼ、僕の悪口とか話してないよなっ!?」

 半分あたり。

「なんでだよ。というかなんでここにいんの? 戦闘は?」
「あー戦闘ね。他のドラゴンがやってくれてるよ。だから順番はずっと後」
「お前の戦力どうなってんだよ……」

 リュートの戦力は、インフェルノドラゴン、アクアドラゴン、デザートドラゴン、フォレストドラゴン、ブリザードドラゴン、ライトニングドラゴンの合計六匹だ。どう考えても普通ではないし、異常すぎる戦力である。
 しかもそのドラゴンを手下として使っているのだから驚きだ。ま、ドラゴン側もリュートに何か感じるものがあるのだろう。

「こっちのセリフなんだけど? どんだけ強くなってんのあんたら」

 今度リュートから俺の戦力がおかしいという話が出る。
 ……うん、俺の戦力もおかしいよ。だって、古代からのスキルを網羅してるんだから。おまけに勇者、強くて当たり前だ。
 その強さを維持して、さらに強くならなければならないというのは辛いんだぞ。周りからの期待に応えなければならない。

「やめよう。俺たちが異常なんだ」
「確かに」

 俺やリュート以外にもフォトやヴァリサさん、フレンもおかしい。あと、成長率や才能で言ったらリーナも十分異常だろう。まだ子供なのに回復魔法を使いこなしているのだから。

「これからどこ行くの」
「待機所かな。休憩所はヴァリサさんと、その弟子がいるし。なんか行きにくい」

 強力な戦闘員が集まっているので、休憩所も待機所も濃い面子が揃っている。
 どいつもこいつも血気盛んで、空気も悪い。まあ、雰囲気のいい待機所でも探せば何とかなるさ。

「うげっ、僕も待機所行こうかな」
「待機所の選択肢も失われた」
「酷いねっ!? 別にいいだろー?」

 たまには、こういう日があってもいいか。

「はあ……行くぞ」
「おしきた」

 男二人。リュートとは長い付き合いになったな。
 出会いが掲示板。そこからとんとん拍子に一緒に行動するようになって。気付いたら仲間に。
 ほんと、何が起こるか分からない。いい方向にも、悪い方向にも。
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