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第三章

再点火

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「ちょ! ナイアドは大丈夫なのかね!?」

 弾け飛んだナイアドを見て、ヒューレが驚きの声を上げた。
 フォボスは冷静にナイアドとディオネの戦闘を見続ける。

「よく見とけ、タイミングを間違えるなよ」
「え、ああ。そうだね」

 戦闘をナイアドに任せている間に考えた作戦。それを実行するために、今はじっと隙を待つ。
 そして、一旦冷静になったヒューレはあることに気が付いた。
 弾けた水しぶきは、のだ。

* * *

 ディオネは、ナイアドを拳で弾けさせたことで油断をしてしまった。
 その水しぶきに血が混じっていないことに気付かないほどに、思考を乱されていたのだ。

「私はここですよ」

 背後からの声が聞こえる前に、水の刃がディオネの右腕に襲い掛かる。

「……ッ!? 水、分身……!」

 水分身。ディオネがナイアドに向けて使った土分身と同じ種類の技法。
 ナイアドは、水に乗りながら本体を水と入れ替え、上に乗っている自分を分身にしたのだ。

「む、あれは……」

 ナイアドは、水の刃を受けて斬り落ちなかった腕に注目する。
 その右腕は、半分ほど刃が通ったのみで、切断されることはなかった。
 ガントレットかと思われていたその腕は、中身まで金属だった。
 キールが五年前火山でディオネの腕を石化させた。その話を聞いていたナイアドは納得する。

(義手……なるほど、ですが隙は作れましたよ。フォボス、ヒューレ)
「っしゃ! よくやった水野郎!!!」

 フォボスの声にハッとしたディオネは、またしても反応が遅れてしまう。
 そんなディオネに、『王獣化』したヒューレが飛びかかる。

「覚悟したまえ! はあああああああ!!!」」
「……くっ」

 ディオネは、地面に手を突き四足歩行の状態になる。
 それにより機敏な動きが可能になり、相手は対人とはまた違った戦い方を要求される。
 地面を押し上げ攻撃するも、そこを足場に再び飛びかかられる。
 魔法で岩などを作っても相手に足場を与えてしまう状況に、ディオネは苛立っていた。
 今更魔法を使わない戦い方などありえない。そう考えたディオネは、広い範囲の地面を押し上げる。

「うわあっ!?」
「……捉えた!」

 巨大なエネルギーで空中に投げ出されるヒューレ。そこに、ディオネは魔法を叩き込もうとする。
 だが。

「うっにゃあああああ!!!」
「……な、なんで……!?」

 空中で加速したヒューレに、ディオネは対応できない。
 なぜ、周りに岩はなかったはずだ。思考を巡らせながら、ディオネは先程までヒューレのいた空間に視線を向ける。
 そこには、水の塊が浮かんでいた。

(……『海神のアクア』!!!)

 ナイアドが、空中に水を配置しヒューレの足場を作ったのだ。
 高速で落ちてくるヒューレに、魔法が間に合わず魔導書を切り刻まれてしまう。
 ディオネの持っている魔導書は魔法攻撃力を大きく上げる道具。それを破壊されたのだ、ディオネの思考は乱れ続ける。
 舞い散る魔導書のページを掻き分け焼き切るように、フォボスがディオネに突撃する。

「オレ様登場ッ!」
「……負け、られない!」

 無数の岩の槍や盾がディオネの周りに現れる。
 魔導書を失ってもなお同時に大量の魔法を展開するディオネの魔法の才能。人間には未だたどり着けぬ境地だ。
 しかし、その魔法も圧倒的火力の前には無力。全ての槍や盾が瞬時に灼熱の魔剣フランベルジュに灼かれる。

 だが、ディオネにはまだ解魔の剣が残っている。
 これをフォボスに突き刺せば、勝ちだ。そう思い、全力で突っ込んでくるフォボスに解魔の剣を向ける。

「……これで、おしまい!」

 解魔の剣がナイアドの右肩に刺さる。
 同時に、『ソウルアーマメント』で装着していたヘルハウンドの鎧が砕け散る。
 そして、灼熱の魔剣フランベルジュの炎が、黒い輝きが薄れていく。元が魔剣なため完全に熱は消えないが、先程のような黒く燃え滾る炎はそこにはなかった。

「まだだァ!!!」

 止まらない。フォボスは、止まることなく剣に力を入れる。
 鎧が無くなった、剣が弱体化した。

 だから何だと言うのか。
 肉体は残っている。例え魔力が流れ出していても、完全に抜けてしまうまでの間は動くことができる。

「……な!?」

 驚愕し恐怖するディオネ。しかし、彼女もまた魔王候補。一筋縄ではいかない。
 灼熱の魔剣フランベルジュの火力が無くなった今、盾が溶かされることはない。
 咄嗟に、今作ることのできる最高の防御力を誇る疑似アダマンタイトの盾を作成した。

「とどけええええええええええええええええええええ!!!!」

 灼熱の魔剣フランベルジュと疑似アダマンタイトの盾が衝突する。
 火花を散らしながらも、弾かれることはなく力がぶつかる。

(これでダメでもヒューレの攻撃が残ってるけどよォ……)

 絶対に勝つ。そうは思っても、フォボスはもしもの時のことを考えた。
 もしも、ここで倒しきれなかったらどうなるか。ヒューレやナイアドはまだ残っているので、ディオネと戦う奴はいる。
 だけど、フォボスは解魔の剣に刺されたのだ。大量の魔力を抱え、さらに精霊から魔力を受け続けるキールがあれなのだから、魔力援助を受けていないフォボスはどうなってしまうのか。

(ここで倒せなかったら、間違いなく死ぬな。こりゃ)

 例えヒューレやナイアドが倒したとしても、魔力が完全に抜けてしまったらお終いだ。
 倒せんかった場合、防御力を失い倒れる。ディオネなら、二人と戦いながらでも魔法でフォボスにとどめを刺すことができるだろう。
 だから、全力を出す。最期になってしまうかもしれない。中途半端なことはできない。

「う、っらあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 灼熱の魔剣《フランベルジュ》が、火力を増した。
 流れ出るはずだった莫大な魔力が注がれたのだ。
 フォボスは、魔力操作が上手いわけではない。もちろん、流れ出る魔力を操作する、などという離れ業は通常できないはずだった。

 再び灯った炎が、疑似アダマンタイトの盾を溶かしていく。
 ディオネはあり得ない、といった表情で盾を補強し続ける。
 それも長くは続かない。このまま押し切られ、盾ごと真っ二つだ。

「……!?」

 その時、轟音が鳴り響いた。
 ディオネの力がふっと抜け、盾に掛かっていた力が消える。

「うおおおお!?」

 フォボスも、突然盾を持つ力が無くなり驚く。勢いそのまま、フォボスは地面を一回転しながら体勢を立て直す。
 これはどういうことだとディオネを見ると、盾の下で気絶し倒れていた。
 そして、フォボスは魔力が流れ出ていないことに気が付く。解魔の剣の呪いが解けている。

 六色の光線が、空に駆けていく。それが、ディオネが意識を失う前に見た光景だった。
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