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8話  ずっと傍にいたい

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毒が流れ込んできたら、こんな感覚なんだろうか。

それほど、5014番の魔力は凄まじいものだった。悪魔が宿っている力。それを、ただの少年の身で吸い取っているのだから、正気でいられるわけがない。


「魔力が、吸い取られ……ちょ、ちょっと、5025番!!」
「ケホッ、ケホッ……!うっ、あ……!」
『ぐわあああああああああっ!!』


血反吐を吐きそうになる。目の前で涙を浮かばせた5014番の顔が見えた。悪魔の咆哮が聞こえる。

肌の下の細胞が焼かれる気分。凄まじい苦痛に苛まれながらも、俺は5014番を抱きしめている腕を離さなかった。


「だ、ダメ!!離れて、早く!」
「ははっ、それは……くはッ!いや、だね……!」
「なんで……!」


友達の顔が驚愕に滲んでいく。そして、それと同時に―――彼女の上に漂っていた悪魔の影が、徐々に縮んでいくのが感じられた。


『どう、して……!貴様、貴様はまさか、予言の―――!』
「うるせぇ、早く吸い取られやがれ……!」
『ぐ、ぐぁああああああ!?!?』


徐々に力だけじゃなく、魂みたいなものが紛れ込んでくるのが感じられた。

黒い力は体の中で塊になって、心臓に溶けて行く。ついに黒い血を吐いたけど、5014番を抱きしめている腕にどうにか力を入れて、苦痛に耐えた。


『貴様、覚えておけ……!!必ず貴様の体を乗っ取り、死んだ後も永遠に呪いの中で彷徨わせてあげ―――ぐ、ぐぁあああああ!!!!』


そして、もう一度血を吐いた次の瞬間。

まがまがしい霧と魔力は一瞬で消え―――50人以上もいた収容所の部屋には、俺と5014番だけ取り残される。


「……あ、ぁ」
「くはっ、けほっ……ははっ、バ~カ……俺には精神攻撃が効かないんだよ。覇王のなんちゃらってヤツのおかげでな」


まだまだ、体中に違和感が溢れている。だけど、耐えられないほどじゃなくて、悪魔の魔力が素早く体に滲むことが感じられた。

これも、あの【境界に立つ者】のスキルのおかげか……【覇王の格】といい、まさに小説で見るようなチート能力だな思ってしまう。


「……5025番?」
「ああ、どうしたの?」
「……あなたの左の目が、赤くなってる」
「は?」


びっくりした俺は、自分の姿を確認するために周りに目を向ける。

しかし、鏡などがあるはずもなく、俺は苦笑を浮かべながら肩をすくめて見せた。


「まあ、悪魔の影響かもしれないね。君の目も赤くなってるし。髪も白いし……」


……うん、やっぱり涙の魔女か。5014番は、俺がプレイしたこのゲームのラスボスなのだ。

ちょっと複雑な気分になる。ゲーム内であんなに苦戦していたラスボスが目の前にいて――そして、そのラスボスはただの、女の子だったから。


「………なんで?」
「うん?」
「なんで……?なんで私を助けたの?」


珍しく5014番の声が震えた。表情が薄い彼女が、ここまで直接的な感情を向けてくるのはほとんど初めてかもしれない。

俺は、目の前の少女を見ながら思う。

この子はゲームのラスボスで、人類の敵。悪魔が宿っている存在で―――歩く時限爆弾と言っても、過言ではない子だ。

……でも。


「………そう、だね」


1週間、一緒に過ごしたからこそ分かったことだけど、この子はちゃんと人間だった。それも、けっこう優しい部類に入る人間。

生まれつきの呪いと周りの無視が彼女を枯れさせていただけで、彼女は……ただ普通の女の子だった。だから、彼女を助けたのだ。

もちろん、助けた理由には彼女をラスボスとして覚醒させないために、という計算もあった。彼女が涙の魔女として覚醒したら、数百万人が死ぬから。

だけど、一番の理由は―――


「君がいい子だってこと、ちゃんと分かってるからかな」


単純に、この子が敵として扱われるのが嫌だったから。

この子が、すべての人々に憎悪される存在になるのが、ちょっと耐えられなかったから。それだけのことだった。

道を踏み外していなかったら、誰かに愛されていたなら―――この子はもっと、幸せに生きることができたはずだから。

そして、俺の話を聞いた5014番は。


「……………」
「えっ?ちょ、ちょっ……!?なんで泣いてるの!?俺、なんか言い間違えた!?」
「いや、違う……違う。違う……」


その赤い瞳から、急にまたぽつぽつと涙を流し始めた。

見られるのが恥ずかしいのか、彼女は両手で顔を隠しながら首を振るだけ。俺は慌てながらも、彼女が泣き止むまで待ってあげる。

そして、やや目元を腫らした少女は言う。


「いい子って呼ばれるの、初めてだったから」
「…………そっ、か」
「うん。私をそんな風に言ってくれたのは、あなたが初めて」
「……いい子だよ。5014番は」


彼女の過去もある程度は聞いたから、ようやく話が見えてくる。彼女は一生、誰かに褒めてもらえなかったんだろう。

……だったら、せめて俺でもちゃんと言ってあげなくちゃ。

俺は、この子の友達だから。


「……違う」
「え?」


だけど、その時に5014番は首を振りながら、再び俺を見上げる。


「5014番は、私の名前じゃない。あれは、ここの人間たちが勝手につけた管理番号」
「そう……だよね。でも、君は君の名前を知らないんじゃ―――」
「だから、あなたがつけて」


その唐突な提案に、自然と目が見開かれる。

俺が、この子の名前を……?ラスボスだった子の、名前を?


「いや、俺でいいの?大事な自分の名前だから、自分でしっかり考えてもいいんじゃない?」
「私にとって、あなたより大事なものなんてない」
「……………………………………………うん?」
「だから、あなたがつけて。それが私にとっての、一番のご褒美」


……今、しれっととんでもない発言が聞こえた気がするけど?

いや、でもこんなに頑固になっているから仕方ないか。それに、こんな場面で断るのもあれだろう。

俺はしばらく考えた後に、指を弾いてから言った。


「そうだ。ニア、はどうかな?」
「……………ニア?」
「うん。誰かの傍にっていう意味なんだ」
「……誰かの傍に」


ずっと周りから避けられてきた子だから。

愛されてもらえなかったから。励まされてもらえなかったから……これからはもっと、色々な人々に支えてもらえる子になれたらなと思って、考えついた名前だった。

まあ、単純に英語でパッと思い浮かんだ名前でもあるけど。


「……うん。じゃ、今日から私はニアになる」
「あはっ、気に入ってくれたんだ?ありがとう」
「ううん、嬉しい」


でも、ニアは割と俺の作名センスを気に入ってくれたらしく、頬を染めて淡い笑みを浮かべる。

思ってた以上にずっと綺麗だから、急にドキッとしてしまった。薄々思ってたんだけど、やっぱりこの子可愛いよね……。


「私はニア。じゃ、あなたの名前は?」
「え?」
「あなたの本当の名前、知りたい。もう意地悪はなし」
「え……?あ、あ~~~なるほど、そっか……」


ニアの言葉を聞いてようやく気付く。そういえば、俺もこの世界での自分の名前なんか知らないんだよね。

ゲームに転生したのに、この子がどんなキャラなのかも分からないし……それでも、答えなきゃいけないから。

仕方なく、俺は前世のキャラ名をそのまま使うことにした。


「じゃ、カイでいいっか」
「……カ、イ?」
「うん。俺のことはカイって呼んでくれる?」
「……うん。分かった」


ニアは嬉しそうに口元を綻ばせながら、何度も小さく俺の名前を呼ぶ。カイ、カイっと。


「カイ……カイ、カイ」
「どうしてそこまで呼ぶのかな……?まあ、とりあえずここから脱出しようか!また誰か来ちゃうかもしれないし」


そうやって立ち上がろうとしたところで、ニアの手が俺の上着の布を掴む。

首を傾げながら目を向けると、さっきより顔を染めたニアが俺をジッと見上げていた。


「カイ」
「うん、どうしたの?」
「私、かけで負けた」
「かけ……?あ、ああっ!?」


そうだ、かけをしたんだった!ついこの前、ニアを脱出させたくて勢いで言っちゃって……!

そして、その内容を全部覚えているっぽいニアは。


「だから、私はこの先、あなたのために生きる」
「……ぇ?え!?」
「私は、あなたのために生きる」


至極当然のように言葉を重ねながら、初めて―――満面の笑みを、湛えてくれた。


「私は、ずっとあなたの傍にいたい」
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