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28話 芽生えた願望
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何かがおかしい。こんなはずじゃなかった。
どうして、目の前にはクロエが立っていて、自分の手首からは血が流れているんだろう。ナイフで突き刺したのは他ならぬ、カイの手首のはずなのに?
――――そこで、指を鳴らす音が響き渡った。パチン、と。
「くっ……あはっ、あははははっ!!」
ゲベルスは狂気じみた笑い声を上げながらも、この状況に屈したりはしなかった。
手首の痛みでつい跪いてしまった体を立たせてから、彼はクロエを睨む。
『落ち着け………常識的に考えて、俺の手首が刺されるのはありえない。つまり、これはヤツによる精神操作―――幻覚だ。ならきっと、目の前のゴミもただの幻覚に違いない』
「――あなたが殺したんでしょ?」
頭の中で必死に情報を整理していたところで、ふとクロエの声が刺さる。
ゲベルスは口角を上げてから、彼女の質問に応対した。
「殺した……?誰のことでしょう、ふふっ」
「3278番、覚えてる?長い銀髪をした女の子」
「ううん……?分かりませんね。大体、あなたは今まで捨ててきたゴミを一々覚えてますか?」
その嘲笑を飛ばすと同時に。
遠く離れていたクロエが、急にゲベルスの目の前に迫ってナイフを向けてきた。瞬く間に行われた動作に、ゲベルスの背筋が震える。
「覚えて、ないんだね」
「……ほ、ほお、これはずいぶんとお早いことで」
「私はさ、ゲベルス」
憤怒と執着に満ちた目をしながらも、クロエは淡々と言葉を発して行った。
「ずっと、あなたの存在を探し回っていたの。親友の復讐をするために」
「ふうん、よくは分かりませんが、どうやら復讐の対象は間違ってないようですね。だって、最終的に実験を執り行ったのは私ですので」
「ふふふふっ」
そこで、クロエは急に笑い声を上げながら言う。
「私がこの時をどれだけ……どれだけ待ち望んでたか、あなたに分かるっていうの?あなたのその忌々しい顔、体、すべて切り刻んでズタズタにしたくてしたくて、毎晩訓練しながら血涙を流したんだからね?」
「あははははっ!!勇者パーティーに属する人とは思えない発言ですね!」
「それは、あなたが悪魔だからでしょ?」
言い捨てた後、クロエの目はカイに向われる。
カイの四肢を括りつけていた鎖は、まるで最初から存在しなかったかのように消えていた。
後ろのベッドで横たわっていたニアも起き上がって、両目を隠していた包帯を解く。
鋭くて強烈な赤い瞳が光る。ゲベルスが緊張による生唾を飲んだ時、クロエの声が鳴り響いた。
「カイ、殺していいんだよね?」
「―――うん、この復讐は君のものだから」
「……きゃはっ、きゃははははっ!!ここは幻覚で作られた空間!!まさかそういった小細工が、私に通じるとでも思ったんですか!?」
「違う。これは幻覚なんかじゃない」
真っ先に声を上げたのは、今までずっと沈黙していたニアだった。
「これは現実。あなたは、窮地に追い込まれている今の状況を幻覚だと受け取りたいだけ」
「………………ふざけるな!!!!!そんな、そんな戯言を私が信じるとでも!?じゃ、貴様らの体を束縛していた鎖はどこに行った!どこに行ったんだ!!!」
「よくほざくわね、人間以下のゴミが」
真冬の暴風よりも冷たい声を発しながら、クロエはもう一本のナイフを取り出す。
その瞳に宿っているのは復讐者としての激情であり、暗殺者としての冷酷さだった。
「精一杯、生き残ってみなよ。クズ」
「くふっ……きゃははははっ!!」
その瞬間、漂っていた空気の色がいっきに黒くなって、ゲベルスの元に吸い寄せられる。
風が暴れ狂った後、クロエの前に現れたのは――全身が真っ黒な筋肉に覆われた、オークのような醜い化け物だった。
「ああ~~こんな姿まで見せたくはなかったんですけどね」
「………っ!」
次に目にした光景に、クロエは思わず驚愕してしまう。
筋肉の節々に、人間の顔らしきものが埋め込まれているのだ。
苦痛の中で死んでいった亡者の顔。この国の陰謀によって犠牲された、無実の人たちの残骸。
「ははっ、この体の中にたぶん、あなたの親友というやらがいるかもしれませんね?」
「――――っ!!」
「クロエ!」
理性の糸がぶち切られて、何も考えずに突き込みそうになる。
だけど、その瞬間に響いたカイの声を聞いて、クロエは一瞬で平静を取り戻した。
彼女も分かっているのだ。戦闘においての感情は、死に繋がる一本道だということを。
「…………」
「…………」
無言のまま、カイとクロエはお互いを見つめ合う。
3人が再び集まっていた夜、クロエの頭の中には彼の言葉が思い返されていた。
『戦闘する時は、私一人で戦えと?』
『うん。この復讐は君のものだから』
『……そう、ありがとう』
『もしかして、緊張してる?』
真夜中の宿。悪魔がいるとは思えない貧弱な小部屋で、カイはクロエに優しく語り掛けていた。
もちろん、隣でぶうと頬を膨らませているニアの顔を、両手で包みながら。
『ははっ、まあ……緊張はするかもね。もし、あなたの言う通り本当にゲベルスが相手だとしたら、勝ち目があるように見えないもん。あの人、この国の皇太子からもっとも信頼されている部下だし、戦闘能力も高いと言うし』
『………』
カイはあの時、答えられなかった。実際の事実がそうだからだ。
クロエは暗殺者で、元々正面で相手とやり合うことが得意ではない。だからこそ、彼女はゲベルスに負けて精神を操られて、勇者の敵として死んだのだ。
だけど、カイには確信があった。
『いや、勝ち目ならあるよ、クロエ』
『……え?』
『俺が全部、教えてあげる。あいつのことを、全部』
―――クロエのポテンシャルはすさまじい。
彼女は自分よりずっと歳の多いブリエンよりも戦闘に長けていて、ろくな師匠もない状態でトップクラスの暗殺者になった天才だ。
カイはその事実をすべて知っているから、判断ができるのだ。自分がゲベルスの攻撃パターンや弱点を教えてあげたら、絶対に勝つはずだと。
『……どうして?』
『うん?』
でも、そんなに確信に満ちているカイを見て、クロエは逆に怪訝そうな反応をしていた。
『どうしてそこまでしてくれるの?私たち、この間会ったばかりなんでしょ?あなた、私のことちょっと気にしすぎじゃない……?どちらかというと、私はあなたの敵なんだよ?』
『え………?あはっ、あははははっ!!』
『……なんで笑うの』
『いやいや、前にも説明したじゃん』
――それからカイが見せてくれた笑顔を、クロエは一生忘れないだろう。
『君に生きて欲しいし、君が幸せになって欲しいから。助ける理由って本当に、ただそれだけだよ?』
『………………』
それは、亡くなった親友によく似た温もりで、輝かしいほど純粋な優しさだったから。
もちろん、その後にニアの視線が殺気立っていたけど、カイはニアをぎゅっと抱きしめながらなんとか言葉を紡いでいた。
『カイ、もはや私の目の前で堂々と二股かけている』
『と、ということで!!今からゲベルスのことは全部教えてあげるから!!』
『………ふふっ、ふっ』
その時、何故だか分からないけど、クロエの顔には少し赤みが差していた。
だからこそ、クロエは決意する。あの時に芽生えた願望を実らせようとする。
いつか、カイにちゃんとした恩返しをしたいという願いがまた、彼女を動かせる大事な原動力になったから。
負けられない。絶対に、負けられない。
「―――さぁ、来てください。ゴミ」
「………そうね」
目の前にいる醜い怪物は、カイが説明したのと全く同じ姿をしている。
クロエは口の端を吊り上げてから、自信に満ちた声で言った。
「一つ言っておくけどね、ゲベルス」
「………はい?」
「あなたは、私に勝てないよ」
カイをチラッと見た後、クロエは言葉を続けた。
「生きる理由を見つけ出した女の子は、割と強いからね」
どうして、目の前にはクロエが立っていて、自分の手首からは血が流れているんだろう。ナイフで突き刺したのは他ならぬ、カイの手首のはずなのに?
――――そこで、指を鳴らす音が響き渡った。パチン、と。
「くっ……あはっ、あははははっ!!」
ゲベルスは狂気じみた笑い声を上げながらも、この状況に屈したりはしなかった。
手首の痛みでつい跪いてしまった体を立たせてから、彼はクロエを睨む。
『落ち着け………常識的に考えて、俺の手首が刺されるのはありえない。つまり、これはヤツによる精神操作―――幻覚だ。ならきっと、目の前のゴミもただの幻覚に違いない』
「――あなたが殺したんでしょ?」
頭の中で必死に情報を整理していたところで、ふとクロエの声が刺さる。
ゲベルスは口角を上げてから、彼女の質問に応対した。
「殺した……?誰のことでしょう、ふふっ」
「3278番、覚えてる?長い銀髪をした女の子」
「ううん……?分かりませんね。大体、あなたは今まで捨ててきたゴミを一々覚えてますか?」
その嘲笑を飛ばすと同時に。
遠く離れていたクロエが、急にゲベルスの目の前に迫ってナイフを向けてきた。瞬く間に行われた動作に、ゲベルスの背筋が震える。
「覚えて、ないんだね」
「……ほ、ほお、これはずいぶんとお早いことで」
「私はさ、ゲベルス」
憤怒と執着に満ちた目をしながらも、クロエは淡々と言葉を発して行った。
「ずっと、あなたの存在を探し回っていたの。親友の復讐をするために」
「ふうん、よくは分かりませんが、どうやら復讐の対象は間違ってないようですね。だって、最終的に実験を執り行ったのは私ですので」
「ふふふふっ」
そこで、クロエは急に笑い声を上げながら言う。
「私がこの時をどれだけ……どれだけ待ち望んでたか、あなたに分かるっていうの?あなたのその忌々しい顔、体、すべて切り刻んでズタズタにしたくてしたくて、毎晩訓練しながら血涙を流したんだからね?」
「あははははっ!!勇者パーティーに属する人とは思えない発言ですね!」
「それは、あなたが悪魔だからでしょ?」
言い捨てた後、クロエの目はカイに向われる。
カイの四肢を括りつけていた鎖は、まるで最初から存在しなかったかのように消えていた。
後ろのベッドで横たわっていたニアも起き上がって、両目を隠していた包帯を解く。
鋭くて強烈な赤い瞳が光る。ゲベルスが緊張による生唾を飲んだ時、クロエの声が鳴り響いた。
「カイ、殺していいんだよね?」
「―――うん、この復讐は君のものだから」
「……きゃはっ、きゃははははっ!!ここは幻覚で作られた空間!!まさかそういった小細工が、私に通じるとでも思ったんですか!?」
「違う。これは幻覚なんかじゃない」
真っ先に声を上げたのは、今までずっと沈黙していたニアだった。
「これは現実。あなたは、窮地に追い込まれている今の状況を幻覚だと受け取りたいだけ」
「………………ふざけるな!!!!!そんな、そんな戯言を私が信じるとでも!?じゃ、貴様らの体を束縛していた鎖はどこに行った!どこに行ったんだ!!!」
「よくほざくわね、人間以下のゴミが」
真冬の暴風よりも冷たい声を発しながら、クロエはもう一本のナイフを取り出す。
その瞳に宿っているのは復讐者としての激情であり、暗殺者としての冷酷さだった。
「精一杯、生き残ってみなよ。クズ」
「くふっ……きゃははははっ!!」
その瞬間、漂っていた空気の色がいっきに黒くなって、ゲベルスの元に吸い寄せられる。
風が暴れ狂った後、クロエの前に現れたのは――全身が真っ黒な筋肉に覆われた、オークのような醜い化け物だった。
「ああ~~こんな姿まで見せたくはなかったんですけどね」
「………っ!」
次に目にした光景に、クロエは思わず驚愕してしまう。
筋肉の節々に、人間の顔らしきものが埋め込まれているのだ。
苦痛の中で死んでいった亡者の顔。この国の陰謀によって犠牲された、無実の人たちの残骸。
「ははっ、この体の中にたぶん、あなたの親友というやらがいるかもしれませんね?」
「――――っ!!」
「クロエ!」
理性の糸がぶち切られて、何も考えずに突き込みそうになる。
だけど、その瞬間に響いたカイの声を聞いて、クロエは一瞬で平静を取り戻した。
彼女も分かっているのだ。戦闘においての感情は、死に繋がる一本道だということを。
「…………」
「…………」
無言のまま、カイとクロエはお互いを見つめ合う。
3人が再び集まっていた夜、クロエの頭の中には彼の言葉が思い返されていた。
『戦闘する時は、私一人で戦えと?』
『うん。この復讐は君のものだから』
『……そう、ありがとう』
『もしかして、緊張してる?』
真夜中の宿。悪魔がいるとは思えない貧弱な小部屋で、カイはクロエに優しく語り掛けていた。
もちろん、隣でぶうと頬を膨らませているニアの顔を、両手で包みながら。
『ははっ、まあ……緊張はするかもね。もし、あなたの言う通り本当にゲベルスが相手だとしたら、勝ち目があるように見えないもん。あの人、この国の皇太子からもっとも信頼されている部下だし、戦闘能力も高いと言うし』
『………』
カイはあの時、答えられなかった。実際の事実がそうだからだ。
クロエは暗殺者で、元々正面で相手とやり合うことが得意ではない。だからこそ、彼女はゲベルスに負けて精神を操られて、勇者の敵として死んだのだ。
だけど、カイには確信があった。
『いや、勝ち目ならあるよ、クロエ』
『……え?』
『俺が全部、教えてあげる。あいつのことを、全部』
―――クロエのポテンシャルはすさまじい。
彼女は自分よりずっと歳の多いブリエンよりも戦闘に長けていて、ろくな師匠もない状態でトップクラスの暗殺者になった天才だ。
カイはその事実をすべて知っているから、判断ができるのだ。自分がゲベルスの攻撃パターンや弱点を教えてあげたら、絶対に勝つはずだと。
『……どうして?』
『うん?』
でも、そんなに確信に満ちているカイを見て、クロエは逆に怪訝そうな反応をしていた。
『どうしてそこまでしてくれるの?私たち、この間会ったばかりなんでしょ?あなた、私のことちょっと気にしすぎじゃない……?どちらかというと、私はあなたの敵なんだよ?』
『え………?あはっ、あははははっ!!』
『……なんで笑うの』
『いやいや、前にも説明したじゃん』
――それからカイが見せてくれた笑顔を、クロエは一生忘れないだろう。
『君に生きて欲しいし、君が幸せになって欲しいから。助ける理由って本当に、ただそれだけだよ?』
『………………』
それは、亡くなった親友によく似た温もりで、輝かしいほど純粋な優しさだったから。
もちろん、その後にニアの視線が殺気立っていたけど、カイはニアをぎゅっと抱きしめながらなんとか言葉を紡いでいた。
『カイ、もはや私の目の前で堂々と二股かけている』
『と、ということで!!今からゲベルスのことは全部教えてあげるから!!』
『………ふふっ、ふっ』
その時、何故だか分からないけど、クロエの顔には少し赤みが差していた。
だからこそ、クロエは決意する。あの時に芽生えた願望を実らせようとする。
いつか、カイにちゃんとした恩返しをしたいという願いがまた、彼女を動かせる大事な原動力になったから。
負けられない。絶対に、負けられない。
「―――さぁ、来てください。ゴミ」
「………そうね」
目の前にいる醜い怪物は、カイが説明したのと全く同じ姿をしている。
クロエは口の端を吊り上げてから、自信に満ちた声で言った。
「一つ言っておくけどね、ゲベルス」
「………はい?」
「あなたは、私に勝てないよ」
カイをチラッと見た後、クロエは言葉を続けた。
「生きる理由を見つけ出した女の子は、割と強いからね」
応援ありがとうございます!
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