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36話 温もりが広がる夜
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「元いた世界ではまあ……よくある話だよ。出来のいい長男にだけ愛が注がれて、トラブルメーカーの次男はお構いなしってね」
俺は裕福な家庭で育てられ、小さい頃から親の期待に沿うことを求められた。だから、自分なりにたくさん努力を積んで頑張っていたと思う。
だけど、俺の兄はいわゆるなんでもできちゃう天才で、親の関心はいつの間にかその兄にだけ向かれるようになった。
兄弟仲は悪くなかった。だけど、俺たちの間には当然のように溝があって、その溝を埋める方法を俺たちは知らなかった。
自然と俺は枯れて行ったし、親は段々と俺になんの興味も持たなくなった。
会社を運営していた父は、俺が高校生になる前から既に兄を後継者として決めつけていて。
そうやって精神的に追い込まれる日々の中で、事件が起きた。
「学校って言えば分かるかな?まあ、この世界の魔法学院みたいな感じの施設があるんだけど、そこでちょっと……色々あってね」
すごく単純な話だ。
みんなからいじめられている子をかばったら、いつの間にかグルでいじめられるようになっただけ。
そして、その理不尽さに耐えきれなかった俺が何人かと喧嘩をして、親が呼ばれて…………その後にはもう、家でいない者扱いをされるようになったのだ。
家では恥さらしだと言われながら、学校では陰口を叩かれるようになって。
教科書はいつも濡れていて、家に帰ったら部屋に閉じ込められて、家族と一緒に食事することすら許してもらえなかった。
俺の居場所なんて、どこにも存在しなかったのだ。
自然とすべてが嫌になって、部屋に閉じこもってもう死んじおうかなと思った時に―――俺は、この世界を知るようになった。
「まあ、だから元いた世界に戻るつもりはないよ。俺にとっては、この世界こそが現実みたいなもんだから」
俺が知っているアレは、家族なんかじゃない。
この世界に実験体として転生して色々な苦労をしたけど、それでもやっぱり帰りたいとは思えなかった。
俺の居場所はここだし、もしこの世界がなかったら―――俺は間違いなく、自殺したはずだから。
「……だから、いっぱいゲームしてランカーになったんだね?」
「そうだよ。というか、やることがゲームしかなかったからね。俺の親は世間体を気にする人種だから学校は強制的に行かされたけど、勉強はほとんどしてなかったし」
「……そっか」
俺の話を全部聞き終えたクロエは、翳りが差した顔で少し俯く。
ニアは何も言わず、俺の手をもっとぎゅっと握ってくるだけだった。
隣にいると伝えるみたいに。俺がつけてくれた名前通り、君の近くで生きて行くと誓うみたいに。
「だから、帝国を滅ぼしたいってことか」
「そうだね。単純に気持ち悪いし、後半にはこの国のシナリオのせいでゲームがめちゃくちゃになるから」
「あはっ、まさかそんな理由だとは思わなかった。まあ、でも……」
クロエは後ろに両手をついて、ジッと俺を見つめてくる。
焚火に照らされたその綺麗な顔には、ちゃんとした笑みが浮かんでいた。
「いいじゃん。どんな理由でも、別に」
「……クロエ」
「じゃ、あなたは元いた世界では友達がいなかったってことよね?」
「………………………急に痛いとこつくのやめてくれない!?」
「あははっ!!ごめん、ごめん。傷をえぐるつもりはないんだよ?ただ……私はあなたと友達になっても全然いいって、伝えたかっただけ」
「えっ」
「私も友達いないもん。カルツはあんなだし、ブリエンとアルウィンは友達っていうより、仲間に近かったし」
クロエは苦笑交じりにそう言いながら、手を差し伸べてきた。
「だからさ、カイ。友達になろうよ。私、あなたならなんとなく信頼できそうだし」
「………クロ、エ」
「うん、なに?」
「助けてぇえ……て、手が。手がぁあ!!!!!」
そして、友達になろうって言われたとたんに、ニアは俺と繋いでいる手に力を加えてきた。
全く加減なしの、魔力までたっぷり込めた握力にポキポキッと、鳴ってはいけない音が右手から鳴り出す。
耐えられなくて身をよじったら、ニアはジト目でクロエを見つめながら言った。
「カイの初めての友達は、私」
「……ぁ、う、うん!!私は別に、ニアのこと無視してたわけじゃなくて!!」
「カイの初めては私。私の初めてはカイ。これ、絶対に変わらない事実」
「分かった!!分かったからこの手を離してくれぇえ!!ニアぁあ!!」
「……カイは、いつも私の目の前で浮気をする」
ぶうと頬を膨らませながらも、ニアは俺の手を離して仕方ないとばかりに息をつく。
本当に、アルウィンから治癒魔法を奪わなかったらどんなことになっていたのやら……。
俺が涙を流しながら自分の右手に治癒魔法をかけていると、クロエは噴き出しながらも言ってくる。
「でも、友達だったの?私はてっきり、その……二人とも、そういう仲だと思ってたのに」
「……………………」
「え?そういう仲って……あ、いや!!俺とニアは、その……!!」
「……正解。私とカイは友達でありながらも、そういう仲」
「いやいや、普通に友達だよね!?もちろん普通の友達よりはもっと大事だけど、恋人とかじゃな――――――――くはないかも~~うん。なくはないかも、あはははっ!!」
ものすごい殺気を向けられたので、俺は生き延びるために必死にウソをつくしかなかった。くっそ……このラスボスめ!!
「クロエは、カイの浮気相手だけどいい人」
「いやいや、私は別にカイのことなんとも……………なんとも、うん。思ってない、し………」
「……やっぱり浮気相手」
「そ、その話はもういいじゃん!とにかく、ニアもカイも私を助けてくれてありがとう!!もう何度も感謝したけど、これだけはもう一度言いたかった!」
「……ふふっ。やっぱりいい人」
珍しくニアは微笑みながら、俺の隣で立ち上がった。
そのままクロエのところまで行って、ニアはしゃがみながらも手を差し伸べる。
「私にはカイがいるけど、カイ以外の友達はいない」
「えっ……」
「だから、私からのお願い。友達になって欲しい」
「…………………………………………」
急な誘いに驚いたのか、クロエはしばらく固まったまま動かなかった。それは俺も同じで、まさかあのニアからあんな言葉が出てくるとは思わなかった。
クロエはしばらくニアの手を見つめたまま、ぽつりと声を洩らす。
「いいの?本当に?」
「……実はちょっと複雑だけど、いい」
「ぷふっ、分かってる。カイを奪ったりはしないから……たぶん」
「……やっぱり浮気相手」
「あははっ!!でも、私がニアに勝てるわけないし」
なんだか意味の分からない会話をしながら、クロエはしばらくした後にゆっくりと、ニアの手を握り返す。
女の子同士の握手が行われ、二人の顔にある温もりが徐々に空気に滲んで行く。
「よろしく、ニア」
「……うん。クロエは、私の友達」
「ふふっ、嬉しい」
素直な感想を口にしながら、クロエは治療を終えた俺に目を向けた。
「カイ。私、頼みがあるんだけど」
「うん、なに?」
「私、どうしてもあなたたちの仲間になりたい」
想像以上に強い意志を宿しながら、クロエは言い続ける。
「もちろん、あなたたちって影だし……帝国の敵だし、悪魔だし、色々リスク高いとは思うけど」
「いやいや、そう聞くと俺たちがめっちゃ悪いみたいじゃん……」
「実際にも悪く見えてるからね?でも、私を助けてくれた恩を返したいし、なにより私が……私が、君たちと一緒に行動したいの」
「……クロエ」
「足手まといにはならないと思うよ。あ、もちろん君たちの力に比べたらなんてことないけど、最善を尽くすつもりではいるから……だから、お願い」
焚火の明かりが舞っている洞窟の中。
惨事が起きたとは思えない、綺麗な星空の下で。
「私を、君たちの仲間にしてくれないかな」
クロエはもう一度、俺に手を差し伸べてきた。
「おまけに、君の友達にもなりたいかも」
「…………………」
……ある程度、初めから計画していることだった。本来死ぬ予定だったクロエを助けて、仲間入りさせる。
何度も頭の中でシミュレーションを回したし、実際にその通りになったから……当たり前のように感じられても、おかしくないのに。
「……………そっ、か」
俺の心の奥からは、たまらない嬉しさと安堵が湧き上がっていた。
自然と手が動いて、俺の手がクロエの手に重なる。力を込めて何度か手を振ったら、クロエの顔に幸せの笑みが咲く。
「……じゃ、仲間兼友達で、よろしく」
「ふふっ、うん。よろしくね、カイ」
「ああ、これからもよろしくな、クロエ」
暖かさが広がる魔法の夜。
俺は、この世界で二人目の友達を作ることができた。
俺は裕福な家庭で育てられ、小さい頃から親の期待に沿うことを求められた。だから、自分なりにたくさん努力を積んで頑張っていたと思う。
だけど、俺の兄はいわゆるなんでもできちゃう天才で、親の関心はいつの間にかその兄にだけ向かれるようになった。
兄弟仲は悪くなかった。だけど、俺たちの間には当然のように溝があって、その溝を埋める方法を俺たちは知らなかった。
自然と俺は枯れて行ったし、親は段々と俺になんの興味も持たなくなった。
会社を運営していた父は、俺が高校生になる前から既に兄を後継者として決めつけていて。
そうやって精神的に追い込まれる日々の中で、事件が起きた。
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そして、その理不尽さに耐えきれなかった俺が何人かと喧嘩をして、親が呼ばれて…………その後にはもう、家でいない者扱いをされるようになったのだ。
家では恥さらしだと言われながら、学校では陰口を叩かれるようになって。
教科書はいつも濡れていて、家に帰ったら部屋に閉じ込められて、家族と一緒に食事することすら許してもらえなかった。
俺の居場所なんて、どこにも存在しなかったのだ。
自然とすべてが嫌になって、部屋に閉じこもってもう死んじおうかなと思った時に―――俺は、この世界を知るようになった。
「まあ、だから元いた世界に戻るつもりはないよ。俺にとっては、この世界こそが現実みたいなもんだから」
俺が知っているアレは、家族なんかじゃない。
この世界に実験体として転生して色々な苦労をしたけど、それでもやっぱり帰りたいとは思えなかった。
俺の居場所はここだし、もしこの世界がなかったら―――俺は間違いなく、自殺したはずだから。
「……だから、いっぱいゲームしてランカーになったんだね?」
「そうだよ。というか、やることがゲームしかなかったからね。俺の親は世間体を気にする人種だから学校は強制的に行かされたけど、勉強はほとんどしてなかったし」
「……そっか」
俺の話を全部聞き終えたクロエは、翳りが差した顔で少し俯く。
ニアは何も言わず、俺の手をもっとぎゅっと握ってくるだけだった。
隣にいると伝えるみたいに。俺がつけてくれた名前通り、君の近くで生きて行くと誓うみたいに。
「だから、帝国を滅ぼしたいってことか」
「そうだね。単純に気持ち悪いし、後半にはこの国のシナリオのせいでゲームがめちゃくちゃになるから」
「あはっ、まさかそんな理由だとは思わなかった。まあ、でも……」
クロエは後ろに両手をついて、ジッと俺を見つめてくる。
焚火に照らされたその綺麗な顔には、ちゃんとした笑みが浮かんでいた。
「いいじゃん。どんな理由でも、別に」
「……クロエ」
「じゃ、あなたは元いた世界では友達がいなかったってことよね?」
「………………………急に痛いとこつくのやめてくれない!?」
「あははっ!!ごめん、ごめん。傷をえぐるつもりはないんだよ?ただ……私はあなたと友達になっても全然いいって、伝えたかっただけ」
「えっ」
「私も友達いないもん。カルツはあんなだし、ブリエンとアルウィンは友達っていうより、仲間に近かったし」
クロエは苦笑交じりにそう言いながら、手を差し伸べてきた。
「だからさ、カイ。友達になろうよ。私、あなたならなんとなく信頼できそうだし」
「………クロ、エ」
「うん、なに?」
「助けてぇえ……て、手が。手がぁあ!!!!!」
そして、友達になろうって言われたとたんに、ニアは俺と繋いでいる手に力を加えてきた。
全く加減なしの、魔力までたっぷり込めた握力にポキポキッと、鳴ってはいけない音が右手から鳴り出す。
耐えられなくて身をよじったら、ニアはジト目でクロエを見つめながら言った。
「カイの初めての友達は、私」
「……ぁ、う、うん!!私は別に、ニアのこと無視してたわけじゃなくて!!」
「カイの初めては私。私の初めてはカイ。これ、絶対に変わらない事実」
「分かった!!分かったからこの手を離してくれぇえ!!ニアぁあ!!」
「……カイは、いつも私の目の前で浮気をする」
ぶうと頬を膨らませながらも、ニアは俺の手を離して仕方ないとばかりに息をつく。
本当に、アルウィンから治癒魔法を奪わなかったらどんなことになっていたのやら……。
俺が涙を流しながら自分の右手に治癒魔法をかけていると、クロエは噴き出しながらも言ってくる。
「でも、友達だったの?私はてっきり、その……二人とも、そういう仲だと思ってたのに」
「……………………」
「え?そういう仲って……あ、いや!!俺とニアは、その……!!」
「……正解。私とカイは友達でありながらも、そういう仲」
「いやいや、普通に友達だよね!?もちろん普通の友達よりはもっと大事だけど、恋人とかじゃな――――――――くはないかも~~うん。なくはないかも、あはははっ!!」
ものすごい殺気を向けられたので、俺は生き延びるために必死にウソをつくしかなかった。くっそ……このラスボスめ!!
「クロエは、カイの浮気相手だけどいい人」
「いやいや、私は別にカイのことなんとも……………なんとも、うん。思ってない、し………」
「……やっぱり浮気相手」
「そ、その話はもういいじゃん!とにかく、ニアもカイも私を助けてくれてありがとう!!もう何度も感謝したけど、これだけはもう一度言いたかった!」
「……ふふっ。やっぱりいい人」
珍しくニアは微笑みながら、俺の隣で立ち上がった。
そのままクロエのところまで行って、ニアはしゃがみながらも手を差し伸べる。
「私にはカイがいるけど、カイ以外の友達はいない」
「えっ……」
「だから、私からのお願い。友達になって欲しい」
「…………………………………………」
急な誘いに驚いたのか、クロエはしばらく固まったまま動かなかった。それは俺も同じで、まさかあのニアからあんな言葉が出てくるとは思わなかった。
クロエはしばらくニアの手を見つめたまま、ぽつりと声を洩らす。
「いいの?本当に?」
「……実はちょっと複雑だけど、いい」
「ぷふっ、分かってる。カイを奪ったりはしないから……たぶん」
「……やっぱり浮気相手」
「あははっ!!でも、私がニアに勝てるわけないし」
なんだか意味の分からない会話をしながら、クロエはしばらくした後にゆっくりと、ニアの手を握り返す。
女の子同士の握手が行われ、二人の顔にある温もりが徐々に空気に滲んで行く。
「よろしく、ニア」
「……うん。クロエは、私の友達」
「ふふっ、嬉しい」
素直な感想を口にしながら、クロエは治療を終えた俺に目を向けた。
「カイ。私、頼みがあるんだけど」
「うん、なに?」
「私、どうしてもあなたたちの仲間になりたい」
想像以上に強い意志を宿しながら、クロエは言い続ける。
「もちろん、あなたたちって影だし……帝国の敵だし、悪魔だし、色々リスク高いとは思うけど」
「いやいや、そう聞くと俺たちがめっちゃ悪いみたいじゃん……」
「実際にも悪く見えてるからね?でも、私を助けてくれた恩を返したいし、なにより私が……私が、君たちと一緒に行動したいの」
「……クロエ」
「足手まといにはならないと思うよ。あ、もちろん君たちの力に比べたらなんてことないけど、最善を尽くすつもりではいるから……だから、お願い」
焚火の明かりが舞っている洞窟の中。
惨事が起きたとは思えない、綺麗な星空の下で。
「私を、君たちの仲間にしてくれないかな」
クロエはもう一度、俺に手を差し伸べてきた。
「おまけに、君の友達にもなりたいかも」
「…………………」
……ある程度、初めから計画していることだった。本来死ぬ予定だったクロエを助けて、仲間入りさせる。
何度も頭の中でシミュレーションを回したし、実際にその通りになったから……当たり前のように感じられても、おかしくないのに。
「……………そっ、か」
俺の心の奥からは、たまらない嬉しさと安堵が湧き上がっていた。
自然と手が動いて、俺の手がクロエの手に重なる。力を込めて何度か手を振ったら、クロエの顔に幸せの笑みが咲く。
「……じゃ、仲間兼友達で、よろしく」
「ふふっ、うん。よろしくね、カイ」
「ああ、これからもよろしくな、クロエ」
暖かさが広がる魔法の夜。
俺は、この世界で二人目の友達を作ることができた。
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