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95話 戦争だ
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「ぐぅ、ぐぅうう…………」
どうしてこうなったんだろう。
ぼんやりとした意識の中、皇子は自分の両手を見下ろしながら震える。
視界がぼやけて、口元に力が入らない。もう、まともな思考なんてなに一つ浮かばなくなってしまった。
これこそが、魂を半分も奪われた人間の末路。今の皇子を動かしているのは、醜い執念しかなかった。
「偽悪魔を………偽悪魔を………」
負けたくない。勝ちたい。火の海になった街を眺めながら笑いたい。すべての人間を、自分で操れる世界――そのようなものを望んでいた記憶があった。
自分が支配者になり、すべてを手のひらで転がす愉快な瞬間。
惰弱だった幼い頃の自分とは真逆の、すべての上に立つ未来を想像したのだ。
「ぐる、ぐぁあ………」
しかし、皇子はもはや意識を保つのも精一杯だった。
元々痩せていた体はげっそりして、骨の形が見えるくらいになった。
上手く動けない口元からは絶え間なく唾液が流れていて、息をするのもしんどくなって何度も深呼吸を重ねた。
背中は曲がっていて、顔には生気がなく、自分がいつ眠れたかも覚えていない。彼はもう何日も食事を取っていなかった。
絶え間なく注がれる、マテリアルキューブに溜め込んだ生命力が彼の命をかろうじて繋ぎとめているだけ。
帝国の支配者だった人間は、単なる廃人になっていた。
「皇子様」
しかし、そんな主君の姿を情けないとも思わない、いや思えない狂信者―――精神操作をかけられた騎士団長、ゲーリングは謁見室の中で跪く。
王座に腰かけていながらも、少しも威厳が見つからない無様な皇子。しかし、ゲーリングは未だに彼に忠誠を誓っていた。
無駄に強くなった黒魔法の精神操作は、人間の魂を汚すから。
「名簿にあった貴族たちが全員到着しました。お会いになりますか?」
「……そう、だな」
「はっ、では少々お待ちを」
許可が下りたとたんに、ゲーリングは謁見室を出て一列に並んでいる貴族たちを見る。
公爵、伯爵、侯爵、子爵。
この首都で皇室と繋がりがある貴族たちは全員、ここにいた。赤黒い霧に閉じ込められた、精神が狂う空間に。
「…………」
ゲーリングは、真っ先に立っている公爵に目配せをする。すると、公爵はまるで訓練された兵士のようにキレのよい動きで謁見室の中に入った。
その後に続く他の者たちも一緒だった。貴族特有の傲慢さや偉そうな態度はどこにもなく、彼らは機械的に体を動かす。
魂が食われてしまった者たち。自我が消滅し、単なる人形になってしまった者たちが、整列しながら同時に跪く。
「皇子様の仰せのままに!!」
「仰せのままに!!」
「仰せのままに!!」
彼らの目は一人の例外なく、赤かった。
しかし、中には皮膚が腐ったり、顔面の骸骨《がいこつ》が覗けられる状態の者もいる。ここへ来る前、招集命令に反発した罪で死を賜った者たちだ。
グールと人間が同時に存在するいびつな空間。その中で、皇子は何度も白目を剥いてから言う。
「…………私たちの目的は」
「…………」
「…………」
「私たちの、目的は………」
中々出ない言葉を最後まで振り絞って、彼は口にする。
もはや執念しか残っていない廃人の、無様な悪あがきが轟き渡る。
「偽悪魔―――カイを殺し、すべてを燃やし尽くすことだ」
その後に何度も激しい咳をして、黒い血を吐いた後。
自分の血でぐちゃぐちゃになった手を見ながら、彼はもう一度言う。
「すべての兵力を、かき集めろ」
二日後に、やつらを討つ。
戦争だ。
それだけ言って、皇子はまたもや黒い血を吐く。体が引き裂かれるような苦痛に苛まれながらも、彼の瞳にはかすかな意志が宿っていた。
赤く光るその瞳をさらに見開きながら、皇子はまたもや大きな咳をこぼす。
そして、今まで彼の真横に立っていた怪物―――案内人は、跪いている貴族たちと皇子の姿を見ながら言う。
「そう、そう……頑張ってくれたまえ。運命のからくり人形たちよ」
糸は、俺が裏で引いてあげるからな。
裂けている口元をさらに吊り上げながら、案内人は愉快に笑った。
どうしてこうなったんだろう。
ぼんやりとした意識の中、皇子は自分の両手を見下ろしながら震える。
視界がぼやけて、口元に力が入らない。もう、まともな思考なんてなに一つ浮かばなくなってしまった。
これこそが、魂を半分も奪われた人間の末路。今の皇子を動かしているのは、醜い執念しかなかった。
「偽悪魔を………偽悪魔を………」
負けたくない。勝ちたい。火の海になった街を眺めながら笑いたい。すべての人間を、自分で操れる世界――そのようなものを望んでいた記憶があった。
自分が支配者になり、すべてを手のひらで転がす愉快な瞬間。
惰弱だった幼い頃の自分とは真逆の、すべての上に立つ未来を想像したのだ。
「ぐる、ぐぁあ………」
しかし、皇子はもはや意識を保つのも精一杯だった。
元々痩せていた体はげっそりして、骨の形が見えるくらいになった。
上手く動けない口元からは絶え間なく唾液が流れていて、息をするのもしんどくなって何度も深呼吸を重ねた。
背中は曲がっていて、顔には生気がなく、自分がいつ眠れたかも覚えていない。彼はもう何日も食事を取っていなかった。
絶え間なく注がれる、マテリアルキューブに溜め込んだ生命力が彼の命をかろうじて繋ぎとめているだけ。
帝国の支配者だった人間は、単なる廃人になっていた。
「皇子様」
しかし、そんな主君の姿を情けないとも思わない、いや思えない狂信者―――精神操作をかけられた騎士団長、ゲーリングは謁見室の中で跪く。
王座に腰かけていながらも、少しも威厳が見つからない無様な皇子。しかし、ゲーリングは未だに彼に忠誠を誓っていた。
無駄に強くなった黒魔法の精神操作は、人間の魂を汚すから。
「名簿にあった貴族たちが全員到着しました。お会いになりますか?」
「……そう、だな」
「はっ、では少々お待ちを」
許可が下りたとたんに、ゲーリングは謁見室を出て一列に並んでいる貴族たちを見る。
公爵、伯爵、侯爵、子爵。
この首都で皇室と繋がりがある貴族たちは全員、ここにいた。赤黒い霧に閉じ込められた、精神が狂う空間に。
「…………」
ゲーリングは、真っ先に立っている公爵に目配せをする。すると、公爵はまるで訓練された兵士のようにキレのよい動きで謁見室の中に入った。
その後に続く他の者たちも一緒だった。貴族特有の傲慢さや偉そうな態度はどこにもなく、彼らは機械的に体を動かす。
魂が食われてしまった者たち。自我が消滅し、単なる人形になってしまった者たちが、整列しながら同時に跪く。
「皇子様の仰せのままに!!」
「仰せのままに!!」
「仰せのままに!!」
彼らの目は一人の例外なく、赤かった。
しかし、中には皮膚が腐ったり、顔面の骸骨《がいこつ》が覗けられる状態の者もいる。ここへ来る前、招集命令に反発した罪で死を賜った者たちだ。
グールと人間が同時に存在するいびつな空間。その中で、皇子は何度も白目を剥いてから言う。
「…………私たちの目的は」
「…………」
「…………」
「私たちの、目的は………」
中々出ない言葉を最後まで振り絞って、彼は口にする。
もはや執念しか残っていない廃人の、無様な悪あがきが轟き渡る。
「偽悪魔―――カイを殺し、すべてを燃やし尽くすことだ」
その後に何度も激しい咳をして、黒い血を吐いた後。
自分の血でぐちゃぐちゃになった手を見ながら、彼はもう一度言う。
「すべての兵力を、かき集めろ」
二日後に、やつらを討つ。
戦争だ。
それだけ言って、皇子はまたもや黒い血を吐く。体が引き裂かれるような苦痛に苛まれながらも、彼の瞳にはかすかな意志が宿っていた。
赤く光るその瞳をさらに見開きながら、皇子はまたもや大きな咳をこぼす。
そして、今まで彼の真横に立っていた怪物―――案内人は、跪いている貴族たちと皇子の姿を見ながら言う。
「そう、そう……頑張ってくれたまえ。運命のからくり人形たちよ」
糸は、俺が裏で引いてあげるからな。
裂けている口元をさらに吊り上げながら、案内人は愉快に笑った。
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