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番 編
邂逅
しおりを挟む目を開いた時にはもう知らない場所にいた。
石造りの広い部屋に知らない顔の人たち。
「人間のおなごか!四百年ぶりの聖女が!この魔法陣は女神アフネスの祝福!!誰の番じゃ!?すぐに触れを出せ!!」
お話の中みたいな王冠を被ったおじさんが興奮して叫んでいる。
女神アフネス?聞いたことない。
頭がぼんやりするせいで、夢なのか現実なのかよく分からない気持ちになる。
「その必要はありません。彼女は……私の番です。検めても?」
「ユリウス!お前か!ヴィクトラン家か……勢力的にも均衡が守れるな。良い、疾く検めよ」
ユリウスと呼ばれた銀髪の男の人が私の前に跪き、澄んだブルーの瞳で覗き込む。
頭がぼんやりしていて、どうしたらいいのか分からない。
恐ろしく綺麗な人で、頭に三角の耳がある。髪色と同じシルバーの耳で、ふわふわとしていて本物にしか見えないし、騎士の格好をしていてとてもよく似合っている。
「番の匂いとは……こうも甘い物なのですね……理性が……焼き切れそうだ。失礼、お名前を伺っても?」
「つむぎ……です。玲林 紬」
「紬、私はユリウス•ヴィクトラン。狼の獣人だよ。獣人を見たことは?」
私が首を振ると、にっこり笑って手を取り指先に口付けた。
「怯えないで。大丈夫、私が守るよ。紬、左半身で、何か変わったことはない?」
「左……?」
「そう、君の左半身のどこかにアザが出ているはずなんだ。女神アフネスの祝福を受けているはず」
「あ……?手……?左手が、熱い……」
「見せてもらっても?」
「?はい……」
左手首の内側をおずおずと見せると、そこにはバラの花の形の赤い痣が浮かんでいた。
「既に匂いで確信しておりますが、ヴィクトラン家の象徴華を確認致しました。間違いありません」
ユリウスと名乗った銀髪の男の人は、手首のアザにキスを落とすとふわっと私を抱き上げた。
頭がズキズキして気持ち悪い。
「四百年ぶりの聖女、ヴィクトランの名の下にお守りせよ」
耳鳴りの向こうで声がする。
「御意に。御前失礼します。番を休ませてやりたい」
王冠を被った王様らしい人に一礼するとザワザワとする騒がしい部屋を出た様だったけれど、気を失った私はもう何も分からなかった。
◇◆◇
「起きた?気分はどう?あなた、召喚の儀の後に倒れたのよ?」
起きた場所は医務室のようで、白衣を着た金髪の美しい女性が心配そうに覗き込んでくる。この人も、頭に金色の耳がある。後ろにはふさふさの尻尾。
「っ……はい。もう大丈夫です。ここは?」
「ここは王城の救護室よ。ユリウス様に伝言を送ったから、もうすぐ大慌てで迎えにくるはず。その前に、検査と身だしなみをととのえないとね?」
胸のプレートには国家薬師 レイス•マリージョアと書かれている。
お医者さんなんだろうか。と、ぼんやりしていると、手早く採血を終わらせて、長いストレートの髪をブラシで丁寧にといてくれた。
「綺麗な黒髪ね。私が貴方の主治医になったから、困った事があったらすぐに言ってね紬」
「はい、えっと……」
「レイス・マリージョアよ。こんな仕事をしているけれど一応公爵家の長女なの。よろしくね?」
「はい、レイス様よろしくお願いします」
その後は苦笑してしまう程慌てたユリウス様が転がり込んできて、抱きしめられて、おでこにキスを贈られて、さらわれるかのように王城を後にした。
◇◆◇
王城近くの大きなお屋敷に到着し、西洋風の豪華なお部屋に通されだけれど、やっぱりまだ頭はぼんやりしたままで、怖いとか恐ろしいとか不安だとかを感じる感覚からは遠い気がする。
ありえない現状の只中にいるはずなのに、傍観者の様な気持ちになる。自分を斜め上から見下ろしている様な。
「ごめんね、急に攫ってくるような真似をして。あれ以上他の男たちの目に君を映したくなかったんだ」
「いえ……右も左も分からない私に親切にして下さってありがとうございます。すいません、何だか、ぼんやりしてしまって……」
「加護がかかっているんだよ。異世界からの転移に動揺しない様にね。じきに治るから安心していいよ」
私は召喚されたと言ってた。
獣人なんて地球にいるわけないし、どこか違う世界に強制的に来させられたという事だろう。
「それに君を守るのは当然だよ。君は僕の番なんだよ紬。紬は人間だからわからないかもしれないけれど……僕は番の甘い匂いで冷静でいられない」
「その……番っていうのは……?」
「僕ら獣人にとって唯一無二の伴侶の事だよ」
「ここは獣人の国なんですか?」
「そう。人族は僕らと違って弱いからもう数が少なくて……最近は見ないね」
お仲間はあまりいないのか。
どうせ向こうの世界でも一人だったから変わらないかもしれない。
大学ニ年で両親が自損事故で亡くなって、後期の学費に困窮した。奨学金も考えたけれど、どうせいつか働くならと思い切って退学手続きをした日にこんな事になった。踏んだり蹴ったりだ。
「私はこれからどうなるんですか?」
「私の番としてここでゆっくり生活したらいいよ。聖女としてのお勤めはもっと落ち着いてからにしようね。まずは私との時間が大切だから」
「あ、はい。よろしく、お願いします?聖女?」
またお話の中の単語が出てくる。
私はただの人間で聖女なんてあろうはずもないのに。現に何の力も感じない。
「うん、異界を超えた人間には神より加護が与えられる。先代の聖女達もみんな治癒の力があったよ」
「そんな力は……」
「今はまだ混乱しているだけだよ。文字は分かるかな?言葉は通じているから文字も分かると思うんだけど……契約書にサインをして欲しい。私の番として国に認めてもらおうね?」
契約書?婚姻届などの届けではなく?チラと書面を見ると、文字は違っていたけれど脳内で変換されるのか、読むことができた。
甲乙のついた文章がその書類の重要度を物語っているようだった。文字は読めてもこの国の常識が分からない私がホイホイとサインしていい書類ではないことぐらいは判る。
「あ、文字は、読めなくて……ごめんなさい」
咄嗟に嘘で誤魔化す。
ユリウスさんは綺麗で王子様みたいなイケメンだと思うけれどいきなりよく分からない契約はできないもんね。
「そう……残念だけど急かしたいわけじゃないからゆっくりやろう。まずは名前を書けるようにしないとね?おちついたら、家庭教師をつけてあげよう」
「はい……ありがとうございます」
「まずはゆっくり休もうね。」
◇◆◇
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