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第2章
掛け違い
しおりを挟む「私も下がるから、少し横になりなさい。
スランを控室に呼んであるから安心でしょ?」
「横になるのは嫌いなの、エル、あのピアノは弾いてもいい?」
エルの広い居室の端にアンティークのスタンドピアノが目に入り尋ねる。
「それで休まるのならいいけれど……ちゃんと休むのよ?じゃあまたあとでね?」
「うん、ありがとう」
鍵盤が通常より少ないコンパクトなピアノの丸椅子に、だらしなく三角座りで丸くなる。
アンティークの木の可愛らしいピアノは猫足で、木の香りがする。
ぽーーーん、ぽーーーんと人差し指で同じ音を出す。重厚な鍵盤の透明な音が響いて心地いい。
ピアノの音は雨の音に似ていると思う。
何もかもを優しく洗い流すような。
◇◆◇
「リリあなた、今日はここに泊まっていきなさい。兄様にはスランに伝言を頼んだわ」
「リリさま、私とエルとでお泊まり会を致しましょう、そもそも子爵令嬢と公爵様では家格が釣り合いませんわ。そんなに心配なさる事はないかと」
ラミア様も来て下さって、心配気に覗き込まれた。
「明日、教会で儀式をすることに、なってる、から」
「大丈夫よ。アスラン兄様に送って頂くわ。さっき猊下にも連絡したから聖法衣もそろそろ届くはずよ」
「で、でも、ラミア様がいらっしゃるのにアスラン殿下に送って頂くわけには……」
「あら、私の事を心配してくださっているのね?大丈夫よ、私も同道させて頂いて、グラセンの街をアスランと観光したいのよ?」
「グラセンの、街……?」
エルとラミア様はお互い顔を見合わせている。
「リリ、まさかあなた、グラセンに何ヶ月もいて、一度も街に出た事がないの?」
私がコクンと頷くと、二人ともぎょっとしてまたお互い顔を見合わせた。
「リリさま?先程のお茶会でデートの話題の時様子がおかしかったわよね?もしかしてだけれど、公爵様とデート、された事なかったのかしら?」
言葉にされると胸を抉る。
「婚約前に、一度だけ、王城のドームで、会いました」
「聖都を見学した事はないの?」
「あ、テオ君と、お、お兄さんのアラン君となら、一度だけ……」
「王家はリリの事情を貴方の小さな侍従からも聞いているの。それは知っているわ、兄様とは?」
「な、ないよ?」
「…………兄様から手紙を受け取った事は?」
ふるふると首を振る
「プレゼントは、いただいているのよね?」
「あ、はい、クローゼットの中が勝手に増えている感じで……」
「………………それを着て何処かへ出かけた事は?」
首をふる。
「こ、この前、初めて馬車でお出かけしたのは、教会での魔熱治療の儀式で……その時はおしゃれできると、おも、思ったんだけど……聖法衣を着てくれって言われてしまって」
泣くのを我慢しているせいか、声が震えてしまう。
「じ、次回からはベールもしなきゃいけないから、使い道は、あんまりないかも」
「これは完全に兄様が悪いわね」
「!?違っ!シェイド様は、お忙しいから、だからっ」
違うの……と尻すぼみな声が出る。
シェイド様は悪くない。
「リリ?この国はね、恋人も婚約者も夫婦でさえも男性が女性に愛を乞うのが普通なの。折々でプレゼントにメッセージをつけて贈るのも、デートで女性を楽しませるのも、マナーなのよ?貴族は特によ」
もうここで我慢は限界をこえて、ボロボロと涙が溢れてきてしまう。
エルとラミア様も困惑した様子だったけれど、私を両側から抱きしめて、背中をさすってくれた。
カランと鈴の音が鳴って、エルの侍女が入室し、エルに何やら耳打ちをする。
「リリ?使者じゃなく聖主猊下ご本人がいらっしゃったわ。明日の聖法衣をお持ちくださったの。心配して下さったのね。客間にお通ししてあるから少し会えそう?」
コクンと頷く。
「私たちもいた方がいい?」
「ん、大丈夫。お礼を、いってくるね」
「ええ、扉は開けたままにしておくのよ?」
「ん、分かった」
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