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 結婚から半年が経ち、ベルタの日常生活には穏やかな時が流れていた。

 いや、幸福と言っていい。

 ペルネ公はどんなことでもベルタの味方になってくれたし、気が滅入ったり、自分でも分からないくらいに苛立つ日でも、ペルネ公は根気よくベルタを観察し、あるいは上手く逆撫でしないように流したり、そして絶対に向き合ってほしい時には必ずベルタを孤独にさせることはなかった。

 二人で釣りに行ったこともあった。

 ベルタは釣りなど好きではなかったが、池畔にペルネ公と座り込み、姑の愚痴を言いながら釣り糸を垂れる時間は悪くなかった。
 ペルネ公は自分の母の愚痴をニコニコと聞き、時々大きく共感してくれたりもした。

 森へピクニックへ出かけた時などは、ペルネ公自身が朝早くからキッチンに立ち、給仕たちに混じってベルタの為に特製のランチを作ってくれた。
 これにはさすがに彼の母は苦言を呈したが、

「私の妻が喜んでくれることを私はしたいのです。それが靴磨きなら、私は喜んでそれをしましょう。妻の笑顔に勝るものは何もないのです」

 ペルネ公はあくまで穏やかに、微笑みさえ浮かべ、自分の母に言ったということを、ベルタはのちに給仕の一人から聞いた。

 もっとも、そのペルネ公お手製のランチは、卵焼きは焦げ、肉は生焼けで、砂糖の量を間違えたソースは甘すぎて頭が痛くなるほどではあったが。

 ペルネ公の愛馬である黒毛の名馬にベルタは座った。両膝を揃えて座る彼女を、ペルネ公の巨体は優しく包み、包み込んだ腕で手綱を巧みに操り、二人で森を駆けた。

「ベルタ。貴女は本当に美しい」

「ありがとう」

「このまま、二人してどこかへ行ってしまおうか。デガルダ国を突っ切り、海を越え、はるかはるか・・・」

「どこへ行っても守ってくれる?」

「全身を矢で射抜かれても守るさ」

「死んだら守れないじゃない」

「死ぬもんか。だけどベルタ、私より一日でも長く生きておくれ。私がベルタより一日でも長く生き残ることは耐えられない。死ぬときは私が先だ。これは約束だよ」

「貴方が私を愛し続けてくれるなら守ってあげる」

「じゃあ約束だね」

 黒馬から降り、腐葉土の上の落ち葉のベッドの上で、ふたりは重なり合った。

 小鳥たちがさえずり、樹間から木漏れ日の光の帯が幾重にも降りそそぎ、二人の間に流れる時間を止めた。

 ベルタは初めて人の愛が自分に向けられる幸福を感じていた。

 幼くして母を亡くしていたし、自分に向けられる父の愛はどこか偏執的で、教育的で、独善的で、父の独り善がりの当てつけに思われることが多かった。

 もちろん父親としての愛情を感じることもあったが、いつもそれは大きなものではなく、判で押したような可視範囲の想像内での土臭いまでの具体的な小さな愛情の数々だった。

 ベルタはもっと抽象的で巨大な正体不明の愛情を欲していたのだが、父は父で、母を亡くした我が子への愛を、心の余裕のないままに用意した結果、かえって誠意のない取って付けたような愛情の歴史になってしまったのかもしれない。

 レシカは乳母としてよくやってくれたが、やはり実母の愛情とは一線を画し、彼女は最愛の他人に過ぎなかった。

 
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