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しおりを挟む「あっ!!サイード!!」
エレベーターの方を指差して、僕は大声で嘘を吐いた。
とにかくムスタファから逃げたくて、僕が咄嗟についた嘘は、ムスタファ以外の人の視線も巻き込んで。
一斉にエレベーターのドアに注がれる。
………チーン。
また、タイミングよく。
フロアにエレベーターが到着するもんだから、皆が皆、その扉に視線を集中させた。
い、今だ………!!
僕はゆっくり後退りして、踵を返すと全力で走り出したんだ。
「あ?!アオ?!待てっ!!」
背後からムスタファの慌てた声と、「え!?何?!なんだよ!?」と言うエレベーターから出てきたであろう先輩の声が聞こえて………。
それでも僕は、一切振り向かずに非常階段まで走ると、全力で階段を駆け下りた。
………な、なんで……ムスタファがくるんだよ。
会ったら、ダメなんだ。
目が合っても、ダメなんだよ。
夢と妄想で、ムスタファをオカズにしていた僕の体は、ムスタファを見た瞬間からおかしかったのに………。
疼いて、熱くなって………。
忘れなきゃいけないのに、体は真っ正直に反応して………。
………ドスケベでド淫乱じゃん、僕。
「待て!アオ!!なぜ逃げる!!」
足音が反響する非常階段の頭上から、ムスタファの鋭い声が響いた。
「待て!逃げるな!」って言われたら、馬鹿正直に止まるヤツなんていないだろ、普通。
全力で階段を降りているにも関わらず。
基礎体力と持って生まれた運動神経の差が露呈して、三階分くらいあった僕とムスタファの距離は、あっという間に縮まって。
………あと一階という距離まで、ムスタファが迫っていた。
ここで、捕まるわけには………いかないよ。
だってなんだか勃ってるし、こんなの………ムスタファには見せらんないよぉ。
だって、ヤバいヤツだろ!?これぇ!!
「アオ!!」
ものすごい至近距離でムスタファの声が聞こえたと思ったら。
階段を下る勢いのままひきづられて、一瞬息が止まるくらいの強い勢いで、背中を壁に叩きつけられる。
凄く野性味溢れた荒々しい壁ドンをされて、僕は若干涙目になってしまった。
目の前5センチの距離に、ムスタファの顔がある………。
たまらず、目を瞑って顔を背けた。
「………っ!!」
「アオっ!!」
「………見ないで…」
「アオ!!私を見ろ!!」
「やだぁ………無理ぃ………」
目を瞑って顔を背けた僕の顎を、ムスタファは力強く掴んで目を強制的には合わそうとする。
い…や……だから………僕、ヤバいヤツだから………ダメなんだってば………!!
無理して、ムスタファにサヨナラして。
必死に、ムスタファを忘れようとしたのに。
僕じゃ、ムスタファを幸せにすることはできないのに。
………ここにきて。
ムスタファに刻み込まれた性癖が、爆発するなんて………!!
見つめられてるだけでって感じる。
体が奥から熱を帯びて疼き出す。
触られるだけで下に血が集まって、先走りを伴ってギュンと勃ち上がる。
そのせいで体が震える。
足に力が入らなくて、ガクガクする。
全身が性感帯となった僕は、ムスタファの指が頬に軽く触れただけで、「ひやぁっ!」と、変な声をあげてしまった。
「アオ……君は………」
「だから………だから、やだって……言ったのに………」
「アオ………」
「ムスタファを忘れたことなんて、1日もなかった………。でもそれじゃ………ムスタファは、幸せになれない。………僕じゃ、ムスタファを幸せにはできないんだよ………!!」
ダメだ……。
もう……止まんないよ………。
「せっかく我慢してたのに!!なんで僕の前に現れるんだよ!!なんなんだよ!!」
………僕に構うなよ。
ムスタファは王子様だろ………?
僕のことなんか、単なる暇つぶしだったんだろ?
だったら………これ以上、僕を弄ぶなよ。
苦しめるなよ………。
〝好き〟を、〝愛してる〟を、増幅させるなよ。
「また私は、アオを泣かせてしまった」
「…………」
「でもこれだけは、なんと言おうと譲れない!私は、アオを愛している……!!もう、2度と離すつもりはない!!」
そう言って、ムスタファは僕のスラックスの上から、ギンギンになって過敏になった僕の足の間をそっと掴んだ。
あまりの衝撃に、僕は絶叫しそうになる口を手で覆う。
「こんなに…しているクセに。まだ、私を拒否するというのか?」
あ……この小憎たらしい、笑顔。
僕が拒否できないことを知っている、この笑顔。
思いを隠して、沈めて………ムスタファを愛したらいけないのに………。
僕の意思は、突然目の前に現れた実物のせいで、木っ端微塵に打ち砕かれてしまったんだ。
………ヤバい、ヤツが。
本格的に、ヤバすぎるヤツに昇格した瞬間。
「………だめ、ダメだよ……。ダメなのに……ダメなのに……。好き、なんだよ。………ムスタファが、好きなんだよ」
僕の思いの丈が、オーバーフローしてしまった。
突然現れたムスタファによって。
お姫様抱っこで強制的に早退させられた僕は、そのまま黒塗りのリムジンに乗せられて、要人御用達の高級ホテルに連行された。
「課長に、電話……しなきゃ………」
「心配するな、アオ。今は私のことだけ考えろ」
ムスタファはそう言うと、高級なベッドの上に僕を放り投げる。
距離0ミリで、ムスタファとずっと密着していた僕は、たったそれだけの行為で、感じまくって息が乱れていた。
薬を一服盛られたんじゃないか、ってくらい………僕は凄く、淫乱に仕上がっている。
「この服は、アオには似合わない。………でも、脱がしがいはあるな。アオが、この上なくやらしく見える」
ビジネススーツを一枚一枚剥ぎ取り、シャツのボタンを乱暴に引きちぎって。
ムスタファは、露わになった僕の〝我慢の限界の象徴〟をそっと手でしごいた。
「あ、あぁっ!!」
「触っただけで、イってしまうとは」
あぁ……穴があったら入りたい。
思わず、両腕で顔を隠した。
全身の感覚が鋭くなっているから、もう……。
ムスタファを欲してやまない僕の体は、僅かな衝撃で敏感に反応する。
「だから、ダメだったのに。僕はムスタファに会っちゃ、いけなかったのに………」
「アオ……」
ムスタファは僕の手を掴むと、強引で、それでいて繊細なキスをした。
舌先が触れて、深く絡まって………。
………もう。
ムスタファの沼に、落ちてしまいそうなくらい……気持ちがいい。
「あんま周りくどい言い方をして、それで私から消えたつもりなのか?私を舐めるなよ、アオ。アオが私を拒否しても、私は必ずアオを手に入れる。いいな……?今日は、アオが泣こうが喚こうが、私はおまえを絶対に離さないからな?」
………本望、だよ。
僕が泣こうが喚こうが、絶対に離さないでよ……ムスタファ。
ムスタファの舌が、手が、全身を這う。
その度に体がビクついて、自分でオナって時と比べ物にならないくらい脳を揺さぶって。
ようやく、夢や妄想が現実になったんだって確信した。
ムスタファが僕の太腿に手をかけると、ぐるっと腰を持ち上げて、大事な僕の穴を浅く舐める。
「や……ムスタファ…!!ダメ………汚……いからっ!!」
「………何を、言ってる…!こんなに柔らかくしておいて……!……まさか、日本で……」
「ちが……違うっ!!………ムスタファを、ムスタファじゃなきゃ…………ダメ、だったんだ……」
「………アオ」
「苦しかった……。ムスタファを好きになっちゃいけないのに……体はムスタファを欲していて。ずっと、ずっと………苦しかったんだよ」
………今日だけ、なら。
今日だけなら、ムスタファに思いを伝えても許される……かな?
ムスタファに甘えても………許されるかな……?
「……ムスタファ、好きにして」
「アオ」
「ムスタファ、愛してる……」
「俺もだ、アオ」
体は、素直だ。
ムスタファが僕の中に入ってきて。
記憶に刻まれたムスタファの大きくて熱い感覚が蘇るだけで、また絶頂に達してしまうから。
「あ、んぁっ!」
自ら腰を振っては、ムスタファを求めるようによがって、またイって。
体力が切れそうになっても、理性がぶっ飛んでも。
この現実を現実だって再確認するように。
ムスタファにしがみついては、その褐色の肌にキスをして。
未来とか、周りの軋轢とか、関係ない。
考えたくない。
今日だけは……今だけは……ムスタファを愛して。
ムスタファに愛されたいんだ。
「……もっと、キツくして……。もっと、出して……!!」
「……アオ!!……愛してる、アオ!!」
「先輩、おはようございます!早速なんですけど、超音波機器のプローブの不具合が多くて。変圧器の準備をしてもらっていいですか?」
『かしこまりました。蒼・マリク』
「………先輩」
『いやぁ、かわいい後輩が。まさか、こんなになるとは思わなかったなぁ。まさに〝事実は小説より奇なり〟だよ』
「やめてくださいよ、先輩」
先輩は、相変わらずだ。
僕が困っているのが、三度の飯より好きらしい。
スカイプの先に映る先輩の顔が、心底楽しそうだ。
それもそうで。
先輩が僕をそんな風にイジルのにも訳がある。
〝蒼・マリク〟と言う言葉が示す通り、僕は今、シャキーム王国にいて。
なんと!ムスタファの妃……いや、パートナーって言うのかな?………まぁ、とにかく。
僕はムスタファの元に嫁いで、シャキーム王国で暮らしているんだ。
ついで、といってはなんだけど。
日本で働いていた医療機器メーカーが粋な計らいをしてくれて、僕はシャキーム支店の支店長という肩書で仕事まで続けている。
一人しかいない支店の支店長だけどね。
『王子様は元気?』
「はい。それはもう、有り余るくらい元気ですよ」
『………相変わらず。匂わせ発言するよな、高清水は』
「それが聞きたいんでしょ?先輩は」
『まぁ、そうだけど?それで、どうなんだよ。王子様との、ナンチャラ・ライフはさ』
「聞きたいんですか?」
『興味あんだよ』
「まぁ、だいたい毎日。抜かずの3連発ですよ?」
『………すげぇな、絶倫かよ』
そういう生活を続けて、早3ヶ月。
僕もだんだん慣れてきて、妃の称号である〝マリク〟と呼ばることにも違和感を感じなくなった。
はじめは、やっぱり。
サイードの一件もあり、僕がムスタファに添い遂げることに意を唱える人もいたけど。
ムスタファは、そんな状況の僕をとことん守ってくれて………。
今は、順風満帆というか。
すごく………すごく、幸せなんだ。
………アラビア語は、まだまだ分かんないけどさ。
先輩とのいつもの会話を終え、僕は顔がニヤけたまま椅子に深く腰をかけた。
コンコンー。
『アオ、入るよ』
短いノック音と、愛しい人の声が聞こえて。
僕が「どうぞ」と言う間もなく、ムスタファが満面の笑みをその整った顔にたたえて、〝シャキーム支店〟に入ってくる。
「アオ!これをぜひ、つけてくれないか?」
「何?」
ムスタファは持っていた箱の中から、深い青色の石が付いた豪華な首飾りを取り出して、僕の首元を飾り立てる。
………また、この人は。
結婚してから、ムスタファはずっとこんな感じだ。
僕を着飾ることに余念がない。
この間は、ルビーのジャラジャラした首飾りを。
その前は、真珠が幾重にも重なった首飾りを。
こんなことしなくても、ムスタファに対する僕の気持ちは変わらないのに………。
「やっぱり!アオはなんでも似合う!」
「こんなことしなくていいから。もう、たくさんもらってるよ」
「アオ、こっちへ!」
あぁ、ほら……また。
ムスタファは僕の腕を引いて、部屋から僕を連れ出す。
待ち切れない子犬のように、たまに振り返って僕を見ながら走って。
王宮の奥にある、僕らの部屋へ連れ帰るんだ。
「アオ、自分で脱いで」
最近のムスタファの嗜好。
豪華な首飾りをつけ、きっちりスーツを着込んだ僕が、一枚一枚その衣服を自ら脱ぐ様を、ソファーに腰掛けひたすら眺める。
………変な……性癖を、ムスタファは身につけてしまったんだ。
そんな僕は、もっと変になってしまって。
ムスタファに全身を見つめられただけで、おかしいくらい興奮してくる。
まるで、ムスタファの視線で犯されているみたいに………呼吸が荒くなって、乳首も下も勃ってくるんだ。
「………ムス…タ……ファ」
「いい眺めだ、アオ」
「………勘弁…してぇ」
「堪え性がないな、アオは」
あの小憎たらしい笑顔で、ムスタファは僕の手を引っ張ってその体を引き寄せた。
真っ裸の僕は、向かい合わせにムスタファの上に座って。
………こうなるともう、僕は止まらなくなる。
僕はムスタファの首に両腕を回して、その形の良い唇にキスをした。
「アオは………なんでこんなに、淫らになった?」
「ムスタファが……したんだろ……」
そう言ったムスタファは、僕の後ろに手を回して、すでにグズグズになった僕の中にその指を浅いところで、弄ぶようにいじる。
その指が、中から僕の前立腺の奥底を弾くから、たまらず体が反り返った。
「あっ……だめぇ………やぁ……」
「アオ……愛している。………ずっと、私のそばにいろ」
「نعم سيدي.」
覚えたてのアラビア語で、僕はムスタファに返事をする。
僕の返事を聞くや否や、ムスタファは僕の大好きな笑顔を浮かべて。
僕の中にムスタファの太くて熱いのが、ゆっくり、じんわり入ってきた。
「……あ、っ……あぁん」
「………アオ」
ムスタファの全てが好き。
全てを愛してる。
それは、これからも普遍で。
永遠で。
そうだよね?
………愛しの、ILOVE の王子様。
応援ありがとうございます!
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