朱雀のα 白虎のΩ

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白虎の人になる、と決めてからというもの。
気負っていた様々なものが軽くなった感じがして、だいぶ、気持ちが楽になったような気がする。
前にもまして、リューンと距離が縮まって、気兼ねなく話せるようになったし、ウーラにも気を使うことが少なくなった。
距離が近くなると、僕をより身近に感じてくれるせいか会話も弾むし………。

笑顔も増えた気がする。

「シジュが、気にいるといいんだが………」

少し恥ずかしそうにリューンが、一つの包みを僕に差し出した。

「これは、何ですか?リューン様」
「久しぶりに市場に行ってきたんだ」
「市場ですか?!楽しそう!!リューン様、開けてみていいですか?!」
「もちろん」

固く結ばれた麻紐を解くと、油紙がカサカサ音を立てて、まるで花が開くようにゆっくり包みが中心から外側に広がっていく。

「わぁ……きれい、玄武の国の装身具ですね」

包みから姿を現したのは、白金で細かく浮き彫り細工が施された、幅が広めの首飾りで。

そういえば、ミナージュもこんな感じの首飾りをしてたな。

番になったオメガがする〝犬の首輪〟と呼ばれる首飾りは、オメガの番の証を守る装身具として、数多く出回っているけど。
北に領土を構える玄武の国の金属加工技術は、他のどの国よりも群を抜いて高い技術を誇る。
加えて流通量も極めて少ないから、その希少価値に付加価値がついて、ちょっとやそっとじゃ手がでない代物となっているんだ。

「でも、こんな……高価なもの………」

リューンはその首飾りを手に取ると髪をかき分け、露わになった僕の首にそれを優しい手つきで付けてくれた。

冷たい、金属の感覚に。
僕は、思わず身を震わせる。

「俺はシジュにもっと高価な、かけがえのない物をもらっている。紬の襟巻きも、巧克力も。柔らかな接吻も、暖かな抱擁も。優しい眼差しや、俺に無償に注がれる愛情も。それに比べたらこんな首飾り如き、大したことではない」

大きな鏡に映し出された、白虎の女性ものの衣装を着た僕とスラっとして目を惹かざるを得ないリューンの姿は、まさしく、番になったオメガとアルファそのものに見える。

そう、僕がオメガで。
リューンがアルファで。

お互いの、あまりにも外見と中身が不釣り合いすぎて、僕は無性に笑いがこみ上げてきた。

「こうしてみると、偽りが本当に見えてくるようですね」
「本当だ。シジュ………とても、美しい」
「ありがとうございます、リューン様。とても、言葉では言いあらわせないくらい………嬉しい」
「……シジュ」
「リューン、様」

後ろから僕の体に手を回すと、自らの体に近づける。
柔らかそうな日の光に近い髪の色と瞳の色が、見上げた僕の顔と距離をつめてそっと唇を重ねた。

「しかし、よく玄武の装身具が市場で手に入りましたね」
「ああ、異国の宝石商が店を開いていて、時期がよかったんだ。青龍の翡翠とか、朱雀の緑柱石や金剛石まで、結構、品揃えがいい宝石商だったな」

………異国の宝石商?

まさか、な………。

ミナージュが来てるはずない………。

宝石商なんて探せばいくらでもいるじゃないか。

………でも。

元気、かな………ミナージュ。

相変わらず、なんだろうなぁ。

僕の体に腕を回すリューンの胸に、僕は頭をもたれてリューンに体を預けた。

「シジュ様っ!!大変でございます!!」

叫び声に近い声を発しながら、ウーラはリューンの書斎に勢いよく入ってきて、僕たちの密着具合に軽く赤面しながら、深く深呼吸をする。

「シジュ様にそっ、そっくりな方が!!シジュ様に会わせろと!!」
「え?」
「連れの怪しげな者が、王宮の門を瞬く間に………兵士が骨抜きにされて、突破してしまい……まもなく……早く!!早く、お逃げくださいっ!!」

と、ウーラが言うか言わまいか。
ウーラの背中から、懐かしい顔がひょっこり現れた。

「シジュ!!元気!?」
「ミ、ミナージュ!?何で……何で???」
「琥珀の買付けと商売に、白虎のバザールにきたんだよ!!って言うか、シジュ!!その服、かわいいっ!!」

矢継ぎ早に、「会いたかった」とかそう言った涙を含むような、感動的な再会劇もなく。
頭に浮かんだことを即座に淀みなく滝のように喋り出したミナージュに、僕もリューンもその勢いにのまれて、呆気にとられてしまった。

変わらない、のに………変わったなぁ。

月季のように可憐で惹きつける容姿はそのままに、前より明るくなった、というか………幸せが滲み出ているみたいに感じる。

………本当に、番を………。

運命の番を見つけたんだ、ミナージュは。

「ぶ、ぶ、無礼者っ!シジュ様に何たる言葉遣いをっ!!」
「………あー、大丈夫ですよ、ウーラ。この人、僕の兄です」
「………え?」

顔色が赤くなったり青くなっているウーラの後ろから、背の高い男が姿を現した。

「シジュ殿、元気そうだな」
「シヴァ!?」

黒く艶やかな巻毛に浅黒い肌、でもその瞳は紫水晶のような鮮やかな紫色で、その神秘的な容姿はび玄武でも青龍でも、白虎でも朱雀でもない、どこの国にも属さない絶対的で唯一の、見るからにアルファな男。
あの時、ミナージュがシヴァを選んだあの時。
あまりにも理想のアルファすぎて、僕は嫉妬することも、怒りで身を焦がすこともできなかった。

完膚なきまでに………僕は、アルファとして1人の人間として、シヴァに完敗したんだ。

「こ、こ、こいつまで!!」
「………あー、ウーラさん。この人は、兄の番なので」
「…………」

ウーラが混乱しているのが、手に取るようにわかる。
そりゃそうだ。
見ず知らずの他を寄せ付けない、超越したアルファとオメガが白虎の王宮に土足で乗り込んで、我が物顔で上がり込んで………。
そんな状況に、顔色をころころ変えながら平静を装っているウーラを見て、僕は少し心が痛くなったんだ。

………ごめんね、ウーラ。

僕にも、この人たちの幸せいっぱいの空気を纏った勢いは止められないんだよ。
ほら、混乱しているのは、ウーラ、君だけじゃないんだよ?
リューンもさっきから石像になったみたいに、微動だにしないから。







「白虎側の黄龍山脈の端から青龍に入る予定なんだ。青龍は麒麟山と黄龍山脈に阻まれてるから、その道筋が一番楽なんだが、最近、山賊が住み着いていいて。白虎経由の道は今、危険なんだよ」

応接間の椅子にドシっと腰を下ろして、お茶をすすりながら幾分困った顔をしてシヴァが言った。

「いつもなら、白虎の国境警備が片っ端から排除してくれるんだが、最近、性格が悪くなってな。今は〝心付け〟を渡さなきゃ、無事に青龍に入れなくなったんだよなぁ」
「………何を……しているのだ。誇り高き白虎の兵士が………!!シヴァ殿、すまないことをした。早速調査を開始する」
「いや、今すぐどうして欲しいって訳じゃない。あの道筋はだいたい、白虎と青龍を行き来するくらいだから、行商にとってそれほど問題ではない。ただ、現状を知ってもらいたかっただけだ」

平身低頭で真っ直ぐに詫びるリューンをその先にいるシヴァは優しく微笑んで、また、お茶をすすった。
各国の王室御用達として王宮内を出入りし、宝石を運ぶシヴァは何気ない会話で、すごく重要なことを教えてくれている。


大陸の中央には神々が住んでいるとされる麒麟山がある。


麒麟山はいつも深い霧に覆われていて、その頂上を見た人は必ず命を落とすと言い伝えがあるほど、人々の侵入を阻んでいるんだ。
その裾は黄龍山脈として南北に広がり、青龍は山脈でぐるっと周囲を囲まれた、言わば〝陸の孤島〟と言うにふさわしい国だ。
朱雀や玄武は海を渡って青龍に行く貿易経路が発達しているけど、白虎は目の前に広がる黄龍山脈を越える経路一本しかない。
そこが潰れてしまえば、行商のみならず、白虎も青龍も旅客や物流のためだけに莫大な費用を投じなければならないはずだ。

国と国とのいざこざは、些細なことが原因で起こる。

この経路一本が潰れることで、白虎と青龍の間で大きな戦が起こってしまうかもしれない………。

シヴァはそれを懸念して、遠回しに知らせてくれたんだ。

口ではミナージュにせがまれて、なんて言っているけど………。

やっぱり、この人にはかなわない、な。

「シジュ、かわったね」

ミナージュが不意に発した言葉に、僕はドキッとする。

「………そうかな。そういうミナージュだって、〝幸せ〟だって言うのがすぐわかる。………よかった。ミナージュが元気で、ミナージュが幸せで」
「シジュも。幸せそうでよかった。朱雀にいた頃は、兄たちに隠れてどことなく萎縮していたのに………」

そう言って、ミナージュは満開に咲き誇る月季のように笑うと、僕の耳にその顔を近づけた。

「リューン様、この上なく美男子だね!シジュが幸せなのもよーくわかる!」








シヴァとミナージュはまるで、台風一過みたいだった。
あっという間に、この空間の空気を変えて。
そして、あっという間にいなくなる。


僕は、あんなにミナージュに会いたかったのに………。


あんなに大好きだったのに………。


会っても、話をしても、前みたいな胸の高鳴りも苦しさも感じなかった。
やっぱりミナージュは僕の運命ではなかったんだ、と改めて確信した。

「シジュの兄上も、その相手も素晴らしい人たちだな。とても輝いていた」

リューンがだんだん小さく離れていく2人を乗せた馬車を見送りながら、眩しそうな目をして呟く。

「リューン様も、負けていらっしゃいませんよ?」
「そういうシジュこそ」

不意にお互いで惚気あって、僕たちは照れくさくなって、おでこをひっつけて笑った。

「………シジュ、まだ日は高いが寝屋に行かないか?」
「仰せのままに。リューン様」

リューンの香りが………フワッと僕を包むように立ち込めて。
この香りに当てられると、僕はいつもなら何も、リューン以外何も気にならなくなるのに。


ふ、と。


お腹の底がモヤッとする感覚を覚えて、違和感のする方に振り返る。


………あ、あの人。


王宮の回廊で佇む、リューンくらい背の高い男の人………リューンの弟・第三王子のアミーユだ。
ただ、僕たちを見ている。

怖い顔をしている、そういう感じでもない。
視線が鋭い、というわけでもないのに。

たったそれだけなのに………。

そのアミーユの佇まいに、僕の第六感が騒ぎ出して、僕はアミーユから視線を逸らすことができなくなってしまった。

「どうした?シジュ」
「……いえ、なんでも。あの………リューン様」
「なんだ?」
「僕に、唇を………ください」

不安で仕方なかったんだ。

だから、リューンと少しでもたくさんの部分で触れ合っていたかった。
リューンはにっこり笑うと、僕の望みを叶えるべく、僕の体を引き寄せて唇を重ねる。
僕がリューンに腕を回すと、それは少しづつ、激しさを増して……。

舌が絡まる、熱が伝わる。

そう。

リューンの接吻は、僕の不安を拭い去ってくれるんだ。
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