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「明日は日帰りだから、お弁当作って欲しいなぁ」

カレーをものすごい勢いで頬張りながら、穂波が言った。
………だいたい日帰りの時、コイツは弁当をねだる。

「ご当地のウマイモノ食えばいいじゃん」
「だってボク、そういうのいっつもハズレちゃうんだもーん。タケちゃーん、おかわり」

確かに。
コイツには、かわいそうになるくらい食運がない。

わざとか?!というくらい美味しいモノに当たらないし、ガキの頃なんて給食のゼリーが崩れてたりするのは当たり前。
食に関するハズレくじばっかり引き当てるから、比較的ハズレがない僕の料理に執着するのは分かる。

………でも、僕だってムカつくことがある。
コイツは、自分ですることをしない。

現にこうして、おかわりを僕に言う。

………おかわりくらい、自分でよそえってば。
おまえの母ちゃんじゃねぇんだよ、僕は。

「穂波。おまえ弁当箱洗わないじゃん。だから、作りたくない。ヤダ」
「えーっ!?」
「弁当箱放置されると臭いんだよ。洗う身にもなってみろよ」
「洗うっ!!洗うから!!作って!!作ってよーっ!!タケちゃーんっ!!」

………でたな、妖怪〝だだこね男〟。

こうなるといくら言い聞かせでも、いくらなだめても、穂波はがんとして譲らない。
僕が「分かったよ」って言うまで、ずっと「洗うからー、弁当作ってー、洗うからー、弁当作ってー」と言い続けるから…………。

正直、うざい。

幼馴染みじゃなかったら、とっくの昔にこの家から追い出してるところかもしれない。

「………分かったよ」

その言葉を待っていたかのように。
穂波は日頃のスパダリのかけらもない無邪気な笑顔で僕に笑って言うんだ、「大好き!タケちゃーん!」って。







小さい頃は僕の方が穂波より背が高くて、些細なことでいつも僕に隠れてビービー泣いていて。
そんな穂波がなんだかほっとけなくて、なんだかかわいくて、同い年なはずなのに、僕は穂波を弟みたいに感じて接していたように思う。
そんな穂波も僕の後ろを常にひっついてきていたから、穂波自身も僕を兄みたいに接していたかもしれない。
それが、いつの間にか。
ぼんやりしていた頭のデキは、僕と同等もしくはそれ以上になり。
小さかった背は僕を一気に追い越して、僕を見おろすようになり。
そして、〝ネコをかぶる〟というスペシャルアイテムまで身につけてしまった。

でも。
そんな完璧に仕上がった穂波も、僕の前では小さい頃の穂波のまんまで、社会人になっても「タケちゃーん!」と言って甘えてくる。
そんな穂波に嫉妬しないわけじゃないけど、穂波自身は純粋で真っ直ぐで、僕を素直に信じてくれてるから………。
そんな感情を持っている僕自身が恥ずかしくなるし、穂波に対してイヤな感情をぶつけることもできないんだ。

本当、神様に愛されてるな………コイツは。

だから、食運の欠如というペナルティーを神様が与えたんだな、きっと。

人間、完璧すぎるとロクなことないしな。







朝、4時にスマホのアラームが鳴る。
昨夜のうちに下ごしらえをしたお弁当のおかずを調理して、同時進行で朝ごはんを作って。
そうしているうちに、穂波を起こす時間になる。
グダグダになるからな、穂波が起こしてって言った時間より早めに起こすんだ。
案の定、ちゃんと起きるまで20分かかった。
ご飯をゆっくり、寝ぼけながら食べると、だんだんエンジンがかかってきて、徐々に表向きの穂波になっていく。
準備が整って玄関のドアに手をかける頃合いには、大きなネコもかぶってフル装備が完了する。

「タケちゃん、行ってきます!!」
「あぁ、行ってらっしゃい。穂波、弁当もったか?」
「当たり前~!!ボクタケちゃんの作った弁当だけは忘れたことないんだよ~?」

そう言って穂波は、僕の目の前に弁当在中のカバンを掲げた。

「わかった、わかったよ。いいからサッサと行かないと遅れるって」
「はーい!!タケちゃん、今日の晩ご飯、里芋の揚げたのがいい!」
「明日、休みだもんな。じゃあ、ビールも買っとくよ」
「さすがタケちゃん!気が利いてる!!」
「穂波、いいから早く行けってば!!」
「じゃあ、行ってきます!!」

そう言って優しく笑う顔が、疑いようもないスパダリで………。
あんな表向きの顔、女子の目がハートになっちゃうんじゃないか?

穂波が出かけて、ようやく家が静かになった。

ここから僕は、朝の至福のひと時を過ごすんだ。
洗い物と洗濯物を片すと、コーヒーを煎れてゆっくり新聞に目を通す。
今日の予定と明日の予定を再確認して、ようやく、僕の慌ただしい朝が終わるんだ。

…………はぁ、朝から………疲れる。







昔から、何かしら覚えるのが好きだった。
記号とその意味、漢字とその意味とか。
だから、この職業についたんだ。
速記が面白そうだと思って、調べたらドンドン興味がわいてハマって。
気がついたら、大学在学中にもかかわらず速記の採用試験を受けまくっていた。

そして、現在にいたる。

言葉は毎日、進化する。
言葉は毎日、生まれる。

そのたびに速記記号も進化し、生まれる。

毎日僕に刺激を与えられる刺激、それがたまらなくて………僕は仕事が楽しくて楽しくて仕方がないんだ。

………家にいるより、楽しいかもしんない。

「迫田さん、今日飲みに行かない?明日、休みだし、長引いていた裁判の打ち上げでさ」

今日は駅前のスーパーで冷食の国産里芋を買って帰んなきゃいけないんで、無理なんです。
って、ストレートに言えたらいいんだけどな。

「すみません、多賀山さん。今日は………」
「あぁ。幼馴染みのコ、帰ってくるの?」
「はい。すみません」
「んじゃ、また今度ね。絶対ね!」
「はい。本当にすみません」

何回目………かな、多賀山さんの誘いを断わるのも。
多賀山さんはいい人だから、そんな僕に対して怒ったり、嫌味の一つも言わないから………。
時々、いたたまれない。
穂波が、もうちょっとしっかりしてくれたらなぁ。
もう少しだけ、ちゃんと自分のことをしてくれたらいいんだけどなぁ。
だったら、同居を解消すれば?って感じだけど。
解消したら解消したで、穂波のお母さんの鬼の形相が目に浮かぶし………穂波のあの、無邪気な笑顔にほだされちゃってさ………。

結局、僕はチキンで。

僕がわがままになることで、穂波が泣いてしまうんじゃないか、って。
穂波が苦しんでしまうんじゃないか、って。
そんなことばかり考えてしまって、大きな一歩を踏み出すことができないんだ。

そう、僕は。
穂波みたいに、神様に愛されていない。

これといった特徴も特技もなければ、運もない。

穂波の対極にいて、スパダリな穂波の本性を見て自分を落ち着かせてる。

そんな………小さなヤツなんだよ、僕は。







「やっぱり、タケちゃんが作った里芋の揚げたのはうますぎる~」

やっすい発泡酒と、単純な里芋の揚げたのでこんなに幸せな顔ができるなんて。
穂波、おまえくらいだと思うよ?
以前作り置きしていた七味塩で、ビールもどきをグビグビ飲んでいる穂波を見ていたら、なんだか自分が穂波なお母さんになってしまったんじゃないかという錯覚を起こしてしまう………。

ヤバいだろ、その錯覚。
しっかりしろよ、僕。

「食べたら流しにちゃんともってけよ、穂波」
「タケちゃんは?もう食べないの?」
「うん、ちょっと疲れてるし………風呂入ったから眠くなっちゃった。僕は、もう寝る」
「えーっ?!タケちゃんとまだ一緒に飲みたいよ」
「………もう、いい加減にしろよ。眠いんだってば」

本当に、眠かった。
仕事上でもプライベートでも………プライベートは彼女すらいないから影響はほぼ皆無だけど、穂波の世話に振り回されているから、1週間の疲れがたまっていて、早くベッドに入りたかった。

そう思って僕の部屋のドアに手をかけたとこまでは、ちゃんと覚えてる。

次に、ハッとした時。

僕はあまりにも有り得ない現状に、また気が遠くなるかと思った。

………穂波が、僕の上にのっかってる。

手を動かそうにも、後ろ手に縛られてるみたいで動かせないし、なにより。

穂波が………僕の服を脱がして胸を舐めてる。
穂波の………指が…………。

「ほなっ、み!!おまえ、どこ触ってっ!!」
「あ、起きた?」

起きた?じゃねぇよ。
何してんだよ、おまえは。

「やめろって!!」
「やだなぁ、タケちゃん。めっちゃ気持ちいいんでしょ?ココめちゃめちゃトロトロなってるし」
「!!」

確かに、自分でシコるよりは………。
いや………いや違う、違うだろ。

僕の頭の中の穂波の想定ではだな、穂波はネコをかぶってないと世の中生きていけないはずなんだよ。
したがって、有無を言わさず童貞なはずなんだ。

………なのに、なのに。

僕ですらほとんど経験がないにもかかわらず、穂波のこの、手慣れた感。

そんなことに驚愕と感心をしてる場合じゃないのに、僕の体は自由を奪われているせいか、穂波が僕に与える全ての刺激に敏感になってしまって………。

感じずにはいられない。

「ちょっ、や!!……やめ………」
「………タケちゃん、好き」

………は?

「タケちゃんがずっと好きなんだよ、ボク。今までずっと我慢してたの。タケちゃんの全部が好き。女の子じゃダメなんだよ。タケちゃん以上のコをみつけられない。タケちゃんじゃないと、勃たないの」

………はぁ?!

「本当のボクを知ってるのは、タケちゃんだけなんだ………タケちゃん、好き」

………はぁぁっ!!??

だからって、だからって………。

こういう風になるのか?!

ぼんやり頭の、笑顔のかわいい、人畜無害な幼馴染みが、そのままの状態でオオカミになって、僕を手慣れた感じで組み敷いてて………。

頭が、混乱する。
気持ち悪いのに、気持ちいい………。

「……んっ!………ほな、み……やめ」
「タケちゃん、力抜いて。タケちゃんの柔らかくなってきたから、そろそろ挿れるね」

穂波が指を抜いたら、途端に僕の中が熱くなって………間髪入れず、固くて大きなモノが僕の中にジワジワ入ってきて………。

「あ、あ………や………あんっ」

………僕の本性は、女の子なんだろうか?

穂波が僕の中を激しく突いて犯すたびに、僕は女の子みたいな声をあげて体をよじって………トんじゃいそうになるくらい感じて。

僕は、穂波の隠れていた本性をまた知ってしまった。

こいつは、羊の皮をかぶったオオカミなんだって。
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