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第一章 忘却の通り魔編
08.ネオンと朝食と羽ペン
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翌朝。
治療が無事に終わった知らせを聞いたシキ達は、疲れからそのまま眠りに就いていた。
軽く水を浴び、眠気を覚ます。
その後、部屋を出た直後の出来事だった。
ぐううううぅぅぅぅぅ~~~~~~~~~~。
シキの腹の音が、朝日が差し込む宿屋のロビーに響き渡る。
気恥ずかしさから思わず何もない所へ視線を逸らす。
思い返してみれば、最後に食事を取ったのはアイヴィから貰ったサンドイッチが最後であった。
足音に気づいたのか腹の音で気づいたのか、寝起きな二人の元へ仕事中のミコが歩み寄って来た。
「シキさんネオンさん、おはようございます~。うちの宿は朝食サービス付きですので、どうぞこちらに……」
流石は本業。流れるような身のこなしと誘導に、朝から働き者だなと関心する。
言われるがままに、シキとネオンはロビー横にある小さな食堂へと案内された。
「アイヴィはいないのか」
「アイヴィさんなら朝早くに出かけましたよ。どうかされましたか?」
「いや、いい。気にするな。それより食事を頼む」
「任せてくださいっ! ではでは失礼します~」
どうやらアイヴィは先に街へ出ていったらしい。
よほど通り魔を見つけたいのだろう。食事を取ったら合流するか。その前に大剣を回収せねばな……。
などと一日の方針をネオンへ話していると、ミコがバスケットいっぱいの食事を持って現れた。
「ほう……」
その量に期待で胸が膨らみ、思わず口がほころぶ。
さらに鼻から吸った香ばしい匂いだけで、よだれが零れ落ちそうになる。
ゆっくりと卓上へ置かれるバスケット。視線はその中にある物にくぎ付けだった。
だがその全貌が見えた時、シキの笑みは苦笑いへと変わっていた。
分厚い肉に、瑞々しい野菜の各種。そしてそれらを挟む香ばしいパン。
その料理の名は、サンドイッチという。
「……正気か?」
冗談ではないかと思わず口にしてしまう。
昨日の昼、ネオンと共に食べた料理。
さらに、アイヴィから分けてもらった料理。
そして、記憶を失ってから唯一口にしている料理。そう、サンドイッチだ。
目が覚めてから同じ物しか与えられていない現状に、ふと脳裏には生まれたての赤子の姿がよぎった。成長のため、生まれてからしばらくは母乳を与え続けられる赤ちゃんだ。
おぎゃあおぎゃあと妄想上の赤子シキが泣き始めそうになったので、慌てて首を振って我に返る。
「何をしているんだ私は……」
片手で頭を覆い、ついつい考え込んでしまった。
伏せた視線の隅で、ゴスロリ衣装に身を包んだ細い腕がバスケットへ伸びているのが見えた。
顔を上げネオンを見ると、既に二つ食べ終え三つ目に手を出しているようだった。
見られていると気付いたネオンは、ふとシキの方へ振り返る。食べないの? とでも言いたげに長い銀髪を揺らしながら小首をかしげると、そのまま三つ目のサンドイッチも完食した。
同じものをずっと食べているにも関わらず、よくもまあ飽きずにあそこまで食えるもんだ。
「ここ、付いているぞ」
シキは自分の唇の端を軽く叩く。
チラッと彼の動作を確認したネオンは、少しの間静止した。彼の言葉の意味に気づいたのか、さっと口元に付いたマヨネーズを拭き取ると、続けて四つ目のサンドイッチもペロリと平らげる。
「まだ食べる気か!?」
ついに馬鹿らしく感じ、シキもサンドイッチを両手に取り口へと頬張った。
────────────────────
朝食後。『ミコノスの宿』ロビーにて。
結論から言うと、サンドイッチは美味しかった。
昨日商店街で食べた物とは風味も食感も違い、料理というものの奥深さを感じ取っていた。
しかし、美味しさのあまりつい食べ過ぎてしまったため、シキ達は少しの間ロビーで休む事にした。
「さて」
シキは窓際に設置された、背の低い椅子の一つに腰を掛ける。膝ほどの高さの机を挟んで向かい側の椅子にネオンは座っていた。
空腹は満たされ、窓から差し込む朝日の温かさが眠気を誘う。だが、それ以上に優先させたい事がシキにはあった。
「何も喋らないというなら、これで教えてもらおうか」
シキはネオンへ羽ペンを手渡す。
食堂からロビーへ戻る途中に紙とペンを見つけたシキは、紙に記入してもらえばネオンから情報を得れるのでは、と思いついた。
「この紙に知っている事を全て書いてもらうぞ」
叩きつけるように紙をネオンへと差し出す。
昨日はなんだかんだありうやむやになっていたが、再びネオンから情報を得る機会に巡り合えた。
「そうだな……」
まずは何から聞こうか。
腕を組みじっくりと考え始める。人差し指で腕を叩くたび、様々な疑問が頭の中で増え続ける。
昨日一日だけで、知りたい事は山のように溢れていた。
どの質問から始めれば、知りたい情報へと近づけるだろうか。
ちらりと視界の隅で、ネオンの様子を伺う。
彼女は相変わらず無表情のまま、片手に羽ペンを持ちじっと座っていた。
やはり気になる事から聞くのが最前手か。
様々な選択肢の中から一つ一つ優先順位を付け、一番上になった問いを投げかける。
「記憶の戻し方について」
やはりこれが一番大事だ。
「具体的に何をしたら良いか、これに書いてもらおうか」
ネオンは顔を上げ、シキの顔をじっくりと視線でなぞり目を合わせる。
ただならぬ空気に圧されそうになったが、シキは臆さず、返答を促すようにゆっくりと頷く。
ネオンは視線を下ろし、羽ペンと紙を交互に見つめる。
そして。
ペン先が、紙の表面を引っかいた。
その瞬間。
パアァァァン!! と、破裂音が宿屋のロビーに響き渡った。
ペンの羽が飛び散り、ひらひらと宙を舞う。
その中には、千切れた紙も混ざっていた。
「…………は?」
空間が震えるほどの音と共に、ネオンを中心とした野性味の混ざった花吹雪が出来上がる。
「どういう……事だ……!?」
ふと浮かんだ疑問が、あっけにとられたシキの口から漏れ出す。
ネオンが文字を書こうとした瞬間、紙と羽ペンはバラバラに破壊されたのだ。
なんだなんだと他の客達がシキ達へ注目する。
「なっ、何事ですかー!? ってわぁ!?」
騒ぎを聞き慌てて駆け寄ってきたミコは、その惨状を見て落胆する。
「何をしていたんですか!? ゆっくりして下さいとは言ったものの、掃除が大変なのはダメですよ……!」
ミコはほほを膨らませて訴えかける。
申し訳なさでいっぱいのシキは、何とかなだめようと事の経緯を説明する。
「ミコ、すまない……。ちょっと調べ事をしていたんだが、まさかペンが爆発するとは……」
ペンが、爆発?
ミコは言葉の意味が分からなかった。
頭の中は真っ白に染まっていたが、ふと目に入った羽ペンの残骸が、彼女へ全てを語ってくれた。
「あーーーーーーーーっ!!」
突然の大声に、その場にいた全員がミコの方へと振り向く。
「こっ、この羽ペンは……大切な……おじいちゃんの……。それを……こんな、こんな……」
惨状を目の当たりにして困惑していたミコは、怒りをすっ飛ばし今にも泣きだしそうな顔になっていた。
その場にいる他の客や従業員が一斉にシキを睨む。
「いや待て、違うんだ。これは、だな……」
四方八方から浴びせられる眼差しが痛い。
「おいネオン、お前も何とか言え! 半分はお前の責任でもあるのだからな……!」
しかしネオンは、ペンを握っていた手を見つめ一切微動だにしない。
「待て、とりあえず私の話を聞いてくれ、これには深い深い事情があってだな……」
泳ぐ目で辺りを見渡し弁明をしようとするも、誰一人としてシキの味方となる者はいなかった。
「いえ、はい。ええ。分かってます……。シキさんはわざとこのような事をする人だとは思いません。うん。だからその、大丈夫です……!」
悲しみをグッと抑えたミコの優しさが、シキの良心をグサリと貫く。
「まっ、まて……、これは違う……、違うんだああああああああああああああ!!」
シキの嘆きは誰にも理解されぬまま、宿中へと虚しく響き渡ったのだった……。
治療が無事に終わった知らせを聞いたシキ達は、疲れからそのまま眠りに就いていた。
軽く水を浴び、眠気を覚ます。
その後、部屋を出た直後の出来事だった。
ぐううううぅぅぅぅぅ~~~~~~~~~~。
シキの腹の音が、朝日が差し込む宿屋のロビーに響き渡る。
気恥ずかしさから思わず何もない所へ視線を逸らす。
思い返してみれば、最後に食事を取ったのはアイヴィから貰ったサンドイッチが最後であった。
足音に気づいたのか腹の音で気づいたのか、寝起きな二人の元へ仕事中のミコが歩み寄って来た。
「シキさんネオンさん、おはようございます~。うちの宿は朝食サービス付きですので、どうぞこちらに……」
流石は本業。流れるような身のこなしと誘導に、朝から働き者だなと関心する。
言われるがままに、シキとネオンはロビー横にある小さな食堂へと案内された。
「アイヴィはいないのか」
「アイヴィさんなら朝早くに出かけましたよ。どうかされましたか?」
「いや、いい。気にするな。それより食事を頼む」
「任せてくださいっ! ではでは失礼します~」
どうやらアイヴィは先に街へ出ていったらしい。
よほど通り魔を見つけたいのだろう。食事を取ったら合流するか。その前に大剣を回収せねばな……。
などと一日の方針をネオンへ話していると、ミコがバスケットいっぱいの食事を持って現れた。
「ほう……」
その量に期待で胸が膨らみ、思わず口がほころぶ。
さらに鼻から吸った香ばしい匂いだけで、よだれが零れ落ちそうになる。
ゆっくりと卓上へ置かれるバスケット。視線はその中にある物にくぎ付けだった。
だがその全貌が見えた時、シキの笑みは苦笑いへと変わっていた。
分厚い肉に、瑞々しい野菜の各種。そしてそれらを挟む香ばしいパン。
その料理の名は、サンドイッチという。
「……正気か?」
冗談ではないかと思わず口にしてしまう。
昨日の昼、ネオンと共に食べた料理。
さらに、アイヴィから分けてもらった料理。
そして、記憶を失ってから唯一口にしている料理。そう、サンドイッチだ。
目が覚めてから同じ物しか与えられていない現状に、ふと脳裏には生まれたての赤子の姿がよぎった。成長のため、生まれてからしばらくは母乳を与え続けられる赤ちゃんだ。
おぎゃあおぎゃあと妄想上の赤子シキが泣き始めそうになったので、慌てて首を振って我に返る。
「何をしているんだ私は……」
片手で頭を覆い、ついつい考え込んでしまった。
伏せた視線の隅で、ゴスロリ衣装に身を包んだ細い腕がバスケットへ伸びているのが見えた。
顔を上げネオンを見ると、既に二つ食べ終え三つ目に手を出しているようだった。
見られていると気付いたネオンは、ふとシキの方へ振り返る。食べないの? とでも言いたげに長い銀髪を揺らしながら小首をかしげると、そのまま三つ目のサンドイッチも完食した。
同じものをずっと食べているにも関わらず、よくもまあ飽きずにあそこまで食えるもんだ。
「ここ、付いているぞ」
シキは自分の唇の端を軽く叩く。
チラッと彼の動作を確認したネオンは、少しの間静止した。彼の言葉の意味に気づいたのか、さっと口元に付いたマヨネーズを拭き取ると、続けて四つ目のサンドイッチもペロリと平らげる。
「まだ食べる気か!?」
ついに馬鹿らしく感じ、シキもサンドイッチを両手に取り口へと頬張った。
────────────────────
朝食後。『ミコノスの宿』ロビーにて。
結論から言うと、サンドイッチは美味しかった。
昨日商店街で食べた物とは風味も食感も違い、料理というものの奥深さを感じ取っていた。
しかし、美味しさのあまりつい食べ過ぎてしまったため、シキ達は少しの間ロビーで休む事にした。
「さて」
シキは窓際に設置された、背の低い椅子の一つに腰を掛ける。膝ほどの高さの机を挟んで向かい側の椅子にネオンは座っていた。
空腹は満たされ、窓から差し込む朝日の温かさが眠気を誘う。だが、それ以上に優先させたい事がシキにはあった。
「何も喋らないというなら、これで教えてもらおうか」
シキはネオンへ羽ペンを手渡す。
食堂からロビーへ戻る途中に紙とペンを見つけたシキは、紙に記入してもらえばネオンから情報を得れるのでは、と思いついた。
「この紙に知っている事を全て書いてもらうぞ」
叩きつけるように紙をネオンへと差し出す。
昨日はなんだかんだありうやむやになっていたが、再びネオンから情報を得る機会に巡り合えた。
「そうだな……」
まずは何から聞こうか。
腕を組みじっくりと考え始める。人差し指で腕を叩くたび、様々な疑問が頭の中で増え続ける。
昨日一日だけで、知りたい事は山のように溢れていた。
どの質問から始めれば、知りたい情報へと近づけるだろうか。
ちらりと視界の隅で、ネオンの様子を伺う。
彼女は相変わらず無表情のまま、片手に羽ペンを持ちじっと座っていた。
やはり気になる事から聞くのが最前手か。
様々な選択肢の中から一つ一つ優先順位を付け、一番上になった問いを投げかける。
「記憶の戻し方について」
やはりこれが一番大事だ。
「具体的に何をしたら良いか、これに書いてもらおうか」
ネオンは顔を上げ、シキの顔をじっくりと視線でなぞり目を合わせる。
ただならぬ空気に圧されそうになったが、シキは臆さず、返答を促すようにゆっくりと頷く。
ネオンは視線を下ろし、羽ペンと紙を交互に見つめる。
そして。
ペン先が、紙の表面を引っかいた。
その瞬間。
パアァァァン!! と、破裂音が宿屋のロビーに響き渡った。
ペンの羽が飛び散り、ひらひらと宙を舞う。
その中には、千切れた紙も混ざっていた。
「…………は?」
空間が震えるほどの音と共に、ネオンを中心とした野性味の混ざった花吹雪が出来上がる。
「どういう……事だ……!?」
ふと浮かんだ疑問が、あっけにとられたシキの口から漏れ出す。
ネオンが文字を書こうとした瞬間、紙と羽ペンはバラバラに破壊されたのだ。
なんだなんだと他の客達がシキ達へ注目する。
「なっ、何事ですかー!? ってわぁ!?」
騒ぎを聞き慌てて駆け寄ってきたミコは、その惨状を見て落胆する。
「何をしていたんですか!? ゆっくりして下さいとは言ったものの、掃除が大変なのはダメですよ……!」
ミコはほほを膨らませて訴えかける。
申し訳なさでいっぱいのシキは、何とかなだめようと事の経緯を説明する。
「ミコ、すまない……。ちょっと調べ事をしていたんだが、まさかペンが爆発するとは……」
ペンが、爆発?
ミコは言葉の意味が分からなかった。
頭の中は真っ白に染まっていたが、ふと目に入った羽ペンの残骸が、彼女へ全てを語ってくれた。
「あーーーーーーーーっ!!」
突然の大声に、その場にいた全員がミコの方へと振り向く。
「こっ、この羽ペンは……大切な……おじいちゃんの……。それを……こんな、こんな……」
惨状を目の当たりにして困惑していたミコは、怒りをすっ飛ばし今にも泣きだしそうな顔になっていた。
その場にいる他の客や従業員が一斉にシキを睨む。
「いや待て、違うんだ。これは、だな……」
四方八方から浴びせられる眼差しが痛い。
「おいネオン、お前も何とか言え! 半分はお前の責任でもあるのだからな……!」
しかしネオンは、ペンを握っていた手を見つめ一切微動だにしない。
「待て、とりあえず私の話を聞いてくれ、これには深い深い事情があってだな……」
泳ぐ目で辺りを見渡し弁明をしようとするも、誰一人としてシキの味方となる者はいなかった。
「いえ、はい。ええ。分かってます……。シキさんはわざとこのような事をする人だとは思いません。うん。だからその、大丈夫です……!」
悲しみをグッと抑えたミコの優しさが、シキの良心をグサリと貫く。
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シキの嘆きは誰にも理解されぬまま、宿中へと虚しく響き渡ったのだった……。
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