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第一章 忘却の通り魔編

09.魔道具

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 そろそろ挨拶の言葉も変わりそうな、そんな朝の終わり頃。
 シキとネオンは、気まずくなった宿の中から逃げるように商店街へと向かっていた。

「どうしてこんな事になる……」

 いっその事、思いっきり怒られて嫌われる方がマシだと思った。

 気持ちを切り替えて歩き進めるも、ふとした拍子にミコの悲しそうな顔が何度も脳裏によぎる。その度に、胸が締め付けられるような痛みを覚えた。

「はぁー……」

 我慢していたため息が漏れてしまう。

 彼女にこれ以上迷惑はかけられないと、戦い方を覚えて受けた恩を返そうと考えていた。だが、ここまで直接やらかしてしまうとは……。

 片手で赤髪を押さえ落胆する。

 そのまま一歩一歩と進むうちに、考える。このまま落ち込んでいたって仕方がない。
 不甲斐ない自身を奮い立てるように頬を叩き、顔を見上げる。

 早く戦い方を覚え、通り魔とやらを取っ捕まえよう。それがこの街に、ひいてはミコへの恩返しにも繋がるはずだ。

 意を決したシキはグッと顔に力を入れ、前を見て歩き進む。
 そして数歩進んだのちに。

「はぁー……」

 またミコの顔を思い出しため息を吐いてしまう。

 そんな事を何度も繰り返しながら、シキはネオンと共に商店街へと入っていくのであった。


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 すれ違う人々は必ずと言っていいほど注目をしていた。

 それぞれ街の住民とも冒険者とも違う、黒地に金の暑苦しそうな衣服の男とゴスロリ調の少女、確かにこの街には珍しい服装だ。
 だがそれ以上に、落ち込んでは決意を繰り返す男と、無表情のまま歩き続ける少女は人目に付いていた。

 そんな視線に気づく事もなく再びため息を吐いていたシキは、不意にある女性に声をかけられた。

「そんな辛気臭いため息なんかついて、何があったのさ」

 顔を上げ確認してみると、そこには見知った姿があった。
 装飾の多い衣服にすらりとした長身と白髪が特徴的な女性、サラだ。

「……宿の羽ペンを壊してしまった」

「あー……」

 その一言で全てが伝わったしまうあたり、やはりあの羽ペンは特別なものだったのだろう。

 サラの苦い表情が突き刺さる。

「あれは……あれはやはり大事な物だったのか……」

「あの宿で羽ペンと言えば、ミコの私物以外知らないねぇ。なんでまたそんな事になったの?」

「それが全く分からないから困っている……。普通に紙へ書くために使っただけなのだが」

「あぁ……、なんとなく分かったかも」

 驚く事にサラはこの一言だけで原因が分かったらしい。
 サラは腕を組み、片手をシキに向けながら質問を投げかけた。

「書く時、普通のペンと違うところがあったんじゃない?」

 違うところ……。そんなものあっただろうか。
 シキは事が起きる前を一つ一つ思い出してみる。

 受付にあった紙と羽ペンを手に取り、まず羽ペンをネオンに渡した。
 次に紙をネオンの前へ置き、そこへネオンが羽ペンを当て……。

「……インクを使っていない。いや、そもそもインクなど、どこにも置いてなかったぞ」

「正解。そういう事」

「……?」

「あの羽ペンは、体内のエーテルを流して使う魔道具の一つなんだ」

「エーテルを……?」

「そう。そしてペン先にエーテルが反応すると、エーテルは色素へと変異し筆記する事が出来る。といった代物なのさ」

 エーテルを用いた筆記具。それがあの羽ペンだと言う。

「だから、エーテルの流れがない君が使った事で変な作用でも働いたんじゃ……」

「いや、それはおかしい」

 シキの疑問がサラの説明をさえぎった。
 サラは眉をピクリと動かすと、疑うようにシキへと注目する。

「どうして?」

「あの羽ペンを使っていたのはネオンだ。私ではない」

「……何だって」

 仮説は崩れた。サラの考えた説は、シキが使ったという前提から間違っていたのだ。
 だが、ならば、何故あの羽ペンは壊れたのだろうか。

 二人はネオンの方へ振り向く。
 彼女は自身の小さく華奢な手のひらを見つめていた。

「……調べてみる?」

 サラは懐から透明な小さい宝石を取り出し、にやりと笑う。

「出来るのか?」

「それも含めて、ね」

 目が覚めた時から、いや、それよりも前から一緒にいたらしき少女。しかし、シキは彼女の事を全くと言っていいほど知らない。

 何一つとして言葉を口にせず、具体的な意志疎通も取れなければ何を考えているかも分からない、不思議な存在。

 流れでなんとなく彼女と行動を共にしていたが、彼女は、ネオンとはいったい何者なのだろうか。

「……そうだな、やってみよう」

 シキはエーテルを扱う医者サラと共に、謎の少女ネオンについて調べる事にした。
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