この世界には『私』が眠っている。〜記憶喪失で魔術の使えない男は、一言も喋らない少女と共に『魔力』を取り戻す旅に出る〜

夜葉@佳作受賞

文字の大きさ
13 / 169
第一章 忘却の通り魔編

13.胸騒ぎ

しおりを挟む
「はぁ……はぁ……クソッ、どこにも無いぞ……!」

 日が暮れるまで街のあちこちを探したが、未だに大剣は見つかっていなかった。

「ネオン、付き合わせてすまないな」

「…………」

 一緒に街中を歩き回ったネオンを気遣う。しかし、ネオンの様子は相変わらずだ。

「本当に息切れしていないのか? 我慢するような事ではないのだぞ」

 ネオンはこくりと頷く。
 サラの言った通り、彼女の体力は無尽蔵のようだ。

「ならいいが……しかし、本当に見つからないな。例の通り魔にでも持っていかれたか?」

 あまりの見つからなさに、八つ当たりのような愚痴をこぼす。

「結局アイヴィにも会えず終いだな……もしや、昨日の森で待っていたりするのだろうか」

 シキは物思いに森のある方角を見つめる。大剣は一度諦め、待っているかもしれないアイヴィに合流しようと一歩踏み出す。

 その時だった。

 ヒュー……と、肌寒い風がシキの頬を撫でる。

「やけに冷えるな……」

 日が落ち、気温が下がったのを直に感じる。

 シキは風の流れて来た住宅街へ振り向いた。
 よくよく見てみれば、その先は昨日、冒険者が襲われたあの路地裏だった。

「…………まさかな」

 なんだか胸騒ぎがする。

「……ネオン、向こうへ行くぞ」

 だだの気のせいで終わってほしい。

 この地に来たのは偶然だ。走り回っていたらたどり着いた。それだけの事だ。
 シキは嫌な憶測を否定しようとした。

 急いで路地裏へと入っていく。
 そこで見たものは、避けたかった予感そのものであった。

 スラッとした細身に、スリットがいくつか入った動きやすい軽装をした少女。
 その特徴的なメッシュの入ったクリーム色の髪は、赤い血で染まっていた。


「アイヴィ!!」


 真っ直ぐ少女へと駆け寄る。

 シキの腕の中で、少女は今にも途切れそうな声で呟く。

「シキ……くん……」

「アイヴィ! しっかりしろ!!」

 少女は、消え入りそうな笑みを浮かべ返事をする。

「んふっ……、あり……がと…………」

「通り魔にやられたのか!? クソ……ッ、ふざけるな!! 何が目的だ……!!」

 ぐったりとした少女は、血に紛れ顔から首まで赤く腫れていた。
 弱々しく、痛々しい傷を見て、怒りがふつふつと沸き上がる。

「奴はどこへ行った……!?」

 シキは怖い顔であちこち見渡す。

「こんな事をするのはどこのどいつだ……!!」

 絶対に許さない。見つけたらどうしてやろうか。

 シキは怒りのあまり、我を忘れそうになる。

 アイヴィに怪我を負わせ、ミコやサラの恩人ミストラルを攫ったとされる通り魔。
 記憶を奪うというその手段が、シキの感情を逆撫でる。

 路地の奥、建物の上、街灯の影。
 殺意の混ざった鋭い眼光で、辺りをしらみつぶしに探していく。

 怒りに飲み込まれたシキは、通り魔を見つけ次第倒そうと躍起になっていた。

 その怒りは、腕の中の弱った少女すら見えなくなるほどに。

「どこへ逃げやがった……! クソ……クソッ!! どこだぁ!!」

 シキは叫んだ。身体から溢れそうな怒りを、解き放つように。

 すると突然、シキの視界を遮るようにネオンが立ち塞がった。

「…………」

「……!? 何のつもりだネオン……!!」

 ネオンはシキの叫びなど気にも留めない。
 そのまま華奢な両手でシキの顔を挟み、無理やり視線を合わせる。

「……チッ、そこをどけろ!!」

 不安定な呼吸のまま、声を荒げる。
 しかしネオンは、瞬きもせずじっと目を合わせ続けた。

 さっさとどけろと睨み返すが、彼女は一瞬たりとも逸らさない。

 互いに一歩も譲らず睨み合う。

 彼女の猫のように縦に長い瞳孔が、シキの奥深く、深層心理まで突き刺さる。

「ネオン……!!」

 彼女とこれほど目を合わせていた時は今まで無かっただろう。

 見知らぬ部屋で感じた、思わず警戒するような圧のある視線。

 サンドイッチ店で感じた、真剣な問いに答えるような揺らぎの無い視線。

 賞金稼ぎの少女の下から感じた、助けを求めるような不服な視線。

 鍛冶屋で感じた、恥ずかしい人間を笑うような小馬鹿にした視線。

 宿屋の食堂で感じた、食事の進まない様子を不思議に思うような視線。

 思えば、何も喋らない彼女とは、目を合わせるだけで意思疎通を図っていた気がする。

 そして今。シキはネオンから、荒んだ感情をなだめるような優しくて、それでいて冷たい視線を感じていた。

「はぁ……はぁ……。私は、いったい……」

 気づけば、怒りで忘れていた冷静さを取り戻していた。

 それと同時に、腕に重くのしかかる存在があった。

「そうだ、そうだった。今はそんな事を気にしている場合ではない……!」

 シキは立ち上がる。腕の中に傷ついた少女を抱えながら。

「すまない……ありがとう、ネオン」

「…………」

 こくり。

 シキの言葉を聞いたネオンは、両手を離すと小さく頷いた。

「……行くぞ」

 男の瞳には、医者の居る宿屋しか映っていなかった。

 二人は走り出す。血に染まった少女の命を救うために。


 ────────────────────


 「サラは居るか!? 急いでいる!!」

 シキは『ミコノスの宿』の扉を勢いよく開け、医者のサラを探す。

「どうしたんだそんな血相変えて……って、そういう事か」

「ああ、通り魔にやられた。頭から血も流れている、急いでくれ!!」

「血だって……!?」

 サラは目の色を変え近寄り、アイヴィの姿をまじまじと観察した。

「昨日と同じ部屋でいいか? このまま連れていくぞ」

「あ……ああ、そこでいい。私も準備を進めよう」

 サラは動揺したまま、治療をするため準備へと入る。

 そこへバタバタ足音を立てミコが駆けつけた。

「また怪我人ですか……!?」

「アイヴィがやられた!」

「アイヴィさんが……!? 私も手伝います!」

 流れるがままにアイヴィを奥の治療室へ運び、後は二人に任せる。

「シキ、君達はもう休んでいろ。心配せずとも必ず治してみせるさ」

「ああ、頼んだぞ……!」

 治療室の扉が大きな音を響かせ閉まった。
 使用中と書かれた吊り看板が、慌ただしさを表すように激しく揺れていた。

「無事だといいが……」

 シキ達は一度部屋へ戻る事にした。
 カツンカツンと靴を鳴らしながら、ずっと引っかかっていた事について考える。

(どうして血を流して倒れていた……?)

 アイヴィの怪我についてだ。

(記憶を奪うだけなら、昨日の冒険者のように出血させずとも出来たはずだ。連れ去るなら、そもそもあの場所に倒れていた理由が分からない……)

 ギシギシと木製の階段を上り、借りている自室の前まで辿り着く。

(たまたま打ち所が悪かった? もしくは何かのメッセージか……?)

 部屋の前で立ち止まっていたシキを、隣に立つネオンが見つめる。

 視線に気づき、ふと我に返る。

「ん、ああすまない。鍵は私が持っていたな」

 シキは鍵を開け、部屋の中へと入っていく。

「…………」

 後ろで待っていたネオンは入る直前、ちらりと後ろを振り返った。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした【改稿版】

きたーの(旧名:せんせい)
ファンタジー
自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。 その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ! 約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。 ――― 当作品は過去作品の改稿版です。情景描写等を厚くしております。 なお、投稿規約に基づき既存作品に関しては非公開としておりますためご理解のほどよろしくお願いいたします。

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

処理中です...