この世界には『私』が眠っている。〜記憶喪失で魔術の使えない男は、一言も喋らない少女と共に『魔力』を取り戻す旅に出る〜

夜葉@佳作受賞

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第一章 忘却の通り魔編

16.その華奢な手には暴君が潜んでいる

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「ん、どうしたの? 入らないの?」

 道具屋の前で、シキとネオンは立ち止まっていた。
 不思議に思ったアイヴィは、メッシュの入ったクリーム色の髪を揺らしながら問いかける。

「いや……私達が入ってもいいのだろうか」

 シキの頭には、昨日の朝起きたある事件が浮かんでいた。

 ミコの大切な羽ペンを壊した、あの出来事である。

「アイヴィ、悪いがペンを買ってきてくれないか。理由は分からないが、ネオンが物に触れると壊れる事があるのだ。流石に店の売り物まで壊すのは恐ろしい」

「壊れるって、ネオンちゃん宿の物とかサンドイッチとかその紙袋とか色々触ってるじゃない。壊れた物の共通点とかないのー? 全部が全部壊れるって訳じゃないんでしょ?」

 共通点か……。シキはネオンが壊した物を振り返る。

「エーテルを使う羽ペンとエーテルを調べるための宝石が壊れていたな。壊れたのはその二度だけだ。私やアイヴィ、それにスライミョンにも触れていたが生物は影響が無いようだった」

「んじゃエーテルを利用する物だけは触れないようにする。それだけ気を付ければいいじゃない。さあ入った入ったー!」

 アイヴィはぐいっと二人の腕を掴み店内へと引っ張る。

「ば、馬鹿急に引っ張るな!!」

 今までも時折感じていたが、アイヴィはかなり力のある人物のようだ。やはり実戦経験があると強くなっていくのだろうか。

 店内に一歩踏み入れた瞬間、シキの身体から冷たい汗がダラダラと流れ始めた。

「ひぃぃぃ……壊したら弁償する壊したら弁償するこわしたらべんしょうするコワシタラベンショウスル……。よ、よよ、よし行こうネオン。羽ペンを買ったらすぐに出るぞ」

 シキはネオンがうっかり触れないように、彼女の両手を取ってペンの売り場へと進む。
 傍から見れば年の離れた仲良し兄妹か、少女愛好の異常者か、頭のおかしい万引き犯のようにも見えた。

 店員の目が怪しく光っている事も気づかず、シキは震えながらペンを選ぶ。

「ペン一本約1000ゼノから3000ゼノか。これでもいいのだろうが……あった。エーテル加工の羽ペンは14000ゼノか。ミコの持っていた物と同種はないが……仕方ない。これにしよう」

 恐る恐るネオンの片手を離し、置いてある羽ペンの箱を手に取った。

「ね、大丈夫でしょ? それじゃわたしは自分の買い物をするから、また後でね~♪」

 羽ペンが壊れない事を確認したアイヴィは、店の奥へと消えていく。

「ま、待てアイヴィ! くそっ、よ、よおおおし買ってやる。このまま壊さず買ってやるぞ。ついて来いネオン!!」

 まだ安心は出来ないと繊細に注意を払い、あらゆる物に触れないよう体を細めてカウンターを目指す。

 会計中に店員からの疑惑の目が痛かったが、何とか買い物を終える事が出来た。

「ふぅぅぅぅぅ~~~~~。買えた……買えたぞ……!!」

 やっとの思いで店から出たシキは、深く深く深呼吸をした。

「はぁはぁ……ふっ、行ってみればなんて事ないではないか。はっはっは」

 弁償というリスクから解放され、気が緩んだシキは自然と態度がデカくなる。

「よ! ちゃんと買えたみたいだね~よかったよかった」

「どわあああああ!?」

 買い物を終えたアイヴィに突然話しかけられ、思わず飛び上がってしまう。

「急に話しかけるなビックリしただろうが!!」

「ごめんて~。ってあれ、羽ペンは?」

「え?」

 シキは持っていた手を確認した。

 しかし、ない。右手にも左手にも、懐にも足元にも落ちていない。買った羽ペンはどこかへ行ってしまっていた。

 驚いた拍子に投げ飛ばしてしまったらしい。

 慌てて周囲を見渡し探して見る。すると。

「あ」

 空中から、梱包された小さな箱が落ちてきた。

 そのちょうど真下には、ネオンが待ち受けていた。

「まずい!! それに触れては……!」

 彼女が触れれば買ったばかりの羽ペンが壊れてしまう。

 慌ててシキはネオンのもとへ駆け寄る。しかし、シキの距離では間に合う事は出来なかった。

「しまったあああああ!! 買ったばかりの羽ペンがあああああ!! ……って、壊れて……ない?」

 ネオンは華奢な両手を差し出し、ポンッと受け取った。

 だが、受け取った小さな箱は壊れていない。その中の羽ペンについても同様のようだ。

「……ふっ、しっかりプレゼント用の梱包をして貰って良かったな。買ったそばから壊れるのだけは御免だぞ」

 羽ペンの無事を確認するとシキは冷静に振舞う。しかし額からはまだ冷や汗がダラダラと垂れていた。

「もーしっかりしてよねっ。それで、用事はもう済んだ?」

 アイヴィは呆れながらシキに話しかけた。

「ああ、さっそく行こうじゃないか。私も奴を捕まえたくて居ても立っても居られないんだ」

 にかっとアイヴィは笑う。

「そーのーまーえーに、一つ。やる事がある!」

「?」

「作戦会議だ!!」
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