この世界には『私』が眠っている。〜記憶喪失で魔術の使えない男は、一言も喋らない少女と共に『魔力』を取り戻す旅に出る〜

夜葉@佳作受賞

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第一章 忘却の通り魔編

18.隣にいるのは

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 日は沈み、空はオレンジ色に染まり始めていた。

「アイヴィ! サラがどこに行ったか知らないのか!?」

 予定を終え、帰路に就く人達へ逆らうように三つの影が街中を駆けていた。

「今日も買い出しに行ったってミコちゃんは言ってたけど……っ、シキくんこそ、どこで買い物してるか知らないのー?」

「知っていたら今こうして走り回ってなどいない!」

 サラと出会った場所を中心に街のあちこちを探し回る。すれ違う人々の顔を一つ一つ確認するも、彼女とはまだ出会えていなかった。

 オレンジ色の空が、タイムリミットを伝えるようにゆっくりと青黒く染まっていく。

 早くサラを探し出さねば。彼女を心配する思いと比例するように、シキは焦りが見え始めていた。

「奴が現れる時間はもう近くまで迫っている……くそっ、どこにいるんだサラはッッッ!!」

 焦りを振り払うように大きく声を上げる。

「ん? シキじゃないか。そんなに焦ってどうしたんだ?」

 すると、聞き覚えのある声がシキの耳に入った。首をひねり群衆の中から声の主を見つける。

「サラ!! やっと見つけたぞ!!」

 シキは焦る足に急ブレーキをかけその場に立ち止まった。

「ちょちょちょっと急に止まらないでぇ~~~!!」

 あまりに突然のブレーキに、後続は対応が間に合わない。
 勢い余ったアイヴィが、ネオンを巻き込んでシキへと飛び込む。

「どわっ!?」

 三人はサラの目の前で小さな山のように積み上がっていた。

「何やってるのさ……。それよりシキ聞いてくれよ! やっと見つけたんだ!!」

「……っ、何を探していたのだ全く」

 衝突による痛みに耐えながら、シキはやたら嬉しそうなサラの方へ顔を向ける。

「フッフッフ、これだよこれ! 『筋力調整液』!! これをちょーっと水で薄めて毎日飲み続ければ、私の運動不足も解消されるってもんだ」

「……素直に運動しようという案は、最初から無いのだな」

 鼻歌交じりに四肢を振り回し笑みを浮かべるサラに、シキは白い目を向ける。

 身体に積み上がっていた二人分の重みを無理やり避け、サラに向かって本題を切り出した。

「今は運動不足などどうでもいい。それよりサラ、通り魔の次の狙いが分かったのだ」

「……なに?」

 上がっていた口角がスッと下がり、一瞬で真面目な表情へと変化する。

「お前やアイヴィの話を聞いて、この街で起きた事件と照らし合わせて、やっと通り魔の目的が分かった」

 シキはゆっくりと立ち上がると、サラへと近づいていく。
 そして、彼女の肩を持ち真剣な表情で告げた。


「通り魔の狙いはお前だ、サラ」


 サラの目が細くなる。

 真剣な顔で両肩を持たれサラは思わずドキッとしたが、そんな事は秒で忘れ去られた。

「私が狙いって、どういう事?」

「通り魔はこの街ですでに七人も襲っている。なのに被害者は誰一人として攫われていない。そうだな?」

「ああ……治療は全員私が受け持ったから、その通りだけど」

「そこがポイントだ。サラ、お前の師匠は何故いなくなった?」

「隣町で医者が不足して、その応援に行って……あ」

 合点のいったサラは、思わず口を開き声を漏らした。

「そうだ。隣町の医者やお前の師匠ミストラルは皆、行方をくらましている。通り魔の狙いは医者だったのだ。だからこの街の医者を探すため、冒険者を襲い誰が出てくるかを確かめていた」

「それなら七人も襲う必要なんて無いじゃないか。最初の数人を襲った段階で私しか出てこないのだから、そこで私を襲えばいい」

「だが、襲えない事情があるとしたらどうだ」

「事情……?」

「逆に聞く。宿の近くに病院があるな。なぜお前はそこに行っていない?」

「なぜって、あそこは師匠の病院だ。師匠がいなくなった今は休院となっている。でもそれだと緊急時に困るから、私がこうして代わりを担っているんだ」

「それならあの病院を使えばいいのではないか。わざわざ宿に併設する必要がどこにある」

「それは……」

 もじもじとばつが悪そうに視線を泳がせる。
 しかし、シキはそんな彼女の目をじっと捉え離さなかった。

「…………ああもう! 分かった話すからそんなに見つめるな! ミコを一人にしたくないから、だから宿に居ても治療が出来るようにしてるんだよ。別に私があの子と居たいとか、あの子のそばから離れたくないとかそういう事情では決してないからな!」

 こっぱずかしそうにサラは白状し、普段のクールな雰囲気を崩す。

「それが通り魔にとって誤算だったのだ。通り魔は一人で居る相手を狙っていた。最初に襲われた冒険者の一味が分かりやすい例だろう。しかしサラ、お前は普段『ミコノスの宿』に在中し、治療中もミコがサポートに入っている。つまり一人でいる時間が無かったのだ」

「……確かにそう、でも、一日中ずっといる訳じゃないよ。現に今、こうして一人で買い出しをしていたじゃないか」

「それがもう一つの事情だ。奴は夜中を中心に行動している。だが普段のお前は昼から夕暮れ時に買い出しに出ている事が多い。つまりお前を狙う隙がほとんどなかったのだ。だからまだ襲われずに済んでいた。違うか?」

「確かに私は昼以降に外出している事が多い。でもねシキ、一昨日の夜の事を覚えているか? 私は君達が宿に戻った後帰って来ている。別に夜中に出歩いていない訳ではないの」

「っ……、確かにそうだが……」

「それに、もう一つ」

「?」

「どうして師匠を連れ去っているのに、その弟子である私なんざ狙うのさ。彼ほど腕の立つ人がいれば、私なんかを攫うためにこんなに手の込んだ事する必要がないと思うけど」

「しかしだな……」

「シキ、君の気遣いは嬉しいが、私の事など心配しなくても大丈夫だ。ミストラルは医療では名医と呼ばれていたが、エーテルの扱いについてはミコと差して変わらなかった。自分で言うのもなんだが、私は医者を目指す前はある程度名のあるエーテル使いだった。だから彼と違い戦闘の腕だってある。もし通り魔に出会ったのなら、この手で返り討ちにしてやるさ」

 シキの心配とは裏腹に、サラは自信に満ち溢れていた。彼女の言葉を聞いたシキは、ついに何も言い返せなくなってしまう。

「そこまでいうのなら……いや、しかしお前を狙っているかもしれないのだ。やはりこのまま一人にするのは気が引ける。奴に遭遇する可能性だってあるのだから、宿に帰る時は一緒に行かせてもらう」

「何それ、そんな事言って私と一緒に居たいだけなんじゃないのさ。そういうの困っちゃうなぁ~」

「なっ、そんな訳がないだろう! 私は真面目に提案している!!」

 茶化されたシキは思わずむきになる。

「その言いぐさは傷つくじゃないか。それに、通り魔探しの方はどうするのさ。私が狙いじゃなかったら、この街でもっと被害者が出るんだぞ」

「サラちゃんの言う通りだよ。通り魔は必ず見つけ出す。君にはその手伝いをしてもらうんだから」

 今まで黙って聞いていたアイヴィも話に入ってくる。シキの提案には二人とも反抗的だった。

「本当に一人で大丈夫なのか? せめて今日くらいは……」

「大丈夫だって、私は心配いらないさ。でもそこまで言うのなら、そうだなぁ……」

 人差し指を顎に添え、サラは三人を見比べる。赤髪の体格の良い男に、メッシュの入ったクリーム色の髪をした少女、そして最後に銀髪のゴスロリ調の少女。三人の中から一人を指差し、ある提案をした。

「ネオン、君に決めた! 彼女が一緒に居てくれるなら、私も安心出来るかな~」

「お前……完全に趣味で選んでないか?」

「まさか。そんな事ある訳ないじゃない何を言ってるのかさっぱりだね」

 あからさまに視線を逸らし、抑揚のない早口で言い訳をした。

「それに君とアイヴィはこの後も通り魔探しを続けるんだろ? もし何かあったらこの子から伝えてもらえばいいじゃないか。ダメ?」

 似合わない可愛げアピールをしつつ、サラはシキにお願いをする。

「うん、わたしも考えてる作戦があるんだ。それにはシキくん、君の協力が必要なの。だから君はわたしと一緒に来て欲しいかなーって」

 続けてアイヴィもこの後の行動を示しつつサラに加勢した。

「確かに奴を捕えるなら私とアイヴィが適任、だが……」

 三人の視線が、話をじっと聞いていたネオンへと引き寄せられる。

 流れを汲んだのか、はたまたネオンなりの意見があったのか。ネオンはシキへ近づくと、彼が懐に入れておいた梱包済みの羽ペンを奪い去った。

「お、おいいきなり何を……って、それは……」

 梱包のおかげでネオンが触れても壊れない事は、直前の出来事で実証済みであった。

 手に取った四角い箱を一度見つめると、視線をシキの瞳へと移し変える。


 羽ペンをミコに渡したい。


 何も語らないはずの彼女の、そんな一言が聞こえた気がした。

「ネオン、本当にお前もそれでいいのか?」

 再び視線を四角い箱へ戻すと、ネオンは小さく頷いた。

「決まり~! さぁさぁ一緒に行こうかネオン……ふふ、ゆっくりじっくりと帰路を楽しもうじゃないか!?」

「おいおい妙な事したらお前を殴り飛ばすぞ。分かっているな」

「妙な事なんかしないさ。妙な事はね」

 不敵な笑みを浮かべるサラの扱いに困ったシキは、ひとまず彼女の事は無視して話を進める。

「とにかく、ネオンがいるとはいえお前は狙われている可能性がまだ残っているんだ。絶対に油断するんじゃないぞ」

「分かってるって~。それに、その通り魔は君が捕えてくれるんだろう? なら心配はいらないさ」

 サラは適当な調子で手を振り、ネオンを連れて宿屋へと歩いて行く。

「全く……あんなのがいつも一緒にいて、ミコは鬱陶しいとは思わないものなのか」

「わたしはああいうの好きだけどね~。仲良しって感じで、幸せそうでさ」

 どことなく遠くを見つめながら、アイヴィは噛み締めるようにそっと呟いた。

「……幸せそう、か」

 家族も友人も忘れてしまったシキは、アイヴィの言う幸せがピンと来なかった。

 ネオンと一方的な言い争いをしたり、アイヴィにひたすら振り回されたりするのは仲が良いと言えるのだろうか。シキはここ数日を共にしたネオンやアイヴィの事を考え、彼女の意見と重ね合わせていた。

 ふと、サラと共に歩いて行くネオンの姿が目に入る。

 少しずつ小さくなるネオンの背中に、なんだか胸がざわつく。

 思えば目が覚めてから今の今まで彼女とは行動を共にしていた。

 治療を終えた後、素性を探るために誘い出したのが始まりだった。

 その後街を歩き、食事を取り、アイヴィに出会った。

 武器を選ぶ時も、初めての魔物狩りをした時も、傷ついた冒険者を助けた時も、彼女と共にいた。

 サラにエーテルの事を教えてもらって、ミコと家族の事を聞き、通り魔の存在を改めて意識したあの時も彼女はそこにいた。

 再び二人行動となって、アイヴィを探して、そしてボロボロになったアイヴィを見つけた時も、変わらず彼女はそばにいた。

 消えたミストラルと、弱ったアイヴィの姿、そして記憶を奪うという手段を使う通り魔の存在。
 感情が抑えられなくなった時、彼女は強く瞳を見つめ、冷静さを取り戻させてくれた。

 そんな彼女が、一歩、また一歩と離れていく。


「待てネオン!!」


 そんなつもりはなかったのに、気づけば彼女を呼び止めてしまっていた。

 シキの声を聞いたネオンとサラがこちらへと戻ってくる。

「どうしたんだシキ。まだ何か忘れ事でもあるのか?」

「あ、ああ……」

 サラに迫られ咄嗟に返事をする。当然伝え忘れなんて何もない。

 何と切り返すか迷った時、懐に入れておいたゼノの重みがシキにある事を思い出させた。

「ネオン、ほら」

 1000ゼノ紙幣を二枚取り出すと、続けてネオンへ手渡した。

「まだ食べ足りないのだろう。これで帰りに適当な物でも食べるといい」

 道具屋に入る前、彼女がサンドイッチの入っていた空袋を覗いていた事を思い出していた。

 紙幣とシキを交互に見つめ、ネオンはこくりと頷く。

「シキ~、私の分は?」

「……ある訳ないだろう」

「ケチだねぇ」

「何か言ったか?」

「ケチ、だねぇ」

「な・に・か、言ったか?」

「なにも。シキ、君の活躍に期待しているよ。頑張ってくれ」

「……ああ、任せておけ」

 じゃれるように言い合うと、サラは満足したのかニコニコと嬉しそうな様子でネオンと共に宿へ向かっていった。

「シキくん、わたし達も行こう」

 二人の背中を見つめるシキへアイヴィは声をかける。

「……ああ、そうだな」

 ネオン達へ背を向け、シキとアイヴィは標的を目指し歩き出す。
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