この世界には『私』が眠っている。〜記憶喪失で魔術の使えない男は、一言も喋らない少女と共に『魔力』を取り戻す旅に出る〜

夜葉@佳作受賞

文字の大きさ
43 / 169
第二章 鏡映しの兄弟編

03.岩石の中に美食あり

しおりを挟む
 裏口から雑貨屋に入った二人は建物の二階へ上り、エランダ達の住居にもなっている奥の部屋へと案内されていた。

 テーブルで待つようにお願いされ、シキとネオンは椅子へ腰をかける。

「触れたエーテルを吸収する力ですか……。噂に聞いた事はありましたが、本当にそのような力を持つ方が存在していたのですねぇ」

「らしいな。この世界には僅かに存在していると聞いた。こいつとどんな関係があるのか分からないが、一度会って話でもしてみたいものだ」

 二人から離れ台所で何かを探していたエリーゼは、適当な相槌を打ちながら会話を続ける。

「会って何を話すのです? 物を破壊した時の快感でも教えてもらうのですか……っと、あったあった」

 エリーゼは四角い金属に長い取っ手が取り付けられた道具を手にすると、額の汗を拭いながら達成感へと満ち溢れた表情をしていた。

「なんだそれは……? 小型のハンマーか何かか?」

 エリーゼの持った道具の平たい金属部分を見ながら、シキは適当に予想を立てた。

「違いますよう。これは調理用の魔道具です。しかもあの伝説の魔法使いクリプトが作ったとされる『クリプトの七つ道具』が一つ、何でもホットサンドメーカーです!」

 ドヤ顔で語るエリーゼだったが、それに対してシキは疑問符を浮かべ彼女のいう事をあまり理解していない。伝説の魔法使いと言われても、シキにはその記憶は存在しないのだ。

 そんな彼とは対照的に、ネオンはホットサンドという食欲をそそるワードにぴくりと反応していた。

「シキさんネオンさん、先ほどは餓死寸前の私を救って下さりありがとうございました。ここで一つお礼を致しましょう」

 そういうとエリーゼはるんるんと鼻歌を歌いながら、何でもホットサンドメーカーを開き中に適当な食材を盛り付けた。

「行きますよー。それっ」

 エリーゼは再び何でもホットサンドメーカーを閉じると、術をかけるような掛け声と共にエーテルを魔道具に込める。

 シキとネオンが食い入るように見ていると、道具から不思議と優しさの感じる光が溢れ出す。そして。

「完成です!」

 パカッと開いたホットサンドメーカーには、食欲のそそる濃厚な香りと共に、熱々のホットサンドが出来上がっていた。
 しかしその調理工程を見ていたシキは、あまりの驚きに大きな声を漏らす。

「ばっ、馬鹿な!? エーテルを込めただけで何故ここまで丁寧な調理が……? いやそこではない!! パンだ! パンなど一枚も使用していなかったではないか!?」

 突如として現れた美味しそうなホットサンドに、シキは蜃気楼でも見たように驚き、ネオンは曇り無き眼で見とれていた。

「ふふ。百点満点の反応ありがとうございますっ。それがこの『クリプトの七つ道具』がうちの一つ、何でもホットサンドメーカーの持つ効果なのですよ」

 エリーゼはふふんと鼻で軽く笑いながら、得意気に魔道具の性能を語った。

「食材を入れてエーテルを込めると、込められたエーテルから調理方法を読み取って調理し、さらにもっとも適したパンを用意してくれる素晴らしい道具なのです」

 またしてもドヤ顔で説明するエリーゼを見て、シキはなぜ彼女が空腹で倒れていたのか察しがついた。

「つまり、この素晴らしき道具を忘れたせいで、お前は食料を用意出来ず倒れていたのだな」

「なっ!? そ、そうですよ。おばあちゃんに貸したままだったのをすっかり忘れておりました。食材をそのまま食べて食いつないでおりましたが、やはりその程度では満たされる事なく……」

「それで人様に迷惑をかけたってかい? 人のせいにするんじゃないよ! 全くこの子は……」

 話を聞いていたエランダが、一階の商売スペースから二階の居住スペースへと上がって来た。

 エリーゼがホットサンドを四等分に切り分けるのを待ちながら、シキはこの岩の要塞と化した外観についてエランダへと質問を投げ掛ける。

「それで、どうしてまたこんな物騒な外観にしている? 別に洞窟暮らしが趣味な訳でも無いだろう」

 エランダは少し溜め息をつくと、頭を抱えながらこれまでの経緯を説明する。

「ちょっと前までは普通に営業していたんだけどねぇ。急に盗賊達が近くへ居付くようになったんだよ。そのせいで北からは客が来なくなってしまってねぇ」

「ならば別の場所から客を誘導すれば良いのではないか?」

「それが今度は、富豪だか成金だかが東の橋へ勝手に関所を作ったんだよ。馬鹿みたいな通行料を取るせいでほとんど客が寄り付かなくなったのさ」

「なので今は、お二方の来た南方面へ出張販売をする形で経営をしていたのです」

 そう言いながら用意の終えたエリーゼはホットサンドメーカーとお皿を用意し、四等分にされた濃厚な匂いを放つホットサンドを三人の座っていたテーブルへと並べる。

 熱々のホットサンドと格闘するネオンを尻目に、彼女を除いた三人は会話を進める。

「ま、そんなこんなで行き倒れていたこの子を見つけたのがあんた達で良かったって話さ。あんた達旅をしているんだろ? 迷惑をかけた詫びだ。何か一つうちから持って行きな」

「ん、いいのか?」

「ああ、その方が後腐れもないさ。もっともここから先へは、自力で行ってもらう事になるがね」

 エランダはホットサンドをかじりながら、片手を振り半ば諦めるように二人の旅路を祈っていた。

 シキはそう言われ、これからの旅路について考える。
 やって来た南へ戻るのは無いとして、盗賊を乗り越え北に行くか、それとも高い関税を払って東へ行くか。力になるか金になる物をと考えていると、ふと目の前にある貴重な魔道具が目に入った。

 じっとそれを見つめるシキを見て、エリーゼの食べる手が止まった。

「うむ。ならばその『クリプトの七つ道具』とやらを貰うとしよう」

 クリプトが何者かは知らないが、このホットサンドメーカーは高価な物に違いなさそうだ。

 これで関所を乗り越えるかと頷くシキだが、それとは対照的にネオンは今後も無限にホットサンド食べられると知り、尊敬を含んだ眼差しでシキを見つめていた。
 無論、ネオンの表情は一つも変わっていないのでシキには何一つ伝わっていないが。

 しかしシキの言葉を聞いたエリーゼは、急に立ち上がり机を叩きつけながら大きな声を発した。


「これは私の私物です!! ダメに決まっているでしょうッ!!」


「なっ。そ、そうか。すまない……」

 あまりの圧に思わずシキはすぐさま謝ってしまっていた。

 エリーゼと出会って初めて、シキは彼女の本気の怒りを目の当たりにしたのであった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした【改稿版】

きたーの(旧名:せんせい)
ファンタジー
自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。 その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ! 約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。 ――― 当作品は過去作品の改稿版です。情景描写等を厚くしております。 なお、投稿規約に基づき既存作品に関しては非公開としておりますためご理解のほどよろしくお願いいたします。

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

処理中です...