この世界には『私』が眠っている。〜記憶喪失で魔術の使えない男は、一言も喋らない少女と共に『魔力』を取り戻す旅に出る〜

夜葉@佳作受賞

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第二章 鏡映しの兄弟編

27.扉は開かれた

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 岩盤に囲まれた魔術雑貨屋を離れてから十数分。

 野を翔る巨大化した猫の上で、屋敷を目指す者達による突入の作戦会議は進められていた。

 朝から昼にかけた騒動から時間は経ち、今はそのまま身を潜めようとする夕陽が、勇敢に翔る彼らの姿を見守っているのであった。

「それで、その不気味な屋敷というのはどこにある?」

「あの例の洞窟の少し北の辺りッス! というかシキさんはウチらの作戦会議で一度見てるはずッスよ!」

「ん、そうだったか」

「そうだったッス!!」

 記憶力の薄いシキにツッコミを入れているミルカの横で、神妙な面持ちをしたエリーゼがぶつぶつと呟いていた。

「あの辺りは何もないただの森だったはず……。今さら疑っても仕方ありませんが、本当にそんなところへ屋敷なんてものが存在するのですか?」

「それは見て確かめるしかないッスよ。でも今のペースだと到着は日没になりそうッスね……。そうだ、チャタロー! やるッスよ……新技を!!」

「フンニャァァァ!!」

「新技だと!?」

 ミルカはチャタローの上で拳を握る。小さな勾玉の入ったその拳は、首飾りによって尊敬する頭首の力を借りるための拳であった。

「アネさんの力を借りる事によって、チャタローは更なる進化を遂げるッス! 行くッスよ!! 風馬の威を借りる猫メタモル・エアフォースッッッ!!」

「フニャァァァァァ!!」

 暴風がチャタローを騎乗者達ごと包み込む。

 吹き飛ばされないように何とかしがみついていると、チャタローの身体から緑のエーテルが溢れ出す。瞬間。その身は風馬、と言うよりはイノシシや熊のように強靭な身体へと変異を遂げていたのだ。

「フン、ニャアアア!!」

 その巨大な一歩一歩が大地を揺らしながら、猛烈な速度でまだ見えぬ不気味な屋敷へと近づいていく。

「何というスピード……もといパワーだ!!」

 猫らしからぬ爆走へ驚いているうちに、気づけばそこそこ距離があると思っていた例の洞窟の崖を飛び越えていた。

 そのままの勢いで彼らは飛び込む。不気味な屋敷が潜むという森へと一直線に。

「いっけぇえええええ!!」

「フン、ニャアアアアアア!!」

 崖上から巨大な怪物が投石のように飛び込んだ。その時だった。

 空中のある境界を超えた瞬間、紫の炎から感じたエーテルの感覚にエリーゼは襲われた。

「……ッ!! ここへ本当に屋敷が!?」

 チャタローが。ミルカが。エリーゼが。シキが。そしてネオンが。何もないはずの森へと近づく。

 過ぎ去る時間が秒感覚で感じられるほどに、鮮明に目の前の景色が変わっていく。

 そこに森などは存在しない。あるのはただ一つ。薄暗く人影も見えない不気味な屋敷だった。

 そのはずだった。

 秒感覚で変わる景色は、まだ変化を続けた。続けていたのだ。

 彼らが少しずつ屋敷へと近づく。それと同時に不気味な屋敷は、恐怖の蔓延した魔城へと変化する。


「……正気か?」


 チャタローが屋敷の屋根に両足を着ける。

「なんスか……これ……」

「嘘……ですよね?」

 ありえない光景を前に侵入者達は固まる。

 チャタローを、侵入者達の周りを、大量の魔物が囲んでいた。無人に見られた屋敷には、溢れんばかりの魔物がそこら中に存在していたのだ。

 魔物達は侵入者へと即座に気づく。

 スライム状の物体や凶暴なコウモリのようなありふれた魔物だけではない。紫の炎で出来た不気味な塊だけでもない。

 人の倍は大きい一つ目の巨人や翼を生やしたトカゲのような魔物が。イノシシや熊に似た魔物から液状や煙のような物体と呼べる形状の定まらない魔物まで。

 ゆうに一目見ただけで百に届きそうな魔物の大群が、シキ達を目掛け襲い掛かってきたのだ。

「なっ、なな、なんで、なんで魔物の大群がこんなところに!? そんな、私やおばあちゃんが気づけないはずが……!?」

 大きく取り乱したのはエリーゼだ。今まで平穏だと思っていた地域に、身の毛がよだつほどの魔物がいたというのだ。
 受け入れがたい事実に杖を持つ手は震え、舌は回らず術を口にする事が出来ないでいた。

 彼女と同じように驚く少女がもう一人いた。盗賊団の少女は、事前情報との違いに現状を上手く受け入れられないでいた。

「う……うそッスよね? ここは薄気味悪い屋敷で、人っ子一人いやしない物静かで不気味なだけの屋敷。そのはずだったッスよね!? なんスか。何なんスか、この魔物の山は……!!」

「フンニャアアアアア!! フシャアアアアア!!」

 怯える少女を守るように、巨大な猫は彼女の近くをウロウロとしていた。

 取り乱す二人の少女の横で、ギリギリの状況の中もう一人の侵入者考える。

 誰もいないはずの屋敷が。
 そもそも存在などしなかった屋敷が。

 目の前に広がる光景はなんだ?

 アネッサのいた洞窟を思い出す。
 何もないとされた崖に突然入り口が現れた事を。そしてその先に、更なる扉が隠されていた事を。

 洞窟内での出来事を思い出す。
 紫の炎の先から声が聞こえた事を。その声は、二つ聞こえた事を。シキは思い出す。

「二重構造だ……ッ!!」

 この屋敷の仕組みに気づく。

 それは入念に外敵へ対策された、隠の魔城であった。

「奴ら、二人がかりでこの屋敷を隠していた。一人は屋敷を、もう一人はこの土地自体を!! だから屋敷に気づいても、その中の惨状まで見えなかったのだ。この、魔物の大群に……!!」

 屋敷の仕組みは解き明かした。だが、まんまと彼らの策にはまったシキ達は絶体絶命のピンチを迎えていた。

 じわり、じわりと魔物の群れの視線が、歩みが集まって来る。沼へ沈むように、侵入者達は屋敷へと飲み込まれようとしていた。

「…………」

 そんな中でただ一人。恐れも驚きもしない少女は、ひたすらにただ一点を見つめる。

 屋敷の中央最上階にある部屋を。

 あたりの魔物達には目もくれずに、ただ一点をじっと見つめていた。その部屋から伝わる存在を、ネオンはその眼に見据えていたのだ。
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