この世界には『私』が眠っている。〜記憶喪失で魔術の使えない男は、一言も喋らない少女と共に『魔力』を取り戻す旅に出る〜

夜葉@佳作受賞

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第二章 鏡映しの兄弟編

28.やるべき事はただ一つ

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 不気味な屋敷の屋根の上で、侵入者達は四方を魔物に囲まれ身動きを取れないでいた。

「クソッ……どうする。一度引き返すか!?」

「そんな事をしてももう侵入した事実は覆らないです! このチャンスを逃したら、また姿を消すかもしれないのに……!!」

 そこに存在しないはずの屋敷に立ち入る事が出来、エリーゼは動揺と高揚で感情が定まらないでいた。
 やっと掴んだ兄への手がかり、それを前にしては絶望的な状況すらまともに目に入っていなかったのだ。

「そうは言ってもそもそも、どうやってこの恐ろしい包囲網を潜り抜けるって言うんスか!!」

 何も出来ないでいる彼らの元へ、魔物達の毒牙は刻一刻と迫っていく。
 巨人や獣のような魔物はまだ接触するまで時間がある。だが液体や煙のような魔物はどのような動きをするのか予想が付かない。

 どうやって戦えばいいか必死に考えているうちに、まず最初に翼を持った魔物が空を舞いながら襲い掛かってきた。

「フン、ニャアアアアア!!」

 巨大化した上に風馬の力で圧倒的なパワーを手に入れたチャタローは、そのイノシシにも熊にも似た化け物の姿で近づいて来た魔物を前足でなぎ払う。

 チャタローに殴られた翼を持った魔物は向かいの建物まで吹き飛ばされ、ぶつかった衝撃で気絶し倒れていた。

「ナイスだチャタロー! そうだ、やるべき事など既に決まっている。私達に出来る事は一つ、戦う事のみだ!!」

 チャタローの雄姿を目にしたシキは、宝石の抜け落ちた短剣を取り出した。

「この短剣なら……!」

 紫の炎をその刃で切りつけると、炎は形を上手く取り戻す事が出来ず崩れ去る。大食らいグラットンの名を持つ短剣は、その名の通りエーテルの一部を削り取る事が出来た。

 正直言って短剣が敵うかどうかは賭けではあったが、その勝負にシキは勝った。エーテルから生成された魔物については、シキの短剣が有利に働くのであった。

 続いて、液状の魔物が壁伝いに這い上がり侵入者の足元から襲い掛かって来た。

「……ッ!! これ以上近づく前に!! 氷結精製:フリージングビルド:氷裂の槌クレバスハンマー!!」

 ドロドロと気持ち悪く地を這う魔物を見て、エリーゼは特大の一撃をぶつける。氷をも裂く大槌が魔物へと接触した直後、魔物は建物ごと砕き散る。

 彼女の戦い方を見て、シキは盗賊の一味と戦っていた時を思い出す。彼女には、多数の武具を生み出すエーテルと知識が備わっていた。

「それだ!! エリーゼ、氷の魔術はどれだけ使い続けられる!?」

「半日は余裕で行けます。祖母直伝の私の魔術、舐めないでください!!」

 エランダ直伝のエーテルの使い方。

 それは、エーテルの構造を完璧にコントロールし、強靭な物質を生み出す方法。そしてもう一つは、極限まで消費を抑え一瞬の威力に絞って術を放つ方法。

 その二つを使い分ける事で強度と物量双方を使いこなす、エランダの考える一人でも強く生き続けられるエーテル使い。その完成形が今のエリーゼであった。

 家族を失った事により手にいれた力を、家族を取り戻すためにエリーゼは振るうのであった。

「近距離の敵はミルカとチャタローに任せる! そしてその隙間を縫ってくる相手には私が対処する。だからエリーゼ、お前は持ち合わせた全力で他の敵を蹂躙してくれ!!」

 簡単な事を彼は言う。それが行う当人にとってはどれだけ難しい事かも知らずに、彼は少女を信じ役目を与えてくる。

 だがその目はひたすらに真っ直ぐだった。魔物の大群に囲まれ、一瞬でも油断すれば飲まれる絶望的状況だというのに、彼の瞳にはまだ真っ赤な炎が灯っていたのだ。

 だから少女は笑った。

 全く、もう。と。

「私に頼んだからにはこの戦い、絶対に勝ちますからね!!」

「フッ、当然だ!!」

「アネさんのために。やってやるッスよ!!」

「フン、ニャアアアアア!!」

 この場にはもう負けてしまうかもしれないと考えるものはいない。その身に宿るエーテルへ、彼らは勝利を掴み取る事を意識させた。

 それこそが、記憶から生成され、認識される事によって力を宿すエーテルの真価を発揮させるのだ。

 勝利を求めるものにこそ、エーテルの持つ力の全ては授けられるのであった。

「この杖と! このエーテルで! 行きます。私の最大威力を食らいなさい!! 氷結精製:フリージングビルド:雪崩の浸食アヴァランチィィィ!!」

 少女は吠える。不気味な屋敷の上で、襲い掛かる恐怖を前に、勝利を吠える。そして、少女の術は大気中の冷気を全て取り込み放たれる。

 屋敷全体を飲み込むほどの大雪が、エリーゼの杖から溢れ出す。

 不気味の溢れる屋敷は、純粋に勝ちを願い続ける少女によって真っ白な雪に染まり上がった。
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