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第二章 鏡映しの兄弟編
36.勝利を認識せよ
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二つの紫炎で焼かれたシキは、塵も残さず燃え尽きた。――――はずだった。
「な……に……!?」
殴ったはずの敵が、霧となって消滅する。
理解の範疇を超えていた。吹き飛ばしたと思ったそれは、作り出された偽物であったのだ。
ダーダネラの戦士は。いや、アランブラは共に殴ったオーキッドに確認を取ろうと視線を向けた。その時だ。
「勝つのは、私だぁぁぁぁぁ!!」
紛れもなく、姿も形も、術もエーテルでさえもダーダネラの戦士であるはずの弟に、アランブラは殴り飛ばされる。
真っ白な雪煙に飲まれるように宙を舞い、そして氷の壁にぶつかってその身を地面へと打ち付けた。
何が起きた。いったい、何が。
何故今、双子の弟である、味方であるはずのオーキッドに殴られたのだ。
奴の本体は今、小娘どもと戦っていた。そして彼女らへトドメを差しアランブラへと加勢していたはずだったのだ。
そんな弟に、アランブラは殴り飛ばされた。
理解が追い付かないなんて話ではない。これはなんだ。ダーダネラの民を背負った戦いはどこにいった。
まさか、この最終局面で弟に裏切られた……?
アランブラは焦る。ゆっくりと顔を見上げ、屋敷の地面から倒れているはずの小娘共の方へ。
そうだ。今ぶつかった氷の壁も、エリーゼとかいう氷の使い手が敗北した時に無くなっていたはずなのだ。
しかし見上げた先には、氷の壁は無かった。確かに無かった。だが僅かに、月明りが真実を照らし出す。
「あれ……は……!!」
僅かに、言われても気づかないほどの薄さと透明度を誇る氷の壁が、そこにあった。
敵を駆逐し消し去ったと思っていた氷の壁には、仕掛けがあったのだ。それはよく知る、双子がよく使う策そのものであった。
「二重……構造……!!」
真実のさらに内側へもう一つの真実を。憎たらしいほどに同じ方法でアランブラは欺かれたのであった。
そして気づく。そうだ、ではオーキッドはどうなった?
透明な氷の壁の先に、壁へ激突し意識を失っている彼の姿がそこにあった。ボロボロにやつれた氷の使い手と息を乱したままの癖っ毛少女に白黒の無表情な少女、そして巨大な獣と共に。
しかし、その光景に違和感があった。それは獣の存在であった。
見た目が違う。
虎の威を借りる猫とか言う巨大化した姿でもなく、風馬の威を借りる猫と呼ばれる風馬の力を借りた化け物のような姿でもない。
まるで聖獣とでも呼べそうな姿となった獣が、そこに存在していた。その口元には、エーテルコアの組み込まれた腕輪を咥えて。
エリーゼのピンチを前に、チャタローはアネッサが隠すように持っていた腕輪を咥え、あの絶望の戦士を四人もろとも突き飛ばしていたというのだ。
では猫を化け物に変えていた魔道具はどうなった?
オーキッドの敗北を認識すると共に、新たなる疑問がアランブラの脳内を埋め尽くす。
そして、その答えは腹部の痛みが知っていた。
自身を殴ったあの弟は誰だったのか。
アランブラは振り返る。そこには……。
「っ……。全く、なんと負荷のかかる技を多用するのだ。お前達は……」
男は小さな勾玉を握りしめながら、全身に襲い掛かる反動に耐えていた。
その勾玉は魔道具『蜃気楼の首飾り』のうちの一部であった。
つまり。
「貴様……まさか、弟の術を使ったというのか」
「生憎と私も炎使いでな……。強引に利用させて貰ったぞ」
幻影を焦がす右手の太陽。
それは幻影を生み出し、姿を変えるオーキッドの代名詞と言える術であった。
チャタローに突き飛ばさ気絶した直後、オーキッドは強引に首飾りを握らされていた。
唯一無二と言える彼の術を侵入者の男は、魔道具の力を借りて発動させたというのだ。
「お前……。いや、アランブラ。お前は戦いの最中、弟の事を一瞬たりとも気に掛けなかっただろう」
「なんだと……?」
「両手に炎を灯している時もそうだ。自分は全力で戦い、サポートを全て弟に任せる。そんな戦い方をしているお前なら、弟に成り代わってもすぐには気づけないと感じた。そしてお前は気づく事が出来なかった。それが敗因だ」
「馬鹿な……!? 俺とオーキッドは以心伝心、生まれつきのエーテルに加え対となるエーテルコアを身につけているのだぞ。認識を違えるはずなどそんな事は……!!」
「だがお前は気づけなかった!! エリーゼに敗北した直後生み出された偽物の勝利者にも、途中で私と入れ替わった偽物にも、お前と共にトドメを差そうとした私にも、お前は気づけなかった!! その結果以外のどこに真実があるというのだ!!」
氷の壁の向こうから漏れ出した雪煙。
それが作戦の合図でもあった。
オーキッドの一撃に見せかけたチャタローの突進による衝撃、それによって舞った雪煙こそが、勝利の一手へと繋がる僅かな線となっていた。
それは弟を信頼していたからなのか、それとも支配していたからなのか。そんな兄の油断が、勝敗を左右したのだ。
「改めて聞くぞアランブラ。色々と聞きたい事はあるが……、まず、エリーゼの兄について知っている事を全て話せ」
「シキさん……!」
僅かに意識のみが残った敗者へ、シキは質問を投げかける。
「兄……か。そこまでその兄とやらが気になるか」
「なっ!? もちろんです! 兄さんがどうなったか知っているのですか!? 彼は今どこで何をしているのですか!?」
アランブラはため息をつくと、乾いた笑い声を上げエリーゼに返答した。
「羨ましいな、ここまで慕っていてくれる兄妹を持っているとは。本当に全く…………。オーキッドォ!!」
アランブラは突然声を張り上げる。それと同時に、彼の言葉を聞いたオーキッドは目を覚ます。
「あ、兄上!! すまねぇ、こんな様じゃ国にも顔向け出来ない……本当にすまない」
「今はどうでも良い……!! それより作戦は失敗だ。撤収するぞ!!」
「なっ、撤収だと!?」
含みを持った物言いで、アランブラはオーキッドへと命令を出す。
瞬間。双子の腕に紫の炎が燃え盛る。そして、その炎は別々の標的を相手に襲い掛かった。
「なっ!! アネさん!!」
アランブラの左腕が青みを帯びた紫炎に包まれる。
それを合図に何も無い空間から紫炎が現れ、部屋の隅で倒れていたアネッサを連れ去ろうとしていた。そして紫炎はもう一ヵ所にも現れる。
「クソ猫がァ!!」
「フニャ!?」
「なっ……腕輪が!!」
現れた紫炎の手は、聖獣と化したチャタローから強引にエーテルコアの組み込まれた腕輪を奪い取る。
アネッサと腕輪、その双方を連れてダーダネラの双子は姿をくらまそうとしていたのだ。
「……ッ!! させるか、大食らいの少身物!!」
「なっ!? チッ……!!」
シキは放つ。残り僅かなエーテルを込めて、紫炎の手を離させるために。
斬撃を避けるため、アランブラは仕方なくアネッサを投げ捨てた。
「コアだって渡しません!! 氷結精製:氷柱の槍!!」
「馬鹿が、効かねぇよ。愚者を焦がす死の太陽ァ!」
腕輪を取り戻そうと放たれた氷の槍は、炎の塊の爆発によって吹き飛ばされた。
しかし、それで諦めるエリーゼではなかった。
「まだです! 氷結精製:降雹の刃ッ!!」
爆風をすり抜けるように、氷の短剣は一直線に敵に向けて放たれる。しかしそれはオーキッドの予想に反して放たれたものであった。
「なっ!? 俺にだと!?」
エリーゼが狙ったのは手に持った腕輪ではなく、弟の右耳に付けられた耳飾りであった。
右手に腕輪を持ち防御の取れなかったオーキッドは、そのまま耳飾りの留め具を切り落とされる。
「それは幹部の証……! 俺達の力の証明だぞ、返せェ!!」
「これだけは絶対に!! 氷結精製:氷の塊!!」
千切れ空を舞う紫の耳飾りを求め、オーキッドは左手で強引に掴もうとする。しかしそれより前に、耳飾りはエリーゼの術によって氷の中に閉じ込められ、地面を転がりオーキッドの元を離れていった。
「俺の!! 証だぞォ!!」
「オーキッド、時間切れだ!!」
「クソが! クソがぁ!!」
双子が紫炎へと包まれて行く。
轟々と燃える炎は物質を焼く事無く、そのまま空間に歪みを作り別の次元へと繋がっているようであった。
炎の中へと消える直前、アランブラは最後の言葉を言い残す。
「シキ、それにエリーゼと言ったな! 真実を知りたければダーダネラへ来い。それまでコアは預けておいてやる……!!」
「ダーダネラ……!!」
「そこに兄さんの手がかりが……!?」
紫の炎が消える。
僅かな希望と更なる絶望を残し、二つの太陽は沈んでいく。
戦争と絶望をもたらそうとした双子との戦いが、ここに今決着したのであった。
「な……に……!?」
殴ったはずの敵が、霧となって消滅する。
理解の範疇を超えていた。吹き飛ばしたと思ったそれは、作り出された偽物であったのだ。
ダーダネラの戦士は。いや、アランブラは共に殴ったオーキッドに確認を取ろうと視線を向けた。その時だ。
「勝つのは、私だぁぁぁぁぁ!!」
紛れもなく、姿も形も、術もエーテルでさえもダーダネラの戦士であるはずの弟に、アランブラは殴り飛ばされる。
真っ白な雪煙に飲まれるように宙を舞い、そして氷の壁にぶつかってその身を地面へと打ち付けた。
何が起きた。いったい、何が。
何故今、双子の弟である、味方であるはずのオーキッドに殴られたのだ。
奴の本体は今、小娘どもと戦っていた。そして彼女らへトドメを差しアランブラへと加勢していたはずだったのだ。
そんな弟に、アランブラは殴り飛ばされた。
理解が追い付かないなんて話ではない。これはなんだ。ダーダネラの民を背負った戦いはどこにいった。
まさか、この最終局面で弟に裏切られた……?
アランブラは焦る。ゆっくりと顔を見上げ、屋敷の地面から倒れているはずの小娘共の方へ。
そうだ。今ぶつかった氷の壁も、エリーゼとかいう氷の使い手が敗北した時に無くなっていたはずなのだ。
しかし見上げた先には、氷の壁は無かった。確かに無かった。だが僅かに、月明りが真実を照らし出す。
「あれ……は……!!」
僅かに、言われても気づかないほどの薄さと透明度を誇る氷の壁が、そこにあった。
敵を駆逐し消し去ったと思っていた氷の壁には、仕掛けがあったのだ。それはよく知る、双子がよく使う策そのものであった。
「二重……構造……!!」
真実のさらに内側へもう一つの真実を。憎たらしいほどに同じ方法でアランブラは欺かれたのであった。
そして気づく。そうだ、ではオーキッドはどうなった?
透明な氷の壁の先に、壁へ激突し意識を失っている彼の姿がそこにあった。ボロボロにやつれた氷の使い手と息を乱したままの癖っ毛少女に白黒の無表情な少女、そして巨大な獣と共に。
しかし、その光景に違和感があった。それは獣の存在であった。
見た目が違う。
虎の威を借りる猫とか言う巨大化した姿でもなく、風馬の威を借りる猫と呼ばれる風馬の力を借りた化け物のような姿でもない。
まるで聖獣とでも呼べそうな姿となった獣が、そこに存在していた。その口元には、エーテルコアの組み込まれた腕輪を咥えて。
エリーゼのピンチを前に、チャタローはアネッサが隠すように持っていた腕輪を咥え、あの絶望の戦士を四人もろとも突き飛ばしていたというのだ。
では猫を化け物に変えていた魔道具はどうなった?
オーキッドの敗北を認識すると共に、新たなる疑問がアランブラの脳内を埋め尽くす。
そして、その答えは腹部の痛みが知っていた。
自身を殴ったあの弟は誰だったのか。
アランブラは振り返る。そこには……。
「っ……。全く、なんと負荷のかかる技を多用するのだ。お前達は……」
男は小さな勾玉を握りしめながら、全身に襲い掛かる反動に耐えていた。
その勾玉は魔道具『蜃気楼の首飾り』のうちの一部であった。
つまり。
「貴様……まさか、弟の術を使ったというのか」
「生憎と私も炎使いでな……。強引に利用させて貰ったぞ」
幻影を焦がす右手の太陽。
それは幻影を生み出し、姿を変えるオーキッドの代名詞と言える術であった。
チャタローに突き飛ばさ気絶した直後、オーキッドは強引に首飾りを握らされていた。
唯一無二と言える彼の術を侵入者の男は、魔道具の力を借りて発動させたというのだ。
「お前……。いや、アランブラ。お前は戦いの最中、弟の事を一瞬たりとも気に掛けなかっただろう」
「なんだと……?」
「両手に炎を灯している時もそうだ。自分は全力で戦い、サポートを全て弟に任せる。そんな戦い方をしているお前なら、弟に成り代わってもすぐには気づけないと感じた。そしてお前は気づく事が出来なかった。それが敗因だ」
「馬鹿な……!? 俺とオーキッドは以心伝心、生まれつきのエーテルに加え対となるエーテルコアを身につけているのだぞ。認識を違えるはずなどそんな事は……!!」
「だがお前は気づけなかった!! エリーゼに敗北した直後生み出された偽物の勝利者にも、途中で私と入れ替わった偽物にも、お前と共にトドメを差そうとした私にも、お前は気づけなかった!! その結果以外のどこに真実があるというのだ!!」
氷の壁の向こうから漏れ出した雪煙。
それが作戦の合図でもあった。
オーキッドの一撃に見せかけたチャタローの突進による衝撃、それによって舞った雪煙こそが、勝利の一手へと繋がる僅かな線となっていた。
それは弟を信頼していたからなのか、それとも支配していたからなのか。そんな兄の油断が、勝敗を左右したのだ。
「改めて聞くぞアランブラ。色々と聞きたい事はあるが……、まず、エリーゼの兄について知っている事を全て話せ」
「シキさん……!」
僅かに意識のみが残った敗者へ、シキは質問を投げかける。
「兄……か。そこまでその兄とやらが気になるか」
「なっ!? もちろんです! 兄さんがどうなったか知っているのですか!? 彼は今どこで何をしているのですか!?」
アランブラはため息をつくと、乾いた笑い声を上げエリーゼに返答した。
「羨ましいな、ここまで慕っていてくれる兄妹を持っているとは。本当に全く…………。オーキッドォ!!」
アランブラは突然声を張り上げる。それと同時に、彼の言葉を聞いたオーキッドは目を覚ます。
「あ、兄上!! すまねぇ、こんな様じゃ国にも顔向け出来ない……本当にすまない」
「今はどうでも良い……!! それより作戦は失敗だ。撤収するぞ!!」
「なっ、撤収だと!?」
含みを持った物言いで、アランブラはオーキッドへと命令を出す。
瞬間。双子の腕に紫の炎が燃え盛る。そして、その炎は別々の標的を相手に襲い掛かった。
「なっ!! アネさん!!」
アランブラの左腕が青みを帯びた紫炎に包まれる。
それを合図に何も無い空間から紫炎が現れ、部屋の隅で倒れていたアネッサを連れ去ろうとしていた。そして紫炎はもう一ヵ所にも現れる。
「クソ猫がァ!!」
「フニャ!?」
「なっ……腕輪が!!」
現れた紫炎の手は、聖獣と化したチャタローから強引にエーテルコアの組み込まれた腕輪を奪い取る。
アネッサと腕輪、その双方を連れてダーダネラの双子は姿をくらまそうとしていたのだ。
「……ッ!! させるか、大食らいの少身物!!」
「なっ!? チッ……!!」
シキは放つ。残り僅かなエーテルを込めて、紫炎の手を離させるために。
斬撃を避けるため、アランブラは仕方なくアネッサを投げ捨てた。
「コアだって渡しません!! 氷結精製:氷柱の槍!!」
「馬鹿が、効かねぇよ。愚者を焦がす死の太陽ァ!」
腕輪を取り戻そうと放たれた氷の槍は、炎の塊の爆発によって吹き飛ばされた。
しかし、それで諦めるエリーゼではなかった。
「まだです! 氷結精製:降雹の刃ッ!!」
爆風をすり抜けるように、氷の短剣は一直線に敵に向けて放たれる。しかしそれはオーキッドの予想に反して放たれたものであった。
「なっ!? 俺にだと!?」
エリーゼが狙ったのは手に持った腕輪ではなく、弟の右耳に付けられた耳飾りであった。
右手に腕輪を持ち防御の取れなかったオーキッドは、そのまま耳飾りの留め具を切り落とされる。
「それは幹部の証……! 俺達の力の証明だぞ、返せェ!!」
「これだけは絶対に!! 氷結精製:氷の塊!!」
千切れ空を舞う紫の耳飾りを求め、オーキッドは左手で強引に掴もうとする。しかしそれより前に、耳飾りはエリーゼの術によって氷の中に閉じ込められ、地面を転がりオーキッドの元を離れていった。
「俺の!! 証だぞォ!!」
「オーキッド、時間切れだ!!」
「クソが! クソがぁ!!」
双子が紫炎へと包まれて行く。
轟々と燃える炎は物質を焼く事無く、そのまま空間に歪みを作り別の次元へと繋がっているようであった。
炎の中へと消える直前、アランブラは最後の言葉を言い残す。
「シキ、それにエリーゼと言ったな! 真実を知りたければダーダネラへ来い。それまでコアは預けておいてやる……!!」
「ダーダネラ……!!」
「そこに兄さんの手がかりが……!?」
紫の炎が消える。
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