この世界には『私』が眠っている。〜記憶喪失で魔術の使えない男は、一言も喋らない少女と共に『魔力』を取り戻す旅に出る〜

夜葉@佳作受賞

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第二章 鏡映しの兄弟編

40.失われし過去とこれからと

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 夢を見ていた。

 失われし過去の夢を。

「あんたのおかげで綺麗な水がいつでも飲めるようになったよ。本当にありがとうねぇ」

「なに、当然の事を行ったまでだ。ただの水すら膨大な労力や金品を払わなければ飲めないなど、この町の仕組みの方が間違っていたのだ」

 どこかの小さな町で、男は水源を整えた功労者として称えられていた。

「お兄さん、これ飲んでみて」

 そういうと、男より二回りほど小さな少女が液体の入ったコップを持ってやって来た。

「……赤い水?」

「いいから、いいから」

「ふむ……では」

 ゴクリ。

「む! おお、中々酸味が効いていて美味いな。何の木の実を使ったのだ?」

「さくらんぼ? っていう真っ赤な果物なの。いつも二つ一緒で仲良しな果物なんだよ」

「なるほど、だから赤かったのか、納得だ」

 少女から貰ったジュースを楽しんでいると、また別の少女が液体の入ったコップを持ってやって来る。

「兄ちゃん、ほれ。俺のも飲んでみなって、美味いぜ~?」

 やたらとやんちゃそうな少女は、黄色い液体の入ったコップを強引に渡して来た。

「黄色。これは予想が付くな。……うむ! やはりオレンジか!」

「超贅沢、水をほとんど使っていない果汁そのものジュースだぜ~いいだろ? な?」

「ちょっと、それじゃあ水を使うってルールと違う」

「ちょっとだけでも使ってるからいいもーんだ。ふふっ」

「むー」

 喧嘩を始めた二人を見て、男はすかさず仲裁に入る。

「落ち着け二人とも。これは発明であり発見だ。水の量を変える事だけでジュースの味は美味しくも不味くもなる。その味に合った水量を使う事こそが美味しいジュースを作るためのコツなのだ」

「なんと」

「そうだったのか……!?」

 発明と発見の楽しさを教える事で二人の気を引き、興味を作り方へと移す事が出来た。

 男は一安心してジュースを再び口に含んでいると、さらにもう一人少女が現れる。

「だったらお兄様。こういうのはいかがかな?」

 少女は二つのコップを差し出す。

 一つは青臭さを放つ緑色の液体が、もう一つは不気味なほど青白い液体が注がれていたのだ。

「これは……何を使った? いや何を使えばこんな色になる!?」

「それは僕のジュースを飲んでからのお楽しみ。見た目に怯む事なく飲める勇気をお兄様は持っているかな~?」

「な、なに~! いいだろう。飲んでやる!!」

「ちょっとお兄さん……」

「兄ちゃん流石にアレは辞めといた方が……」

「男に二言なし! 一気飲みだあああああ!!」


 ……………………。


 …………。


 ……。



 ――――――――――



「う、うん……何だったんだ今の夢は……」

 カラフルなジュースを三人の少女に飲まされるという奇妙な夢。

 まるで心当たりがなく、脈絡すらない内容だったために、目が覚めてから意識ははっきりするまで、口の中が変な味で満たされている錯覚に陥っていた。

 意識を少しずつ取り戻していく。
 確か次の街へと向かう荷馬車に頼み込んで乗せて貰っていたな。

 視界がはっきりと見え始めたため、シキはとりあえず起き上がろうとした。

 しかし身体が変に重い。それは気怠さのような重みではなく、物理的なものであった。

 視線を下し、自分の付近を見てみる。そこには。

「もう食べられないです……でももっと料理を覚えたい……それがクリプトの…………」

「……………………」

 シキを挟み込むように、白黒の無表情と氷の使い手が眠りこけていた。

 荷馬車へ無理言って荷台に乗せて貰ったのだ。
 身体を寄せ合って眠るのも仕方がないだろう。

 これは参ったな。身動きの取れない現状に困りシキは思わず頭を掻こうとした。

 するとうっかり腕がエリーゼに当たり、彼女の目を覚ましてしまった。

「んあ……。ってあれ……山のような食材は……?」

「すまない起こしたな。そんな贅沢夢の中だけでもさせてやるべきだった」

「夢……そうですか。っと。ん、んんー!! なんだか食事の話をしたせいかお腹が空いてきましたし、ご飯にしましょうか」

「…………!」

 ご飯、と言うエリーゼの一言に、空腹の眠り姫もぱちりと目を覚ます。

「荷馬車のおじさんに声をかけてきますね。彼にも振るわなければ筋が通らないってものです」

「分かった。空腹で倒れないようにな」

「倒れませんよ! それじゃあ行ってきます」

 そう言うとエリーゼは荷馬車の荷から下り、馬に騎乗するおじさんの方へと向かった。

 シキが寝起きでまだ少しぼーっとしていると、ネオンが何かを持って押し付けてきた。

「なんだなんだ。そんなに無理に渡されなくても受け取る……。これは、手帳か。そういえば今回の出来事をまだ書き記していなかったな」

「…………」

「というか、どうしてまたお前が持っているのだ?」

「…………」

 ネオンの表情に変化はない。しかし、どこか僅かに、視線を逸らされた。そんな気がシキにはしたのであった。

「シキさーん! ネオンさーん! そろそろ出来ますよー!!」

「ん、今行くぞ! ちなみに料理はなんだー?」

「もちろん、ホットサンドですっ!」




 失われし過去とこれからと 終わり。
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