この世界には『私』が眠っている。〜記憶喪失で魔術の使えない男は、一言も喋らない少女と共に『魔力』を取り戻す旅に出る〜

夜葉@佳作受賞

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第三章 砂漠の魔女編

37.惨劇の記憶

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 夢を見ていた。

 誰のものかも分からない、複数の感情が入り乱れたまばらな夢を。

「つまり、知識と経験を蓄える事で身体を巡っているエーテルの総量が増え、結果として扱える魔術の種類と威力を強化出来るのです。戦力を増強したいと言うのなら人数を増やすだけではなく、個々人を鍛えた方が強固な軍事態勢を敷けると思いますよ」

「なるほど、流石は賢人。この摩訶不思議な力をもう既にものにしていようとは……」

 耳の尖った聡明な出で立ちをした男が、複数人の無骨な男達の前で何かを説いていた。うんうんと唸る男達を前にした耳の長い男は、さぞ満足そうにその知識を披露していた。

 瞬きをした瞬間、目の前の風景が別の場所へと切り替わる。

「あの賢人……いやエルフと言ったか。彼は平気で我らが兵を十人以上相手取る。彼の言うエーテルとやらの話が本当だとして、ならば悠久の時を生きる彼らは我々人類の何倍もの力を持っており、しかもその力量差は寿命という限りがある以上常に優位を取られ続けるのではないか」

「ですが彼は協力的です。脅威となる力を持っていようとも、その力が我らの味方である限りは恩恵を受け入れるべきでは」

「……余裕なのだよ。彼らは。絶対的優位が確立されている以上、我ら民をその毒牙にかける事は造作もない。彼らエルフは人里離れた秘境にて少人数で暮らしていると言うではないか。そんな彼らが我らグラナートへ接触して来たのは協力などという耳障りの良い目的ではないのだ。物資、技術、そして人員。その聡明な知識を以てして更なる文明を求めるため、駒となる群れを探しているのだよ」

「……ですが、それならばもっと力を示して強制的に従わせるのでは。我々に知識を与えている理由が分かりませぬ」

「力なら示しているではないか。エーテルなどという未知を。我らが兵を瞬く間に服従させるあの力を目の当たりにして、彼と戦い勝利を掴もうとする猛者はこの国に何人と居た?」

「…………仰る通りで。我らは彼の機嫌を損ねない事ばかりを考えておりました。情けない話です」

「もう、始まっているのだよ。人類への侵略は。彼らが長寿の血を持つ以上、この力量差は埋まらないのだ。そう、彼らだけが長寿であったのなら……」

 険しい顔をした数人の男が、小さな灯りの点いた部屋の中で小難しい話し合いをしていた。重苦しい空気に後退りしていると、灯りの火がはじけた途端に別の風景へと切り替わった。

「うーむ、遅いのう……。奴が向かったのは赤の国グラナートじゃったか。協力関係を築けたならすぐに戻って来なさいと伝えたはずじゃが、入り浸ってでもおるのかのう」

「あそこは大層栄えた都会らしいですからね。人知れず暮らす私達が向かえば、探求心がくすぐられるのも分かります」

「うむ。帰って来ないものは仕方ない。せっかくじゃし土産話でも楽しみに待つとするかのう……」

 髭を蓄えたシワの多い男は、豪奢な部屋の中で仲間の帰りを待っていた。そこへ、ばたばたと急ぎ足の男が扉を叩き足早に入って来る。

「ちょ、長老大変です!」

「うむ? おお、お主は。赤の国へ向かった者の様子見を頼んでおったな。それで、奴はどこで油を売っておったのじゃ?」

「あ、赤の国へ出向いていた従者は……殺されました……!」

「なんじゃと!?」

「そ、それだけではありません!! あの国が、グラナートから多くの軍勢がこの村を目指し押し寄せております!!」

「軍勢……!? なにが、どうなっておる!?」

 エルフの力を妬んだ赤の国グラナートは、協力者であったエルフを暗殺してしまったのだ。
 そしてエルフの持つ長寿の力を恐れ自らの力へと変えるため、エルフの村があるとされる秘境を目指し前進していた。圧倒的力量差を乗り越えるほどの物量で、グラナートは世界最大の国家を保持するため脅威と成り得る種族を根絶やしにする決断に至った。

 焦る胸の鼓動を抑えている内に、夢の中の風景はさらに変化を遂げる。

「全軍、異端者どもへ向けて前進!!」

「うおおおおおお!!」

 森を埋め尽くすほどの鉄の鎧が、草木を踏み倒して押し寄せる。水や風を操り足止めを繰り返していたエルフ達であったが、圧倒的な物量差を前にしては足止めすらも力任せに乗り越えられてしまう。

「ちょっとちょっと、どうして急に私達が襲われてるのかしら!?」

「赤の国へ出向いた者が、粗相でもやらかしたのでしょうか……?」

「適当な事を言うなお前達。様子を見に行った者が言うには至って友好的であったと聞く。様々な知識を与え、彼らとは理解をし合えていたはず。それが突然暗殺され、赤の国どもは我々に反旗を翻したと言うのだ……!!」

 敵国の兵は足止めを乗り越え、魔術を使って応戦していたエルフへと斬りかかった。
 無残にも同胞の命を奪われたエルフ達は、次第に足止めではなく直接攻撃を始め、赤の国とエルフは互いの命を奪い合う泥沼の戦へと発展していた。

 個々の力に頼っていたエルフ達は、数が減ると共に急速に戦力を落としていく。減らしても減らしてもキリの無い敵兵を前に、残り僅かとなったエルフ達は最後の手段を余儀なくされた。

「いったい何人連れて来たのかしら……!? 倒しても倒しても終わらない……」

「残っているのは私達だけのようです。これ以上は……」

「…………絶対に、敵兵どもを村へは近づかせてはならない!!」

「でもどうやって!? 主戦力はほとんどこの地へ出向いていた。援軍なんてもう来ないわよ!」

「すぐに戻ってみんなで避難したらあるいは……!」

「そんな時間は無い!! 俺達で止めるんだ。最後に残った俺達が出来る事は一つ。この戦場ごと消し飛ばす……!!」

 三人のエルフは不安な表情で互いの顔を見つめ合う。決意と共に三人が小さく頷くと、戦火へと包まれる森へ膨大な橙の光が立ち込めた。

 夢の中であるはずなのに、光を浴びると同時に全身が焼けるように熱くなり、意識は薄れゆく。消え入りそうな思考の中で、ぼんやりとした想いが頭の中へと流れ込んだ。


(俺達は慎重過ぎたのかもしれない……。お前のように、もっと早く外の世界を受け入れる事が出来れば。お前のように、もっと純粋な目で世界を見る事が出来れば、俺達は……)


 意識が消えてゆく。橙の光に包まれた戦火は目の前から消えてなくなり、気づけばシキはどこかの屋内で横になっていた。


「お、やっと目覚めたって訳ね。全く、コアに触れた瞬間急に意識を失うからビックリしたじゃないの」


 白い衣服に身を包んだ魔女が、肩まで届くピンクの髪を揺らしながらシキへと語り掛ける。

「何日も寝てたらお腹も空いたでしょ。サンドイッチでも作ってあげるから待ってなさい。あ、空腹ならスープとかの方が良いかしら?」

 純粋な目をしたエルフの生き残りは、今まで眠り続けていた一人の男へそっと優しい言葉をかけるのであった。
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