この世界には『私』が眠っている。〜記憶喪失で魔術の使えない男は、一言も喋らない少女と共に『魔力』を取り戻す旅に出る〜

夜葉@佳作受賞

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第四章 風の連理編

18.風は待ってはくれない

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 赤い模様の入った鳥から聞いた、ヴァーミリオン達以外の関係者。
 僅かに掴んだ手がかりを元に、レンリとオームギは人通りの無い路地裏で人探しを続けていた。

 建物を風の魔術で登り、二人は一帯の構造を上から眺める。
 そしてあらかた聞き込み終えたと判断し、現状の把握に努めていた。

「野鳥に野良猫、野ネズミと聞いて回ったが、目新しい情報は見つからないな」

「まぁでも目撃情報はそれなりにあったし、情報がより確実になったって訳じゃない」

「そうだな、だが路地裏での探索も限界だろう。そろそろ次の策を考えないとな……」

 扉があるとされる路地裏付近にて。
 二人は地べたの隅から建物の上まで、辺りに出入りする野生動物へ一通り聞き込み調査をしていた。

 敢えて人ではなく野生動物に聞き込みをしていたのは、扉が人目を避けた場所にあるからだけではなく、オームギが人目を避けたいという目的もあったためだ。
 だが利点は欠点とも表裏一体であり、相手が野生動物を警戒の対象としていないのは、すなわち彼らは情報の出所足り得ないという事を意味していた。

 屋上に立つレンリは路地裏から表通りへと視線を移し、次に聞き込みをするための流れを考える。
 オームギが姿を隠して辺りを警戒しつつ、自分が聞き込みを進めると良いか。

 複数の目的を同時に進めるのは手間だなどと愚痴を零そうとしたが、ふと視界の端で身体を丸めてくつろぐ猫を発見する。

「向こうの屋根の上に昼寝している奴が居るな。……最後に聞いて来るか」

 すぐ済ませて来るとオームギに伝えると、レンリは慣れた手付きで屋根を飛び越え、日向ぼっこをしている猫に近づく。足音に気づき猫は逃げ出そうとするが、親しみを持った声色でレンリは話をかけた。

「眠っていたところ済まない。この辺りに出入りしている者を探してな。『明るい髪色に一部紫が入った髪の女』らしき人物を見た事はないか?」

 フンニャ? と野良猫は返し、心当たりが無いと返事をする。
 野良猫の様子を見たレンリは改めて邪魔をしたと謝罪すると、その場を離れようとした。その時であった。


「ビーちゃん見ーつけた!」


 突然長身の女が現れ、目の前の野良猫を抱き上げたのだ。

 フニャァァァ!? と、野良猫は驚きから叫び声を上げる。
 そして不意にの出来事に慌てながらも、必死に身を捻って野良猫は女から逃げ去った。

「あら……逃げられちゃった……」

「な、なんだお前は……?」

 屋上で聞き込みをしていたレンリの前に、舞踏会にでも参加しそうな豪奢なドレスに身を包んだ女性が現れる。屋上にはおおよそ似つかわしくないその存在に、レンリはただただ困惑するしかなかった。

 だがレンリの様子など気にも留めず、長身の女は一人勝手に話を進めるのであった。

「あら、ビーちゃんのお友達? 私はカンパネラと申します。私もビーちゃんとは仲良くさせて頂いておりますっ」

「ま、待て。ビーちゃんとは誰だ? さっきの猫は今ここで見つけただけだ。それよりお前はどうしてこんな場所に居る? ここは建物の屋上だぞ!?」

 カンパネラと名乗った長身の女は、んー……と少しだけ考え込むも、何かを閃いたのか再び口を開き、吹き荒れる暴風が如くまくし立てるように話を続ける。

「アルちゃんとビーちゃんを探していてね? あ、アルちゃんっていうのはとっても力持ちでかっこいい子で、ビーちゃんはとっても素早くて可愛い子なのよ。でもついさっきビーちゃんに逃げられてね……そうだ、あなたもビーちゃんのお友達なら一緒に探して頂けません? あら、そういえばあなたはどうしてこんな場所に居るのかしら? ここは建物の屋上なのよ?」

「アルちゃんは知らないしビーちゃんも友達ではないから一緒に探さん! 俺は人を探していて忙しいんだ、そもそも何故屋上に居るか聞いたのは俺が先だ質問に答えろ!!」

「まぁ嬉しい! 私も人を探しているのよっ。アルちゃんとビーちゃんって言ってね、アルちゃんはとっても力持ちでかっこいい子で、ビーちゃんはとっても素早くて可愛い子なのよ。何となくアルちゃんが居る気がして追いかけたら何故かビーちゃんが居て、でもビーちゃんには逃げられて。あらら、どうして私こんな場所に居るのかしら? ここは建物の屋上なのよね?」

「やめろ! 頼むから勝手に話を進めないでくれ……! お前と話していると気が狂いそうになる……!!」

 極めて独自なテンションで話を始めるや否や、カンパネラは周りの人物を巻き込む竜巻のように一人話を続ける。
 ドレスを着た女性には似つかわしくない屋上という場所において、レンリは困惑と警戒を切らさず、しかし身を引く突風のような口調で話をする目の前の女に、どういった感情でいたらいいのか分からなくなり、自分の落ち着きを取り戻すのに精いっぱいであった。

 後から追いつき物陰から話を聞いていたオームギは、レンリの前に現れた女の存在を見つけすぐさま姿を消していた。だが女を巻く事が出来ず困惑しているレンリを見て、流石のオームギも心配の感情が高まっていく。

(ちょっとちょっと、レンリは何をしている訳!? 他に人がいたら私が身動き取れないじゃない!)

 だがそんな事情はレンリも分かっている。そもそもとしてカンパネラと話をする気も無いので隙を見て彼女の前から消えようとするが、いつの間にか掴まれた手が固く握手を交わして離れようとしない。
 振り解こうする手はカンパネラによってさらに勢い良く振られ、まるで熱い同意のようにレンリの管理から離れ暴れ回るばかりだ。

 どれもこれも全て一人で決めているなんて事は一切考慮せず、カンパネラは握手だけを見てさらに喜び、にっこりと笑顔を振り撒いていた。

「まぁまぁ一緒に探してくれるなんて嬉しいわっ。そう、こんなに嬉しい時は、喜びの~~~」

「カンパネラさんストーーーップ!!」

「なっ……今度はなんなんだ!?」

 カンパネラの後ろから、僅かに毛先だけが見える小柄な少女が腕を伸ばす。
 直後レンリの手を握るカンパネラの力が抜け、小柄な少女に無理やり羽交い締めをされる形で離れていった。

「わぁ! ヅッちゃんたら。せっかく楽しい雰囲気だったのに~」

「楽しくなんか無いですどう見たって迷惑してます。そうですよね、そこのお兄さん!」

 急にニョキっと頭を覗かせた白髪の少女は、鋭く睨む目力でレンリに同意を求めて来た。
 だが少女の頭を見て、レンリは反応に戸惑う。

 光を反射しほんのりと黄色を帯びた白髪には、エーテル結晶で出来たヘアピンが十数個。
 しかしレンリが驚いたのはそこではない。顔の輪郭を辿るように、白髪の両側から伸びる紫のメッシュが二本、少女の頭を彩っていたのだ。


「明るい髪色に、一部紫が入った髪の女……!」


 噂に聞いた手がかり通りの存在が、突如としてレンリの目の前に現れたのだった。
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