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旦那様へ初めての手作りプレゼントでございます

「お帰りなさい、息子よ」
「はい、只今戻りましたよ。母上」

私は息子を「息子」、旦那様を「旦那様」とお呼びしています。それは年若い義母が名前で呼ぶことをキャメロンさんが面白くないと感じるのでは?と思ったから。そして旦那様をお名前でお呼びすることは、きっと亡き奥様が嫌がるのではと思ったからです。

「旦那様に初めての贈り物をしようとしていたところです。拙くてお恥ずかしいのですが、真心込めて作らせていただきました。お受け取りいただければ嬉しいです」

丸薬を入れた薬瓶を贈り物らしくリボンで飾り、旦那様に差し出します。「初めての手作りの贈り物」言葉にすると余計に恥ずかしいですね。よく考えたらオリオン様にも手作りの品は贈ったことがありませんでした。
ん?どうなさいました、皆様固まって。
・・・あ!これはもしや!!

「ち、違いますよ!この丸薬で旦那様を暗殺して遺産をどうこうするとかそういう物では無く、咳止め成分を配合したただの痛み止めですからね!?ちゃんと主治医の先生にも今許可を頂きましたし、中身を入れ替えたりとかは決してしておりません!必要なら成分表もお出しします!それから、それから…っ」

どうしましょう。言い訳をすればするほど怪しいです!!
ああ、旦那様がキョトン顔で可愛いですね。って今はそれ違う!

「キャメロン。母上は子爵令嬢なんだから大衆紙を読ませるのは止めなさいと言っただろう!?」
「あなた。私「初めての手作りの贈り物」ってクッキーとか刺繍入りのハンカチだと思っていましたわ。さすがお母様、斜め上を行かれる」
「感心してる場合か。…母上は何の記事を読んだんだ?」
「おそらく「資産家に嫁いだ若い妻が夫に睡眠薬を飲ませて暗殺し、財産を盗んで恋人と逃走した」って記事じゃないかしら」
「ああ。その犯人なら昨夜検挙したな」

どうやら犯人は捕まったようです。
旦那様は薬瓶を受け取り、リボンを解いて蓋を開けて中身を取り出し繁々とご覧になっておられます。つい反応が気になって落ち着かず、じっと見てしまっていた私と目が合った旦那様がふっと微笑んでくださいました。

「ありがとうございます。いただきます」
「…少し、苦いかもしれません」

一粒口に放り込み、ごくりと喉仏が上下するのを無言で見つめてしまいました。
信じてくださりありがとうございます、旦那様。
お疲れになった旦那様にはお休みいただき、キャメロンさんと一緒に主治医をお見送りします。
旦那様のお部屋に戻ると規則正しい寝息が聞こえてきました。静かにしておきましょう。

「では、旦那様がお休みの間に農作業を進めますよ!」
「おじょ…奥様、日に焼けぬようお帽子をご着用ください」

マーサに大きめのつばの麦わら帽子をかぶせてもらい、裏庭の一画に作らせていただいた「ヘチマ畑」のお世話をします。空いている場所があるから好きにしていいと言っていただいて、嫁いですぐに植えたのです。

畑仕事を終えても旦那様はまだお休みで、夕食の時間にも起きてこられません。丸薬に睡眠薬の成分は配合していないのですが…少し心配になってきました。様子を見に行った執事は「ぐっすり眠っておられます。私が起きておりますので奥様はお休みください」と言っていましたが、就寝の用意を済ませベットに入って横になってもなかなか寝付けません。丸薬と作って人体実験に自分で飲みましたが、苦かっただけで眠気は起きなかったのですが…
不意に隣のお部屋から物音が。
私のお隣は旦那様のお部屋なのです。本来、夫婦の寝室を挟んで夫の部屋、妻の部屋と続き部屋で配置されるものなのですが、寝たきりの旦那様は自室にベットを入れてお使いですから、亡き奥様のお部屋はそのままにしていただいて、私は夫婦の寝室をリフォームして自室にさせていただいております。
コンコン…
こちらの扉を使うのは初めてです。寝ている場合を考慮して、静かに扉を開いて中をうかがうとベットの側に明かりが。驚いたようにこちらを見る執事と目が合いました。

「あの…旦那様は…?」
「起こしてしまいましたか」

返事は旦那様のお声でした。ここからは天蓋のカーテンでベットの中は見えません。
寝静まったお屋敷は静かで、薄暗い旦那様のお部屋も何だか雰囲気が違って感じ、物音を立てぬよう気をつけてベットへ近づきます。

「…おはようございます?」

なんと言ったら良いのかわからず、疑問系のまま声をかけてしまいました。
カーテンを開けたベットには、身を起こし穏やかに微笑んでおられる旦那様が。幾分顔色が良いような気がいたします。

「すっかり寝てしまいました。咳にも痛みにも起こされず、これほどゆっくり眠れたのはいつ振りか…。空腹で目が覚めて、驚いたよ」
「ようございました。めっきり食欲も落ちていらっしゃいましたから。今、何かご用意いたします」

部屋の明かりを灯した執事に「旦那様をお願い致します」と任せられ、ぽんぽんと旦那様がベットを叩くので、勧められるままベット端に腰掛けます。

「…薬がお役に立てたようで良かったです」
「ありがとう」

穏やかなブルーサファイアの瞳が近づくので、何か仰りたいのかと身を寄せると…
ちゅ…
ーーん?
何か唇に柔らかいものが触れました。瞬く私。そばで微笑む旦那様のお顔。
「!????!?!?!???」
キスされましたか!?私は今、もしや、旦那様にキスを!??
はわわわわわわわ…
熱くなる顔、噴出す汗、止まらぬ動機!

「おや、もしや初めてでしたか?」

なんたることか!常に冷静であれという淑女教育が裸足で逃げて行く勢いです。隠しきれない動揺をなんとかせねばと真っ赤であろう顔を両手で覆ってみます。

「…申し訳ありません」
「経験が無いことは謝ることではありませんよ。しかし…その」

何か良い辛そうな旦那様を指に間からチラ見します。

「…例の婚約者の方とは?」
「……手を繋いだことはあります。9歳の時に」
「それだけ…?」

蚊の鳴くような声で恥ずかしながら…と答えると、少し呆れたような表情をなさいました。

「最近の若者にしては奥ゆかしい…いや」

そこで私の醜聞を思い出されたのでしょう。オリオン様が「奥ゆかしい」方ならあんなことにはなっていないと。
何か言おうにも気まずいのです。

「…お嫌でしたか?」
「!」

とんでもない!顔を上げてブンブンと横に振れば、安堵したような旦那様と目があいます。次第に近づき…
コンコン…
「失礼いたします」執事がカートを押して戻ってきました。ビクッと跳ねてそのままベットに突っ伏した私を愉快そうに笑う旦那様の声がします。

「いかがなさいました?」
「うん?どうしたんだろうねぇ」

夜食を召しあがった旦那様に「折角なので泊まっていかれませんか?」とお誘いいただきましたが、キスで目一杯の頭ではなんとお返事したら良いのかわからず、海老のように後退りして自室に戻り、ベットに撃沈いたしました。
油断いたしました。旦那様は男性でした…!

翌朝、寝不足気味の理由をマーサに話すと

「ご存知なかったんですか?ご結婚されてからは奥様一筋だったようですが、若い頃は随分浮名を流され、夜会では一緒にダンスをしたがるご令嬢が群がって列をなし、街に巡回に出れば町娘が出待ちしていたそうですよ」
「…経験値が違いすぎて太刀打ちできる気がしません」
「千里の道も一歩からと申しますよ、おじょ…奥様」
「人には得手不得手があってね、マーサ。私は苦手科目だと思うの」
「良い師を得てようございましたね」
「」

ぎゃふん。
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