乙女ゲームのバグ令嬢〜婚約破棄からの断罪劇が始まるようですが、冤罪は良くないと思います!〜【完結】

モナカ

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4部

4-4

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フロスト公爵家から戻った翌日の夕方。
ロバートを連れて実家に行っていたキャメロンさんが戻り、玄関ホールまでお出迎えに出ました。ロバートは疲れてしまったのか侍女の腕の中で眠ってしまっています。

「ただいま帰りました、お母様」
「おかえりなさい。ご実家の様子はいかがでした?ご家族はお変わりなく?」
「ええ、お母様のおかげでドレスとヘチマ水、痛み止めの売れ行きが好調で忙しくしていましたわ」
「それは重畳」

ちょっと悪い商人のように扇で口元を隠しフハハと笑ってみます。マーサが背後で「雑魚感が…」とか、聞こえていますよ!
キャメロンさんの侍女にロバートはそのままベットで休ませるよう指示し、サロンへと

「蹄の音?」

玄関扉の向こうからこちらに近づく蹄の音がします。ボルト家の馬車を引く芦毛のバッキーとリッキーはすでに厩に行ったはずです。

「ジークは一昨日から当直で戻りは明日の朝なはずですが」
「息子のニッキーはもっと軽快な足音です。この重低音は…」

息子の馬はニッキーという牝馬で好物はトウモロコシ。ですが、この足音は違います。
思わず扉に手をかけ、飛び出してしまいした。

「…シリウス!」

夕日を浴びて黒光りする被毛に覆われた逞しい肢体、風になびく鬣は美しく艶やかで色気さえ感じます。
久しぶりの再会に堪らず両手を広げて駆け寄りましたわ!

エンダァァァァァァァァァァァァァァァ・・・・・・がしっ!!

「・・・あら?」

駆け寄ってシリウスの首に抱きつこうとした私ですが、抱きとめられました。もちろんシリウスではなく。
ひらりとシリウスから降り立ったオリオン様は見えていました。しかし、腕を引かれて抱きしめられるたのは想定外でございます。
視界に広がる黒い軍服がいつもより埃っぽい。柑橘系に少し汗が混じっている匂いが。
意識した途端体温が急上昇してしまうじゃないですか。

「セレナ、無事か?」

少し掠れた切羽詰まったようなお声でぎゅうぎゅうに抱き込まれ、少し痛いのです。そしてここは玄関とはいえ屋敷の外!
背後にはキャメロンさんも執事も侍女もいるのですよ!?
それに私はシリウスに抱きつきたい…!ツヤツヤな被毛を撫でたいのです。
なんとか放してもらわねばと身動ぎする私の視界にマーサが現れました「?」何か口を動かして訴えていますね。
『く う き を よ ん で !』
それは、つまり「動くな」ということでしょうか?
どうしたら良いのでしょう。わからぬまま腕の中で目だけをうろうろ彷徨わせます。

肩口に額を預けたオリオン様が長い溜息をつき、ようやく腕の力を少し緩めてくださいました。

「あの…」

一体何があったのでしょう?お尋ねして良いものか、

「視察から戻って騎士棟でジーク殿に会った。セレナに王子宮から呼び出しがあったと…」
「あ、ああ。息子に聞いたのですね。はい、驚きました」

様子を伺おうと横を見ると至近距離で紫の瞳とぶつかり、慌てて正面を向きなおします。

「本当はもっと段階を踏んで、まずは信頼を取り戻してから時間をかけるつもりだった…」
「はい?」

もう一度ぎゅっと抱きしめてから、オリオン様が腕を解いてくださいました。ほっ…。
では改めまして、シリウ………はい!?
目の前でオリオン様が片膝をついて跪かれました。もしやお具合がよろしくないのでは。
声をかけようと手を伸ばしたところで

「セレナーデ・ボルト」
「はい!」

真剣な面ざし、鋭い瞳。これは私怒られるのでしょうか?

「私と結婚してほしい」
「はい…………………………………………は、い?」

伸ばしたまま固まった私の手をオリオン様が握ります。

「過去は変えられるものではない、貴女に与えた苦しみは消せない。どんな理由があろうと貴女を裏切って良いはずはない。償えるなどと思ってはいない。…それでも、側にいて貴女を愛することを許してほしい。一生かけて君の幸せを守りたい、その許可をくれ」
「…そ…れは」
「これから先もし俺がセレナを傷つけることがあれば、殺してくれて構わない」
ーー殺!?
腰に差したサーベルを捧げないでください、これでブスッとやれということですか!?震えが止まりません。

「愛を乞うのにサーベルを捧げる奴がどこにいる!!」

鋭いツッコミと共に丸めた書類でオリオン様が叩かれました!
突然現れた男性はオリオン様と同じ近衛の軍服、銀縁眼鏡に紫の瞳…ハロルド・レイス様。
一度だけお会いしたことがあるオリオン様のお兄様です。
しかし、なぜここにいらっしゃるのでしょう。

「…兄さん」
「先走って書類を忘れただろう。親父達の説得には時間がかかるだろうから、証人の欄にはとりあえず俺がサインしておいた」

叩かれた頭をぽりぽりと掻きながら書類を受け取るオリオン様。状況が掴めぬ私にハロルド様が静かに頭を下げられ、慌ててご挨拶をさせていただきました。

「ご無沙汰しております。ハロルド様」
「こちらこそ、突然このように押し掛けてしまい申し訳ない」
「セレナ、急がせて悪いがこれにサインしてくれ」
「はい?」

よくわからない書類にサインは危険だと教えられて育ちました。急ぎのようですが、読みましょう。
しかし、この書類は見覚えがあります。確か旦那様と…

「…オリオン様、……これ…「婚姻届」ですよね?」
「ああ、人妻ならば閨の指南役は断れるだろう。今日中に書いて教会に提出してしまえば王子宮はセレナに手を出せなくなる」

ーーなんということでしょう!

そういえば問題が解決したことを息子に知らせていませんでした。戻ってきたら話そうと思っていました。
そのためにオリオン様は急いで来られたのですね。よく見ればシリウスの背には荷物が乗ったまま、視察から戻ったその足でここへ駆けつけられたのでしょうか。

「…あの……オリオン様、その件でしたらすでに解決いたしました」
「ん?」

申し訳なくて、俯いたまましゃがみこんで跪いたオリオン様より小さくなります。

「フロスト公爵家にお邪魔した時に王太后様にお会いしましたので、直接私ではお力にはなれませんとご辞退申し上げました」
「公爵家で王太后様に…直接…」

こちらを見下ろすハロルド様が目玉が飛び出そうなほど驚いておられます。そうですよね、いくら公爵家でも王太后様が遊びに来ているなんて驚きです。え?そこじゃない?
オリオン様は開いた口が塞がらぬまま、がくりと肩を落とされました「また、俺は何の役にも立たないのか…」
いえ、そんなことは。こんな時何と言って励ませば良いのでしょう…

「どんまい?」
「ーーーーーっ」

オリオン様が苦悶の表情で地面を殴っておられます。
どうやら私の励ましは違ったみたいです。どうしたものか、困った時のマーサです。救いを求めてそちらを見ると、私の視線を追ってハロルド様もマーサを見ました。

「リルマーサ?」

ーーおや?

「リルマーサ!こんなところに居たのか、ずっと探していた…!」
「いいえ、私はマーサです。お嬢様の侍女、ただのマーサです…!」
「…会いたかった、リル」
「来ないで…っ」

後ずさり、踵を返し走って逃げ出すマーサはガゼルのよう。それを追うハロルド様はチーターのようです。
追いつかれたマーサは腕を掴まれ…捕食、いえ、夕日を背に抱き合う二人。

「なにごと?」




なんとマーサは没落した伯爵家のご令嬢でした。なんでも前国王陛下の側妃の遠い遠い親戚にあたり、側妃失脚の時に当主が連座となってそこからは転がるように落ちてゆき、マーサが生まれた時には貴族とは名ばかりの平民だったそうです。
本名はリルマーサ・モナ伯爵令嬢。
マーサのお母様とオリオン様のお母様とは仲の良い幼なじみで、没落した伯爵家に嫁いだ幼なじみを心配し、時折お屋敷に招いては持て成していたそうで、ハロルド様とはそこで知り合ったとか。
しかしマーサのお父様はプライドだけ高い暴力夫で事業にも失敗、お母様は離縁を決意。マーサを連れてご実家に戻られたそうです。
が、このお母様とても美人ですぐに領地持ちの伯爵と再婚が決まり、王都から離れた南の領地にマーサを連れて輿入れしたそうです。しかしその伯爵家では自分は邪魔者。成長したマーサは高等部の学園には進まず、家を出て自立すべく身分を隠して王都でメイドとして奉公に出ることにしたそうです。
そして色々あって現在に至る。

「酷い話です。仮にも結婚を約束した間柄だというのに、一言もなく王都を離れ…連絡も一切なし。ご実家に問い合わせても行方不明だと言われ、私がどれほど探しまわり、心配したことか」
「結婚の約束って7つの頃の話ではありませんか!子供の口約束。時効です」
「なんと惨い。純情な男心を弄んだのですか」
「人聞きの悪いことを仰らないでください!」

マーサが真っ赤な顔で怒っています。そろそろ揶揄うのを止めないと裏拳が出ますよハロルド様。

「人に歴史ありね…」
「セレナ、その一言で済ませるのか」



かくして私セレナーデ・ボルトは、オリオン・レイス様と再婚することとなりました。




◇◇◇◇***◇◇◇◇***◇◇◇◇***◇◇◇◇

マーサ(ッく、今までレイス家との面会には細心の注意を払って隠れていたのに、お嬢様の求婚に浮かれて抜かった!)

「ねぇ、マーサ。マーサは私の侍女なんてしてちゃいけないんじゃない?私もリルマーサ様とお呼びした方が…」
「お嬢様、明日からおやつ抜きにされたいですか?」
「!」
「マーサはお嬢様のマーサ。侍女のマーサです」
「……はい」


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